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王都キルク。
その東部は多くの貴族や権力者が居住を構える街区となっている。
その一角にブランディ侯爵家の邸宅がある。
「エインズ殿、これからどうするのですか? まだしばらくは王都でのんびりされるのでしょうか?」
夕食を囲むエインズとソフィア、タリッジの三人とブランディ侯爵家の当主カンザスとその娘ライカ。
港湾都市エリアスでの一件の後、王城での謁見を済ませたエインズは旅の疲れをここ、ブランディ侯爵家の邸宅で癒していた。
「うーん、どうしようかな」
「こちらにしばらくいらっしゃるのであれば、ご不便をおかけすることになってしまうのですが」
カンザスは食べる手を止めエインズに顔を向ける。
しかしエインズは食べるのに必死で目の前のスープから目が離れない。
エインズに代わって、彼の従者である銀雪騎士団の女騎士ソフィアが尋ねた。
「カンザス様、それはなぜでしょうか? もちろん、これまで良くしていただいて不便を感じたことは微塵もありませんでしたが」
「エリアスの一件、解決したとはいえ復興にはまだまだ時間がかかる。アラベッタが治める領地だ、私も力を尽くしたい」
「そういうことですか」
ソフィアもエインズと一緒にエリアスの惨状を目にしている。
貿易を盛んとしている港湾都市の名物でもある倉庫街が全て爆破されてしまったのだ。復興にどれだけの時間を要するのか想像に難くない。
「加えてライカも学院に通っています。もちろん使用人は数人いますが、その多くは私と共にエリアスに来てもらうつもりなのです」
「んあぁ? んじゃあ、メシも食えねえってことか?」
先ほどまでガシャガシャとがさつに食事をしていたタリッジが、口に物を入れたままソフィアとカンザスの顔を交互に見た。
「貴様は本当に下品なやつだな……。エインズ様は別として、私たちは施しを受けている立場なのだ。貴様が口を出すこと自体間違っているのだ」
はあ、とため息をつくソフィア。
タリッジは「そんなもん、お前も一緒だろうが」と呟き、ソフィアは苛立ちながら「だからそうだと言っているだろうが」と苛立ちを見せながら返した。
「お食事を振舞えないわけではありませんが、使用人も少なくなりますので煩わせることも多分に出てくるかと思われる」
「食えるんなら俺はなんでもいいぜ」
「貴様……」
そんな二人の様子にライカも苦笑いをしながら眺める。
「エインズはどうするの? また、わたしの従者として学院に行く?」
スープを飲み干したエインズはようやく顔を上げ、ライカの言葉に反応する。
「学院への興味はもう失せたかな。とはいえ、まだ気になることも残っているし、どうしようか」
「気になることって?」
「ええっとね。この前はルベルメルさんとかのせいで学院がゴタゴタしちゃったし聞きそびれちゃったんだけど、貴族でもない学生がどこで魔法の基礎を習ったのかとかさ」
「なかったことにしているみたいだから一応言っておくけど、あの騒動の半分くらいはあんたのせいよ、エインズ?」
「うっ……。ま、まあ、それは置いておいて。僕だって、あんなことを起こしたくて動いたわけじゃないからね。ただ自分の興味関心に身を任せただけのことであって……」
ライカから目を逸らしながら話すエインズに、咀嚼を続けるタリッジが口にものをつめたまま小言を漏らす。
「そっちのほうが断然たちが悪いじゃねえか」
そしてソフィアに頭を叩かれる。
「つまり、エインズはどうするの?」
「もう少し学院を見てまわろうかな。気になったことは早いうちに解消しておきたいものだし」
そんなエインズに、ソフィアは「さすがエインズ様です」と感嘆の声を漏らす。
タリッジもタリッジだが、彼女もまた彼女である。
「ではエインズ殿、こちらに滞在していただくということで?」
「はい、厄介になります」
カンザスは穏やかな表情でエインズの意向を確認した。
「本当に、厄介よねぇ」
「そうだね、ライカ。私が仕事でここを離れている間にまた庭を盛大に耕されても困るからね」
「カ、カンザス様まで……」
「リステ、私がいない間のエインズ殿のことは頼んだよ? 特に庭には注意しておいてくれ」
「承知いたしました、カンザス様。万が一のことがあれば私のほうで美味しい野菜を栽培しておきますので、ご安心ください」
「ははは。侯爵家の庭で栽培された野菜であれば、高く売れるだろうか? ブランド野菜として商品化することも念頭に入れておくように」
「事業スキームを練っておきます」
控えていたメイドのリステとカンザスが冗談を言い合ってさらにエインズを苦しめる。
「二人とも、本当に勘弁してください……」
がっくりと肩を落とすエインズであった。
三人のやりとりを微笑ましそうに眺めていたライカが「でも、」と少し神妙な面持ちで口を開く。
「あの一件からまだ校舎が完全に復旧したわけじゃないのよね」
「ああ、そうだね。ライカの言うとおりだ。その辺もエインズ殿には不便をかけますね。まあ、不便になることを承知であれを起こしたでしょうから、問題ないかと思われますが」
『次代の明星』ルベルメルの魔法により、半壊した校舎はすでに修復工事に入っている。ルベルメルと共謀して事件を起こしたソビ家長子のダリアスはすでにソビ家と縁が切れているわけだが、だからといってソビ家に一切の咎めがないということにはならない。
修復にかかる諸々の費用はソビ家が負担することになった。
王都に立派な校舎を構える魔術学院の修復となるとかなりの費用を要するが、莫大な資金力があるソビ家はそれを無条件で呑んだ。
他の貴族であれば、この処分に対し少しでも軽減されないかと無駄とは分かっていても思案し言い逃れをするところではあるが、ソビ家にそれはない。
その従順ぶりは不気味なところでもあるが、当のソビ家が全てを呑むというのだからそれ以上誰も突っ込むことはできない。王家は静かにその後の動向を伺うだけである。
ソビ家の迅速な対応もあって、完全な復旧にはまだしばらく時間を要するが空いている闘技場の上に仮説校舎は建築されすでに講義も再開されていた。
「それじゃ、今度は問題を起こさないように、素晴らしい従者としての働きを楽しみにしているわよ、エインズ?」
冗談のような、皮肉な言い方にエインズはただただ「仰せのままに……」と頭を垂れるしかなかった。




