×5-2 第5部1章 終
ご無沙汰しております。すずすけです。
いつも拙作をお読みくださりありがとうございます。
少し長めですが、きりの良いところまで書き上げましたので投稿させていただきました。
この第5部1章に関しまして、いくつか伏線を回収する章とさせていただきました。
これまで話の流れの中で混乱されたり違和感を持たれたりしたと思いますが、
この章でそれらのいくつかが解消できたのであれば幸いにございます。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。
それではまた。すずすけ
「風、つめたいなぁ」
出かける前にカリアからひざ掛けをもらえばよかったと後悔しながらエインズは森の目の前まで進む。
いつもこの辺りまで進んで茂みに目を向け、ただぼうっと時間を潰す。特に何をすることもない。
エバンらに拾われ良くしてもらっている以上、忠告を破って森に入るのは良心が痛むし、とはいっても、家にいてもどこか落ち着かない。
エインズがただ気にしすぎのだけなのかもしれないが、エバンらの優しさが自分を腫物のように接しているように感じてしまうのだ。
複雑な背景を背負っているエインズ。そんなエインズが一人になりたい時間にエバンが口を挟むことはしない。
多少心を開いたとはいえ、両親を亡くし、壊滅した村から拾われたエインズとの隔たりが完全に取っ払われたとはいえない。
エバンも、エインズとのそのあたりのセンシティブな距離の取り方をまだ探っている最中なのだろう。
「やぁ、こんにちは」
寒さに鼻水が垂れはじめ、左手で鼻を拭うエインズに声がかかる。
「……だれ?」
エインズの側方から突如現れた二人組にエインズは警戒した。
「イオネル様、すごく警戒されていますよ。きっと少年にはイオネル様の胡散臭さが見透かされているのでしょう」
「ジデンくん、流石にそれは言い過ぎじゃないかなぁ。少年は何も言っていないんだけど……。それに胡散臭さと言うのなら、君がくれたこの仮面のせいじゃないのかなぁ?」
イオネルとジデンと呼ばれた二人組。
ジデンと呼ばれた者は凛々しい顔をした青年だが、その目は死んでおりその下にはひどいクマがある。
対してイオネルと呼ばれたほうは、何を模したものなのか不明な仮面をかぶっていた。
「あの……」
目の前で繰り広げられる茶番に、エインズの警戒心がわずかに和らいだ。
「突然声をかけてしまい、すみません。私たちは行商人でして、ここタス村に荷を運んでいる最中だったのです」
「行商人……?」
しかし二人の傍に荷車はない。
手持ちの荷物もなく、それらしさが見当たらない。
不審そうに二人を見るエインズの目に、ジデンが返した。
「荷物はあちらの方に置いていましてね」
ジデンが指さす先は入ることを子どもだけで入ることを禁じられている森。
「多くの荷物を村に持っていっても、需要のないものばかりでは場所も取りますし色々と迷惑をかけると思いまして」
「そうなんだ」
そう返すものの、これまで行商人を見たことがないエインズはジデンの言っていることが妥当なものなのかの判断もつかない。
「そんな時に君に会ったってわけさ!」
仮面で素顔を隠すイオネルが答える。
「村人に、どんなものが需要あるのかを聞いてそれを持っていこうと思ってねぇ。どうかな? 一度、僕たちの商品を見てもらえないかなぁ?」
仮面の下はおそらく笑みを浮かべているのだろう。エインズの目からは仮面に隠れ判断がつかないけれども、イオネルの声色からそう察することができた。
「ぼくが? ぼくはあんまり……。この村のことは詳しくないんだ。代わりに大人の人を呼んでくるけど」
「いやいや、いいんだよぉ。時に子どもの直感というものは物事を正しく導くことがあるのさ。僕の直感が語りかける。君の目で見てほしいってさ」
イオネルは「どうかな?」とエインズの反応を窺う。
「あそこの森には行けないんだ」
「うん? どうしてだい? 君は森のすぐ手前まで来ているじゃないか。森の中に入ろうとしていたんじゃないのぉ?」
「ぼくはただ……」
そう口を閉ざしたエインズにイオネルは「ふむ」と唸った。
「森に入ってはいけない理由が何かあるのですか?」
イオネルの代わりにジデンがエインズに尋ねる。
「エバンさんが言っていたんだ。子どもだけで森に入っちゃだめだって。森には魔獣がいて危ないから」
左手で車いすのレバーをいじるエインズ。
ジデンは「なるほど」と呟いて続けた。
「それなら問題ありませんね。私たちは大人ですので子どもだけで森に入るわけではありません。それに——」
ジデンはイオネルの肩をポンと叩いた。
「こんななりをしていますが、この人は魔法が得意でしてね。私も魔獣を討伐できるくらいの魔法が使えます」
「魔法……」
エインズの、レバーをいじる手がわずかに震える。
「はい。ですから安心してください」
「……」
自分たちが着いているから決まり事を破るわけではないと言うジデン。
エインズが語った理由に対しての返答は道理にかなったものだったが、エバンがエインズに言った正確な意味合いはそういうことではないのだろうということはエインズも察せられた。
だが、だからといってエインズは否定しなかった。
良くしてもらっている。それは痛々しいほどに。申し訳ないほどに。
だからこそ、エインズはジデンの言葉を否定できなかった。
自分がもし、いなくなれば? 自分の存在がエバンやカリア、シリカの生活を窮屈にさせてしまっているのでは?
