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【第5部完結】隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~  作者: すずすけ
第5部1章 孵化

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×5-1

 身体に激しい痛みを感じる。

 特に右肩と左脚。顔も右半分が今も焼けているような痛みがあった。


「い、いたい……」


 エインズは痛みで目が覚めた。

 視界がいつも見ているものと異なっているのだが、いまのエインズはそこまで思考がいかない。


 知らない天井に、知らないベッド。

 まだ正常に思考出来ていないエインズは、右腕がなくなってしまっていることに深く疑問を持つこともなく左手だけで上体を起こした。


 痛みを耐えながら、思考がまとまらないエインズはぼうっと窓から覗ける外の景色に目を向けたまま呆けていた。

 しばらくして、エインズの背後で物が落ちた。


「目が、覚めたの?」


 女性、というよりは女の子の声がした。

 エインズは窓から視線を外し、声の主を目で追った。


 金髪のショートヘアに、どこか気の強さがにじみ出ている女の子。

 そして女の子が落とした湯の入った桶の音に、もう一人今度は女の子の母親と思われる女性が部屋に入ってきた。


「どうしたの、シリカ。さっき何か落とした音がしたけど。……あら? ぼく、目が覚めたのね」


「……」


 シリカとその横の女性——、カリアに目を向けるエインズ。


「まだちょっと混乱しているのかしら。シリカ、とりあえず床を拭いてちょうだい? 床が水浸しよ」


「ご、ごめんなさい。いま雑巾を取ってくるから!」


 シリカはそう言って、パタパタと慌ただしく部屋を出ていった。

 エインズと二人きりになったカリアはエインズの近くで丸椅子に腰かけて、怯えないようなるべく優しい声色で尋ねた。


「ぼく、お名前言える?」


「……エインズ」


「そう、エインズくんね。私はカリア。さっきバタバタと騒がしくしていたのは私の娘のシリカよ。よろしくね?」


「……」


 会話が続かず沈黙するエインズ。

 しかし、カリアの声を聞き少しだけ落ち着きを取り戻したのか、エインズは自身の身体の変化に意識を向けることができた。


「……ない。いたい……」


 あったはずの右腕がない。

 肩口は包帯で巻かれ、そこから先に伸びる腕がなかった。


 それだけではない。

 じわじわと鈍い痛みを左脚にも感じていた。


 そんなエインズの様子にカリアは表情を曇らせる。


「いたいよね、ごめんね。私の旦那とシリカが瓦礫の下からきみを見つけたときにはもう……。エインズくん、きみの村で何があったか覚えている?」


「ぼくの、村……」


 カリアの言葉をぼんやりと聞いていたエインズ。

 しかし尋ねられて、徐々にその時の様子を思い出していった。


「ああ……。ああぁぁあああ!!」


 そしてエインズの脳裏に絶望的な光景が広がる。


「うあああぁああ!!」


 鼓動が激しく打つ。息が乱れる。塞がった傷口が激しく痛みだす。

 両親が血を流して横たわっている光景。村の全てが激しい炎に包まれ、阿鼻叫喚が広がる地獄。歳の近い友人が目の前で殺され、得体の知れない何かで貫かれて一瞬で絶命していく姿。


 そして、頬に傷をつけた男の言うところの『魔法』によって家が破壊されて、自身の頭上に降りかかる瓦礫。


 熱い。痛い。


 エインズは身体を激しく震わせて、鼻水を垂らしながら涙を流す。

 エインズの止まらぬ絶叫に、カリアは優しくエインズの身体を包みこみその柔らかな手でエインズの背中を優しくさする。


「落ち着いて、エインズくん。もう、大丈夫だから。もうエインズくんは大丈夫だから」


 そこに雑巾を持ってきたシリカが入ってくる。


「お母さん!」


 そしてシリカがこれまで目にしたことがないほどに、絶望と恐怖で泣き叫ぶエインズの姿に絶句した。


 あの小さな身体にこれだけ大きな声で絶叫する力がどこにあるのだろうか、限界を超えて喉を酷使し声を張り上げるエインズ。シリカはその絶望と恐怖に押しつぶされた人間を目にしたことがなかった。


「大丈夫よ、大丈夫だから。……ね?」


 シリカが我に返り動けるようになったのは、エインズが泣き疲れて眠った後になってからだった。

 自分よりも恐らく幼い少年。その少年が見た絶望は、恐怖は、シリカが瓦礫の中から見つけ出したがために一生拭い去れない深い傷となってエインズの中に残り続けてしまうことになる。


 死んでいたほうが楽だったのかもしれない、これ以上の苦しみを覚えることがないから。だがシリカはエインズを瓦礫の山から救った。


 自身が想像していた絶望なんか生易しい。一度強く持った覚悟が揺れてしまう。

 シリカはその重みに足が震えた。


 数年が過ぎ、エインズも徐々にカリアやシリカ、エバンに心を開いていった。初めは目を覚ませば泣き叫び、疲れては眠る繰り返しだった。


 シリカら三人の尽力あって、エインズは脳裏に焼き付いた絶望的な光景から目を逸らせるようになれた。


 それでもエインズの表情は暗く、何に対しても興味を持つことはなかった。

 ただ生きているだけ。死んではいないが、今この時を生きていない。

 シリカも遠慮した態度を見せることはせず、あえて何事もなかったように接するよう心がけた。


「いってきます」


 エインズは一人で出かけるようになった。

 といっても、エインズは歩くことができないためエバンが取り寄せた車いすに乗って外を散歩するだけである。


 片腕、片脚のエインズは車輪を回すのも十分にできない。


 そのため、取り寄せられた車いすは魔獣から採れた魔石を動力源に自動式のものである。


 かなり値が張ってしまったが、それはエインズのためにも必要なものだと思い切って奮発したのだ。


 これにより節制した生活を長らく送ることになったのだが。

 レバー一つ倒すことで車いすの車輪がカラカラと回る。


 家々を抜け、大樹の横若干ぬかるんだ道を進む。

 森へと伸びる一本道のあたりに人気はなく、村の子どもたちもここらで遊ぶことはほとんどない。


 というのも子どもだけで危険な森に入ることを大人たちから固く禁じられているからである。

 当然エインズもエバンから同様に忠告されているのだが、好意的ではない村民の目を避けるように足を延ばしたのがこのあたりなのである。


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