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02

 次の日。


 いつものようにリステに叩き起こされたエインズは、彼女とソフィアに手伝ってもらいながら身支度を整える。


 ライカは紅茶を片手に時間を気にしながらエインズの様子を伺う。

 主を待たせるその様子にはすでに従者らしさは微塵もないのだが、これも今に始まったことではない。ライカは小言を時折挟みながらもエインズを待ち続けた。残念なことだがそんな彼女の小言も、寝ぼけ眼のエインズの耳に届くことはない。


 紅茶を飲み終え玄関先で待っていたライカのもとに現れたエインズのその頭に寝癖は一切ない。船を漕ぎながら朝食を取るエインズをソフィアがとても愛らしい様子で櫛で髪を梳いだためである。ズボラさ極まるエインズに対しここまで誠意をみせるソフィアの姿にはライカも感心する。


「それじゃリステ、行ってくるわね」


「行ってらっしゃいませ、ライカ様。そして、エインズ様」


 あくびを漏らすエインズに、リステと並び二人を見送るソフィアも声をかける。


「それではエインズ様、行ってらっしゃいませ。何かございましたら私をお呼びください。声は直接届かなくとも、私を求めるその心の声だけで、どこにでも馳せ参じます」


「いや、怖いよソフィア。大丈夫だから。行ってくるね」


 名残惜しく、思わずエインズに付いていきそうになるソフィアは、リステに制止されてエインズの外出を玄関先で見届けた。


 エインズと並ぶライカの歩みは普段よりも少し速い。エインズの身支度を待っていたため、のんびり学院に向かっていては講義に遅刻してしまうからである。


 エインズも多少の罪悪感があるのだろう、不満を言わずライカの歩速に合わせて歩く。

 学院に向かう途中、二人が見かけた生徒の姿は少ない。


 その顔に焦りの様子はなく、むしろ歩くのも面倒だなと思っていそうなエインズの横顔を殴ってやりたいライカだが、今はそんな時間も惜しい。


 握られた拳をもう一方の手で無理やり解いて彼に「ちゃんと付いてきなさいよ」と言うに留まった。

 早歩きしたこともあり、学院までもうすぐといったところでようやく真新しい制服に袖を通す生徒や着慣れた学生の姿を見かけるようになった。


「うわー、まだ瓦礫の山があるんだね」


 学院の敷地には件の騒動の傷跡が残っている。

 学院の講師でもない成人した男たちがガラを積んだ荷車を運んでいる。計画書らしきものを目に入れながら指示を飛ばす者。それに従い所定の位置に荷車を運びガラを片付ける。


 彼らの多くが土木関係の生業についているのだろう、その動きは慣れたものだった。


「これでも大分と片付いたもんよ。前までは仮校舎を設けるスペースすらなかったんだもの」


 そういって、ライカは横道に外れる。

 真っ直ぐ進めば立派な校舎があったわけだが、すでにそれは使えないものになっている。横道に外れた闘技場だった場所に設けられた仮設校舎へと向かった。


「こ、これで、仮設なの?」


 仮設校舎、と聞いていたエインズはその建物がとても質素なものだと勝手に思っていた。

 てっきり自身がアインズ領の森に住んでいたときに使用していた小屋の単純に大きいものだと。


 しかしそこは古参貴族、侯爵家としての意地があるのだろうか。それはエインズからしてみれば立派なものだった。


「そりゃね、この工事がソビ家によるものだって全生徒が知っているんだもの。くだらない建物を建てようものなら侯爵家の名が廃ると考えているんでしょうね。子も子なら、親も親。プライドの高さは血なのね」


 ライカはやれやれといった感じで肩をすくめる。

 そんなライカの顔をまじまじと見つめるエインズ。


 子も子なら、親も親。ならばカンザスのような品格をライカも持ち合わせているべきだろうに、目の前の赤髪少女はまるで当てはまらない。


「ぶっ飛ばすわよエインズ」


「まだ、何も言ってないよね!?」


「顔がうるさいほど語っているわよ」


 ライカは軽くエインズの胸元を小突く。

 そうしながら二人が向かった先にある仮設校舎。


 倒壊した校舎とは異なり、木を組み合わせて建てられている。レンガで造るとなると時間を要してしまうし、その後校舎を修復した際の撤去にコストがかかることを想定しているのだろう。


 ソビ家当主は肥大したプライドだけではなく、経済的な判断もできる人間なのだとエインズは感じた。それはソビ家の人間として生きていたダリアスとは違う。むろん、今の彼であればより柔軟な考えをもっているだろうが。


 闘技場広大なヤードを潰し、その上に仮設校舎が三つ立ち並ぶ。

 さすがに全生徒が一つの仮設校舎には入らなかったようだ。ライカがいうには、学年によって校舎を分けられているとのことだった。


 二人はその中の一つ、手前の建物に入っていく。

 柱や床はその寿命を伸ばすためであろう、漆のような樹液が塗られており光沢があった。


「僕が住んでいた小屋って本当に……」


 言っては小屋を建ててくれた者に申し訳ないのだが、それでも情けなく感じてしまうエインズ。

 そんな彼を他所に、ライカはドアを開け教室へと入った。


 ライカの後ろを、ため息をつきながら入るエインズ。

 瞬間、教室がざわつく。


 それもそうだ。ハンナ教諭の講義を否定し、圧倒的な知識と実力を見せたブランディ家の従者。そんな人物を忘れる者などいない。


「……今度は何をやらかす気なんだろうか」


「いやいや、従者だぞ? 今回は静かに控えているだけだろうよ」


「ハンナ先生、取り乱さないかしら?」


 通り過ぎていくライカとエインズの動きを目で追いながら、ひそひそと話し合う生徒たち。

 ライカは「ま、そうよね……。私でもそう思うわ」と誰にも聞こえない声量で呟くが表情には出さない。


「ライカ、おはよう! 今日はのんびりなのね」


「おはよう、キリシヤ。そりゃね、後ろのがいつも通りだから」


 王女であるキリシヤは優等生である。すでに着席していた。


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