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「だけど、それをしてユーリさんにメリットでもあるの?」
ライカが尋ねる。
ユーリのやっていることはほとんど慈善事業のようなものである。先のエインズとの対峙において、ユーリもかなりの実力を持っていることは疑う余地はない。そして、隣りに座っているテオが魔術学院に通えているということは、教える技量もあると証明している。
であれば他と同じように家庭教師として生計を立てたほうが良いように思われる。
「メリット、ですか。現状、直接的には今はほとんどありませんが、ないわけではありません。ですが、私――、いえ、私たちはこれによって広く恩恵を受けられる未来を生み出すことができます」
「というと?」
「貴族だけでなく、テオくんたちのような子が見聞を広め、魔法文化の発展、王国の発展に貢献すれば、それは万人に開けた文化の発展につながると私は考えています。そうなれば皆が平等に恩恵を受け、そしてその考え方や在り方が変わっていくと私は信じています」
ユーリの目には強い力がこもっていた。
そう信じて疑わない。そして、世の中がそうなるように変えていきたいという覚悟が見て取れる。
「先生、僕、がんばるから! 先生のためにも、そして皆のためにも」
テオもすでに覚悟を決めている。
庭で学び、自由に遊んでいる仲間のためにも、と。
「だけど、ハードルは高いだろうね。なにせ貴族という存在は変わらず居続けるのだから。独占的な富を分配したがる貴族なんかいない。すれば自分の力を弱めることにつながるのだから」
「そうですね。貴族でなくとも、自分の首を自分で締めたがる者はいません。かなり難しいことであるのは確かです……。ですが、だからといって、それがやらない理由にはなりません。魔法文化に限らず、何事もそういった難しい課題を前に頭を悩まし、もがき苦しみ、打開し発展させてきました。だからこそ、私はやるのです!」
ユーリの強い信念にエインズは激しく同意する。
ユーリのような人間をエインズは好いている。だが、エインズが好むような人間はこの世の中では生きづらくしているのがほとんどである。
既得権益を守ろうとする貴族が跋扈する王国において、ユーリのような自身の信念を貫くことは彼らを害することに繋がるのだ。とすれば、多方からの圧力や様々なしがらみが発生し、それらが否応なく立ちふさがるのである。
そして、ユーリが貫こうとする信念には、それらとは別でもっと現実的で避けようもない問題を孕んでいるのである。
それは、
「そんな慈善的な活動には資金が必要になるんじゃないですか? とくに人材育成なんて、投資が嵩むばかりでリターンまでに時間もかかれば、確定的でもない。一種の博打のようなもので、リターンがないことも多いでしょう? 僕はまだここを見て間もないですが、そんなに懐事情に切羽詰まっているようには見えません。とはいえ、博打が全て当たるわけでもないでしょうし」
ユーリがカンザスのように資金に困らない裕福な生まれの者ではないように見える。自身の蓄えを切り崩してこの活動をおこなっているという線も考えられるが、このような考えを持つユーリのような人間がいずれ継続不可能となるようなスキームで活動を行うとは到底考えられない。
となれば、なにかしらの背景があるに違いないのだ。
エインズが疑問を抱くのももっともだとユーリは頷く。
だが、
「エインズさんがこの王国に住まう人々をどのように思っておられるか、私には分かりませんが、この国には思っている以上に優しい方々がいらっしゃるのですよ」
ユーリがそう答えるのとタイミングを同じくして、外からドアをノックされる。
「すみません、エインズさん。お客様が来られたので、少し席を外します」
ユーリは席を立ち、テオに「商会の方でしょうから、この場を少しお任せしますね」とほほ笑んで、ドアを開けて来訪者に対応した。
「エインズさん、さっきの質問ですけど、その答えはこれですよ」
テオは整った身なりをした来訪者といくつか言葉を交わし、その男からパンパンに何かが詰め込まれた袋を受け取るユーリに顔を向ける。
ユーリは男に頭を下げながら感謝の弁を述べると、男のほうも「いえいえ、ユーリさんには助けてもらっていますから」と競うようにして深く頭を下げるのであった。
客人の対応を済ませ、こちらに戻ってくるユーリ。
「それは何なの?」
「これはですね」
ライカはテオに尋ねたつもりだったが先のエインズの疑問に対する答えに繋がっていたこともあり、ユーリがテーブルの上に袋の中身を一部広げた。
「私の活動に協力してくださる商会の援助の一部なんですよ」
広げられたものは魔道具であったり、保存食や野菜の種子や穀物であった。
エインズがふと部屋を見渡すと、今ユーリがテーブルに広げたものと同じような袋が隅のほうにいくつも置かれていたのが確認できた。
袋にはそれぞれタグがつけられており、食料、生活用品などと区別されていた。
「そうか、だから成り立っているのか」
ユーリは一つ頷く。
「王国も完全に腐っているわけではないんですよ。意外かもしれませんが、お金に卑しいという印象を持たれがちな商人ですが、こうした心優しい商人も多くいらっしゃるのです」
もっとも、とユーリは続ける。
「私たちも施しを受けるだけではありません。彼らも何かしらの見返りがなければこうした援助を続けませんからね。そこは商人というところでしょうか」
「ではなにを?」
「ここで知識を身につけ、技術を身につけ、手に職がついた子どもに商会のお仕事を斡旋しているのですよ。そうすることでこの子らは職に就くことができ、生計を立てて独立できる。商会も人材を確保できる。互いに助け合いながら、成り立っているのです」
当然のことだが、ユーリは商会の素性を調べている。
ここで世話をした大事な子どもたちの将来を任せる相手なのだ。阿漕な商売をするような商会に大事な子どもを任せるわけにはいかない。彼らには皆幸せになってほしいのである。
そうした子どもらの中に、テオのような魔法に優れた能力を持つ者もいる。そうした者には魔術学院を積極的に勧めている。
子どもらは皆、十人十色に向き不向きがあるのだ。ユーリはその可能性を潰したくないのだ。
ここでの関わりの中で、その子の特性を見出し、その子の最善の道を紹介する。商会と手をとりながら地道な活動の中で世の中を変えていきたいと考えているのである。
再びドアがノックされる。
「おや? またお客人ですね。行ってきます」
ユーリが立ち上がると、長い金髪が垂れる。