そう思うと、仮に目の前の二人に騙されたとしても別にいいんじゃないかとさえ思えてしまったのだ。
「……わかった」
エインズはこくりと一つ頷いた。
「よぉし、それじゃあ行こうか」
そう言うとイオネルはエインズの車いすを押そうと後ろへまわったが、エインズはそれを拒否した。
「だいじょうぶ。動けるから」
エインズは肘掛け付近に備わっているレバーを指さした。
「へぇ、便利なものだねぇ。これ、けっこう高価なものだよねぇ。ここの村の人が気軽に買える代物じゃないと思うんだけど。奮発したんだねぇ」
「……」
エインズの唯一の移動手段である車いす。
足代わりにこれが常にエインズとある。常に視界に入るこの車いすにエインズはずっと後ろめたさを覚えているのだ。
「私も周囲には注意しますが、イオネル様も一応お願いしますね」
「はいはーい」
エインズを真ん中に、左右をイオネルとジデンが挟んで森の中へと入っていった。
しばらく歩くと四足獣がぞろぞろと現れるが、それらに慌てることもなくジデンとイオネルがあっさりと撃退していった。
二人が使うその魔法のすごさ。
シルベ村にいた時に魔法の可能性を模索していたエインズには衝撃的な光景だった。
むろん、魔法の怖さも痛感している。
目を奪われるほどの魅力もあるが、村を滅ぼすほどの恐怖性も兼ね備えているのが魔法。
エバンらによって救われたエインズだったが、最後に見た魔法が村を滅ぼすものであったため、目を覚ましてからはどこか魔法について敬遠していたところがあった。
「やっぱり魔法はすごいんだ……」
魔法と聞くだけで手が震えるほどの恐怖を覚えてしまっているエインズだが、二人が魅せる魔法はかつてのエインズの心を取り戻させていった。
「ついたねぇ、ここだよ、ここ」
エインズは本当に何もしていない。エインズに近づく前に四足獣らは二人に討伐されていったからだ。
そんなエインズの目の前には木造の小屋。
「こんなところに小屋があったんだ」
魔獣が跋扈する森の中で、朽ちることもなく建っている小屋は少し不思議だ。
そしてどこか歪な空気感が感じられた。
「僕たちは近くから商品を取ってくるから、君はここの小屋で待っていてねぇ」
「……うん」
エインズはイオネルに言われたとおり、小屋で二人を待つことにした。
ドアは押せば簡単に開き、鍵なんかはかかっていなかった。
「なんだか変な小屋だなあ」
小屋の中は、テーブルとソファ。窓際には机と椅子が置かれている。
ここまでで不思議なところはない。
しかし、エインズが変だと感じたのは部屋を囲うようにして壁に並べられた本棚だった。
かなりの本が収容できるはずなのだが、その本棚のほぼ全てが空である。
端の方に本が四冊、場違いに収められていた。
「これだけ本棚があるのに、本が四冊だけなんて」
エインズは当初、小屋のものには触れず二人を待っていようと考えていたが、しばらく待っても戻ってこない二人に、エインズは気になっていた一冊の本に手を伸ばすことにした。
「なんの本なんだろう」
何の変哲もない本。
それをエインズは手に取り、開いた。
直後、発光する本。
文字が浮かび上がり発光する。
頁は勝手に捲られていく。かなりの速度で頁が次々と捲られていくのだが、その内容全てがエインズの頭の中に流れ込んでいった。
「う、うああぁぁぁあああ」
それは一度目の死から直近の終わりまで。
自身が受けた痛みや、喜びや悲しみ、怒りなど全ての感情までもが追体験するようにエインズの中に勝手に入り込んでいく。
拒むことはできない。
本から手を離すこともできない。
「あああああ、ああぁぁああ」
ただ、その追体験に涙し絶叫するのみ。
発光する文字が全ての頁を捲りきるまで続く拷問のような苦しみ。
なにせ死を追体験するのだから。そして、その死に至る絶望も追体験するのだから。
この小屋の意味。本の意味。
魔法と魔術。
そして、自身が魔術に目覚めていること。
「シギュン、婆さん……」
涙が絶えず流れる。
右目は赤く、血のように染まっている。
目覚めた魔術。第一段階の姿『からくりの魔眼』が封印を解かれたように顕現し、エインズにその在り方を思い出させた。
一冊目が終われば二冊目が浮かび上がり、捲られていく。
二冊目の後には三冊目。
そして最後の四冊目が開かれる。これまでの四度の死がエインズの魂に触れる。
頁の捲られる音がエインズの絶叫にかき消される。
「ねが、わくば——」
そなたの魔術が□□に至らんことを。
全ての本、全ての頁を走りきり、本は閉じられた。
本がエインズの手から床に落ちる。
エインズの涙は止まっており、全ての体力を使い果たした彼はぐったりと車いすの上で眠りについたのだった。
エインズの、魔術師としての修羅の旅路が始まった。