04
追いついたライカはエインズの頭にチョップを食らわすと、暴走しすぎで皆が困っていると一度落ち着くよう叱った。
「いてっ!」
「あんたじゃ周りをビビらせてしまうから、私が代わりに聞いてあげるから。勝手に動かない!」
「そんなに僕、怖がらせているかな? けっこうフランクで話しやすいと思うんだけど」
「いで立ちが不気味なのよ」
「ぶ、不気味……」
肩を落とすエインズ。
だが、ライカの言っていることは当たっている。
講義の際に見せた傍若無人な振る舞いと、それに見合うだけの実力。侯爵家令嬢の従者というのに、主人を敬っている様子もない。さらには従者とは思えない服装に加えて、その右腕と左足である。たとえ道化混じりにフランクに話しかけたとしてもその不気味さはただ際立つだけである。
「エインズが探しているのは貴族じゃないのよね? であれば、彼はたしか……」
辺りを見渡すライカ。
途中、彼女の視界に映ったキリシヤが笑顔で手を降っているのが見え、あの娘らしいなと微笑む。
教室に残る中に一人、エインズの目的の学生を見つけた。
まだあまりクラスの皆と打ち解けられていないのか一人静かに講義内容をノートにまとめあげ、今しがた筆を下ろした男子生徒。
彼のそばまでいき話しかけるライカ。
「えっとたしか、テオくんだったよね?」
「えっ……?」
まさか自分が話しかけられるとは思っていなかったのか、ライカからテオと呼ばれたサラサラ髪の男子生徒が顔を上げる。
「ライカ=ブランディ、様。えっと……、僕、なにかご迷惑になることをしてしまいましたか……?」
庶民からすれば侯爵家という爵位はかなり恐ろしいものである。
テオは魔術学院に通うことになってから、可能な限りこういった高い位の人間とは関わらないようにしようと固く決意していたのだが、まさか向こうから声をかけられるとは思わなかった。
その額にはじんわりと汗が浮かぶ。
顔を青白くさせながらテオは困り眉でライカの様子を窺う。
「いえ違うわよ。むしろこっちが今から君に迷惑をかけるかもしれない方だから」
「……靴を舐めればよろしいですか?」
徐々に目が潤んでいくテオ。
「君も……。私がどう思われているのか気になるわね。そんなことはしなくていいわ、むしろしないで!」
「は、はい! では他に、僕になにをしろと? お渡しできるほどのお金もありませんし、僕にできることはなにも……」
長く使い続けているのだろう年季がある皮財布をポケットから取り出し、ライカに見せるようにして広げる。
その手は震えている。
「ライカのほうが僕以上に彼を怖がらせているじゃないか」
「いや、本当に、おかしいわね。ここまでの反応を見せられるとむしろ傷つくんだけど……」
深いため息を吐くライカ。
そのため息の意図するところを悪い方向に勘違いしたテオは肩を強張らせる。
「それにしても面白い子だね、見ていて飽きないよ。これはカンザス様への土産話になるね!」
「勝手なことを言ったら食事を取り上げるわよ!」
「しょ、食事を取り上げられる……。こわい……」
冗談のつもりで言った言葉も、従者への罰として絶食を強いているように捉えてしまうテオ。
「ああ、もう! 話が進まないじゃない。テオくん、私のことはライカでいいわ。……いや、むしろそう呼びなさい。そして敬語もいらないから、いいわね!」
「は、はい」
畏まるテオに、目をきつくさせるライカ。
「じゃなかった。……わかった、よ。ライカ、さん」
「まだぎこちないけど、さっきよりはまだマシだから今のところはそれでいいわ」
「それで僕に話って、なに?」
「それは横にいるエインズから聞いてほしいんだけどね」
ようやく話が進んだと一安心するライカ。
「エインズ、さん……?」
エインズに目線を移動させるテオ。ライカに対してよりかは緊張が溶けているようだ。
「君たちからしたら、魔術学院の入学試験って厳しいものなんだよね?」
紹介されたエインズは代わってテオに尋ねる。
「うん。僕は、運が良かったというか」
「ライカや、あそこにいるキリシヤさんなんかは家が金銭的に余裕があるから当然だと思うんだけど、テオくんのような子はどこで魔法の基礎なんかを教わっているのかな? 家庭教師を雇っていたようには見えないけど、誰か教えてくれる人がいるの?」
「うん、家庭教師はいなかった、よ。でも、王都の西部に僕達みたいにあまり裕福じゃない子になんでも教えてくれる優しい先生がいるんだよ」
「西部に? ちょっと前に南西部のあたりまで出かけてみたんだけど見つからなかったなぁ。そうか、そんな先生がいるのか、それはよかった!」
「南西のところに行ったの? あの辺りはちょっと、あれだから気をつけたほうがいい、と思うよ。ご、ごめん。余計なお世話だったよね!」
王都の南西部がスラム化していることはやはり有名なようだ。
「いやいや、ありがとう。それで、ちょっと申し訳ないんだけどさ、テオくん」
「な、なに?」
「その先生のこと、僕に紹介してくれないかな?」
「紹介? それなら、大丈夫だけど。でも、君くらいすごい人なら、その必要もないんじゃないかな?」
「うーん、まあ、興味があって」
「そ、そうなんだ。それならちょうどこの後、先生のところに行くつもりだったんだけど、一緒に来る?」
「今から!?」
テオからの誘いにエインズは身を乗り出す。
「ご、ごめん。急すぎたよね! 僕はなんて失礼なことを……」
「いやいや、大丈夫! むしろありがたい提案だよ、テオくん! 行こう! 今から!」
それはよかったと胸を撫で下ろすテオに、「テオくん、さあ早く! 支度して!」と図々しくも急かせるエインズ。
「えっと、でも……」
と、帰り支度をしながらテオはライカに顔を向ける。
ライカの許可を取らずに従者の予定を決めてしまってよいのかと困惑しているようだ。
「はあ……。心配だから私も付いていくわ。ごめんねテオくん。面倒をかけさせちゃって」
「い、いいよいいよ! 全然、そのくらい!」
早く早くと急かしてくるエインズに苦笑いを浮かべながら、テオは支度を整えて席を立った。
ライカがキリシヤに別れを告げると、彼女は「私も行きたいなぁ……」と目を伏せながら呟いたが、セイデルがキリシヤの予定が詰まっていることを理由に許可を出すことはなかった。




