05
上機嫌なエインズと頼むから大人しくしていてくれと心の中で願うライカ、そしてこれまでほとんど学友と関わりがなかったのに今日になって急にこうして下校時に横に並んで一緒に帰るクラスメイトにどぎまぎするテオ。
どういった組み合わせなのか分からない他の生徒は気になるところだが、変に関わると藪蛇だと直感的に感じ触れてこない。
魔術学院を出た三人は中央区の人の波をかき分けて、荷を乗せた馬車が走り回る西部にたどり着く。
以前までのエインズであればこの段階で疲弊して表情も死に口数も少なくなっていたところだが、王都での生活による慣れと、自身の好奇心が満たされるこの状況において、そんな些事は気にならない。
三人は西部商業区から少し北にのぼる。
エインズとソフィアが訪れた際には南に下っていったのだが、テオ曰く、一般庶民は基本的に王都の西側に住んでおりその中でも金銭的事情によって住む場所が商業区中央を挟んで北と南に別れているようだ。
だからといって商業区の南に居住しているからといって即座に貧民を意味するわけではない。
もちろん、北より家賃や土地の値段が安いことは間違いないのだが、西側で線引きされるところでいくと、道路の石畳が整備されているかどうかというところらしい。
整備されているラインまでは所謂『住めるところ』であり、整備が怠っており荒れているところからは『住めないところ』つまりはスラムであるという認識を持たれているようだ。
「なるほどね。たしかにテオくんが言ったように、その辺りから周りの空気が変わってきたなって感じがしたね」
「だ、だからねエインズさん。あの辺りは危ないんだからね。この前だって、大きな火災が起きたみたいで一帯が焼滅したみたいなんだよ!」
「あー……、なるほど。そ、それは、危険、かもね。はは……」
心当たりがある、いや、心当たりしかないエインズの歯切れは悪い。
「それじゃあ、商業区の南のあたりに住んでいる子なんかもテオくんが通っている先生のところで教えを受けているの?」
平民の生活にはあまり馴染みのないライカが尋ねる。
ライカ自身、王都西側に侍従を連れずに訪れたことはほとんどない。
「そうだよ。先生はそういった背景を気にしない人なんだ! たぶんだけど、みんなが思うスラムの子なんかが訪れてきたとしても僕達と変わらない接し方をすると思う」
「それは出来た先生ね!」
「うん、僕もそう思う! 先生には感謝しかないんだよ、本当に!」
自分が慕っていた先生を褒められ嬉しく思ったテオが今日一番の笑顔を見せた。
そのまま進むと、子どもの声で賑わう庭の大きな居宅にたどり着いた。
「ここだよ、先生が住んでいるところは」
庭には十数人もの子どもがおり、本を読んでいる者もいれば木剣を振るっている者、走り回って遊んでいる者なんかもいた。
「へえ、人格者だね」
エインズはその様子を見て素直にそう思った。
庭を眺めながら、テオの少し後ろについて敷地内に入っていくエインズとライカ。
「先生、こんにちは!」
テオはおどおどした先ほどまでの様子とは異なり、通った声で先生と呼ばれる金髪の男性に声をかける。
その男性は本を片手に頭を悩ませる子どもにアドバイスしながら魔法を発現させて教えている最中であった。
テオの声に気がついた先生は「もう一回、自分で考えてやってみなさい」と教えていた子の頭にぽんと軽く手をやってから見つけたテオに近づいた。
「おや、テオくんどうしました? 昨日来ていましたので、てっきり今日は来ないと思っていたのですが?」
「ちょっと先生に合わせたい人がいて」
「テオくんが合わせたい人ですか。その人というのが隣の……」
とテオに先生と呼ばれていた金髪の男性はテオの数歩後ろに立っているエインズの姿を見て、すぐに顔を厳しくさせて飛びかかった。
エインズと男性との間には距離があったのだが、一瞬で肉薄し、右手をエインズに向けて魔力を高める。
突然のことだったがエインズに驚いている様子はない。むしろ楽しそうに口角を上げている。
金髪男性は手のひらから小さな氷針を放出させる。
テオやその他の子どもに魔法を教えていることだけあって、当然のように無詠唱での発現。
質の低い魔法士ばかりを見てきたエインズは、こんな小さなことだけで嬉しく感じると同時にこの男への評価が上がる。
「あぶないね」
当たり前にエインズは氷針を仰け反って躱す。
しかし男のほうも回避されることは織り込み済みだったようで、追撃に出る。
これまた無詠唱。ゴゴッと地鳴りとともにエインズの足元の地面が盛り上がり、丸太のように太い杭となってエインズの胸元へ迫る。
先の氷針を身をのけぞることで回避したエインズは、これに対して即座に回避することができず、左腕を前に構え身体を守るように身体強化をかける。
勢いそのままに土製の杭はエインズを叩くと、その身を軽々と後方へ飛ばした。
後方へとばされたエインズだが、態勢を大きく崩されることなく危なげなく着地した。
男とエインズとの間に大きく空間が生まれる。
「テオくん、危険ですから離れていなさい」
「せ、先生、待ってください! 彼は僕のクラスメイトの従者の方なんです」
男の前に立ちふさがり事情を説明するテオ。
「クラスメイト? 魔術学院のですか?」
男はエインズから目を外し、テオの顔を確認したあと、彼と一緒にやってきたもう一人の来訪者へと目を向ける。
テオの来訪を確認した男は、すぐ後ろに立っていたエインズに対して危険だと認識してしまったがゆえにライカの存在が抜け落ちてしまっていた。
ライカはテオと同じ魔術学院の制服を着ている。
彼女がテオのクラスメイトであることはおそらく間違いないのだろう。
となると、嬉々としてこちらの様子を窺っている銀髪の男が彼女の従者であるかという点のみが男の中で疑問として残る。
「そうなのですか? テオくんの言っていることは本当ですか?」
「ええ、大変申し訳ないのだけど……」
結局こうなってしまったか、と頭を抱えながら男の質問に答えるライカ。




