06
「……」
彼女が嘘を言っているようには見えない。
そして長い付き合いであるテオがそんな嘘を自分に対してつくような子ではないことを知っている。
男はエインズの動きを警戒しながら逡巡し、そして眉間に寄った険しいシワが緩む。
「それは失礼なことをしました。お嬢さんも、申し訳ございません。貴方の従者に対していきなりこんなことをしてしまい……」
「いいのよ。エインズが不審者に見えてしまうのが問題なのだから」
「エインズさん、というのですかあの方は」
男はなにか考える様子を少し見せたあと、エインズに優しい目を向ける。
「僕はまだ続けてもよかったんだけど?」
「よかったのはあんただけよ。早くこっちに来なさい」
ライカに手招きされ、「残念だなぁ……」とがっかりした様子でトボトボと三人のもとへ向かうエインズ。
「突然すみませんでした。テオくんにあなたのことを紹介してほしいと頼み込んで、こちらへ伺いました。エインズといいます」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。てっきり心優しいテオくんを騙す悪人だと勘違いしてしまい」
「ああ……、やっぱりこの風貌、ですか?」
「いえ、まあ、それもあるのですが、身に纏う魔力や雰囲気がですね」
「そうですか、やはり実力のある先生なんですね。だからこそ、これだけの子に教えられるのですね」
「いえ、これはまあ、趣味のようなものです」
男ははっと思い出したように胸に手をやり自己紹介をする。
「申し遅れました、私はここでこの子たちのお世話をしていますユーリと申します。テオくんと仲良くしていただきありがとうございます。さあ、立ち話もなんですから、どうぞこちらに」
金髪の男性、ユーリに案内され、広い庭の奥に構える居宅へと向かう。
内装は質素なもので、生活に不必要なものはそこにはない。
エインズたちは案内された丸テーブルに着くと、ユーリは「すぐにお茶を準備いたしますね」とキッチンへ向かった。
「先生、手伝います」
「ありがとうございます、テオくん。お願いします」
茶葉を取り出すユーリに駆け寄り、カップを準備するテオ。
そのやり取りに彼らの良い関係性が見て取れる。
しばらくしてユーリが香気を漂わせる茶の入ったポットを手に丸テーブルに着いた。
ユーリが茶を注いだカップをエインズとライカの前に置いて、全員席についた。
「改めてエインズさんと……、」
「私はライカ」
「ライカさん、先程は失礼いたしました」
座りながら頭を下げるユーリにやめてくれと伝えるライカ。
「先生、ライカさんはブランディ侯爵家の方なんですよ」
「これはこれは! 尚の事、大変失礼いたしました。どうぞこの不始末は如何ようにも」
「いいのよいいのよ。そんな堅苦しくなくて大丈夫だから。私もテオくんと同じ魔術学院のただの生徒だから。そして今はテオくんのクラスメイトとしてここに来ているのだから、気にしないで」
「それはありがとうございます。いや、テオくんがクラスメイトをこちらへ招待することがあるとは」
ユーリはうちポケットからハンカチを取り出し、目元を抑える。
「先生?」
「実は心配していたのです。彼がうまく学院で友人を作れているのかと。私は彼に魔法やその他の知識は教えることはできますが、学院での友人を作ってあげることはできませんので」
ユーリは「それがこんな心優しい友人ができていたとは」と涙をハンカチで拭う。
「なっ! 心配しすぎだよ先生! ちゃんと学院でもうまくやっているから!」
「そうですか? つまりお二人の他にも友人がちゃんといるのですね?」
「も、もちろんだよ。同学年の子たちはみんなもう友達だよ。だから、もう泣かないで!」
目を逸しながら答えるテオ。だが、嘘である。あまり人付き合いが得意ではないテオは学院において話をする相手はいない。今日初めて言葉を交わしたエインズとライカの二人を除いて。
少ししてユーリの涙が収まる。
「それで、お二人は私にどういったご要件で来られたのですか?」
茶を冷ましながら飲んでいたエインズがカップから口を離しテーブルに置く。
「僕は王都に来てまだ日が浅くて、魔術学院のことを知ったのも最近のことでして」
エインズはここにきた事情をユーリに話した。
「なるほど、そういうことですか。たしかに貴族の方は個人で優秀な教師を雇って子に教育をさせていますね」
「そうなんです。ですからテオくんのような子がどこで学んでいるのかと気になりまして」
ふむ、と少し考えてユーリは口を開く。
「私は、今の状況は良いとは思わないのです。もちろん勘違いしてほしくないのですが、争いもほとんどなく皆平和に過ごしているこの状況に不満があるわけではありません。ただ、今の状況は不満や格差を生む要因を多く内包している危険な状況であると私は認識しています」
侯爵令嬢を前にして言うことではないが、と断りをいれるユーリ。
「王国は魔法による恩恵を十分に受け、その文化の根幹を成しているのは魔法であることに間違いはありません。そして、それがゆえに魔術学院の重要性についてはあえて口にする必要もないでしょう。となると、魔術学院に通い学びを得ることはそれだけで社会的に大きな意味を持ってきます。かなりの倍率を潜って魔術学院の門をくぐる、これが出来るかどうかで残念ながら現在すでに格差が生まれてしまっています」
それが分かっているからこそ、貴族は優秀な家庭教師を雇っているのである。
そしてそれはさらに競争を激化させる。
そうして、さらに激化した競争を勝ち抜いて魔術学院に通うことはさらに大きな意味合いを持っていくことになる。
現在はこの格差が大きくなっていくスパイラルに陥っているとユーリは言う。
「たしかに、それはそうね。私にはエインズがいるけど、他の貴族たちは皆お金を積み上げて優秀な家庭教師を雇うことに必死になっていたのだもの」
「その優秀な家庭教師というのも皆、魔術学院を出ています。そして彼らもまた貴族が積んだ金銭によって裕福になっていきます。となると、どうでしょう? その仕組みの中にそもそも入れない子はどうなるのかと」
「なるほどね。貧富の差によって魔術学院で学ぶために必要な土俵に立つこともできない、この現状はたしかに問題を孕んでいるね」
「そうなのです。学ぶという目的なのに、こういった背景によって魔術学院に通うという手段に重きが置かれてしまっている。本来は、皆が平等にその知識を学び平等にその恩恵に授からなければならないのですが。だからこそ私はこの状況を変えたくて、微力ではあるのですがこの子たちのお世話をしているのです」
うんうん、と深く頷いてユーリに同意するエインズ。彼は全面的にユーリの考えに賛成だ。




