08
今度の来訪者は、先の商人よりも身なりが良い。
先ほどの商人よりも稼ぎがあることがその外見から見て取れる。
「ユーリさん、こんにちは。ドリスでございます」
「ええ。ドリスさん、こんにちは。いつもありがとうございます」
ユーリが軽く頭を下げると、ドリスと名乗った商人は荷の入った袋をユーリに手渡す。
今度の荷袋は両手に収まるほどの量が入った小さめのものである。
ユーリはその中から手に収まるほどの大きさの石を一つ取り出して、かざしてその質を確かめる。
「今回のものもとても質の良い魔石ですね。これだけの質であれば、今回の魔獣は手がかかったのではないですか?」
ドリスは頭に手をやり、「いやぁ……」と苦笑いを一つ浮かべ、
「魔石商は、他の商人とは違って常に危険と隣り合わせですからなぁ。ですが、だからこそこうして不自由なく生活できるのですが」
ドリスは魔石商である。
魔石商は魔石を卸すことで利益を得ているのである。
そして、ドリスの言ったとおり魔石商というのは他の商人とは比べ物にならないほど、危険と隣り合わせなのである。というのも、魔石はある一定の魔獣からしか採れない。そうなれば魔獣の討伐が必要となってくる。
より大きな魔石、より高純度の魔石を求めるとなると、討伐対象となる魔獣の脅威も比例して強大となるのである。
「あの子たちは頑張っていますでしょうか?」
「ええ。流石はユーリさんの教えを受けた子どもたちです。最初の頃は魔獣の脅威に足がすくんでいましたが、今ではもう第一線で剣を振るっていますよ! 魔法を扱える別の子と協力して魔獣と対峙している姿を見ると、よっぽどの魔獣出ない限りあの子たちの相手にはなりませんなぁ!」
ドリスとユーリの話を聞く限り、商会への仕事の斡旋にはこのドリスの魔石商も含まれているようだ。
そして、魔獣と対峙するというところからも、武に長けた子どもにのみ紹介しているようだった。
「ユーリさんには本当に助けられていますよ。なにせ、こういう商売ですからね……。なかなか人手が集まりません。戦争もほとんどなくなり平和に過ごせる世の中で、自ら危険に飛び込む覚悟を持った者も随分と減りましたからなぁ。そんな状況において、私のところに来てくれた子どもたちには私も可能な限り安全を提供したいところですわい」
「ええ、私もあの子たちにはしつこいくらいに忠告はしておりますよ。それでも、あの子たちはドリスさんのもとで独立した生活をしたいと力強く答えてくれたのです。あの子たちの意思を私は尊重したい」
それでもあの子たちは私の子どものようなものです。いつまでもその笑顔が見られるだけでいいのですよ、とユーリは結んだ。
「ユーリさん、またご紹介いただけますでしょうか?」
「ええ、それはもちろん。ただし、それを決めるのは私ではなく子どもたちではありますが。無理強いはできません」
「分かっておりますよ。私も悲しい結末は見たくはありません……。それがたとえ無くならない現実だったとしても」
ユーリとドリス、二人は目を伏せる。
彼らはこれまでにも何度か、魔獣に殺されてしまった者のことを見聞きしている。
こういう生業である以上、仕方がないことである。もちろん、だからといって割り切れるものではないが。
「それにしても、今度はまたお声がけが早いのですね。なにかありましたか?」
魔獣との対峙である以上、魔石商は討伐部隊に十分以上に安全マージンを取らせている。そのため命を落とす者が現れるという最悪の事態はそう多くはない。
「それがですね、ユーリさん。近頃、魔獣の動きが不自然なのです。なにかの前触れなのでしょうか、今ユーリさんが手にしている魔石のように強大な力を持った魔獣が現れる頻度も段々と増えてきています。加えて、群れを成して現れることもしばしばありましてな……」
「それは、非常に恐ろしいですね」
「ええ。ですから部隊の人員を増やしたいのです。彼らの安全のためにも」
「ですが、それではドリスさんの実入りが少なくなるのでは?」
「え、ええ……。下世話なお話ですが……。ですが、そんなことでケチをつけて討伐部隊――、いえ、ファミリーと言ってもよい仲間たちを危険に陥れることだけは絶対に避けたい! 全ては命あってのことですからな」
「その通りですねドリスさん。分かりました。子どもたちへの紹介は、これまで以上に危険な職業であることを伝えますので決断する子の数は減るとは思いますが」
「ええ、もちろん。それは構いません。いえ、むしろそうでなくてはいけません。ここにいる子らは私のような老いぼれと違って、王国の、いや、世の中のこれからの希望なのですからな」
ドリスはユーリに手を差し出す。
それをユーリは力強く握った。
「ドリスさんのような魔石商の方と知り合えて本当に良かった。これからもこの子たちをよろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますよ、ユーリさん」
ドリスは「それでは」と会釈をした後、ここを離れていった。
「すみませんね、お二人とも。長話になってしまいました」
「いえいえ、この場所が存在し続けられる理由が分かりましたし、ユーリさんの人柄も分かって僕は満足していますよ」
「お恥ずかしい」
エインズに褒められ照れてしまうユーリ。
だがすぐに頭を抱えてしまった。
「ですが、今のドリスさんのお話が本当ならば困りました……」
「魔獣の動きが物騒になってきているのよね?」
ライカも先の話を静かに聞いていた。
「ええ。もうすでにドリスさんのところに行きたいと言っている子どもがいるのですよ、実は。ですが、あの口ぶりではこの子たちには危険すぎますね。残念ですが、諦めさせるしかないでしょうね……」
子どもの意思を最大限に尊重したいユーリにとって、それを諦めさせることは胸が痛い。
ユーリは窓越しに、一人集中した様子で剣を振っている少年に目を向けながらため息をついた。
だが、ドリスも言っていたように何事も命あってのことだ。
「私は魔法士ですから、剣については最低限のことしか教えることができません。それではあの子には危険すぎるでしょうね……」
もう一つため息をつくユーリ。
普段であれば、エインズはこんなことで手を差し伸べることはなかっただろう。
自分には関係のないことだと黙していたに違いないのだが、ユーリの強い信念とその人となり、そして魔法や魔術の発展には彼のような存在が必要であり、彼のもとで学びを得ている子どもたちもまた重要な存在であるとエインズは考えた。
だからこそ、エインズはいまだため息が尽きないユーリに手を差し伸べた。




