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×2-10

「エイちゃん、今日は遠出するよ」


 朝食をとっていたエインズは徐にそうシギュンに言われた。


「遠出? どこか行くの?」


「そうだよ、やっと準備ができたからね」


 スープを飲む手を止めてシギュンがエインズの横に座り片肘をつきながらパンを食べるイオネルに視線を送る。


「うん、ようやく婆さんが言っていたものができたからねぇ」


「イオネルさんもそれがどこか知っているの?」


 そうエインズが顔を横に向けてイオネルの、仮面をつけたその顔を見た。

 イオネルは小さく頷きながら「もちろんだよぉ」とパンを頬張り、声が籠った聞き取りづらい返答をした。


「シギュン様もイオネル様も外出なされるのですか?」


 エインズら三人の朝食の準備をしていたジデンがスープの器を手にしながらテーブルへと移動してくる。


「そうそう。だからジデンくん、今日はきみお留守番だからねぇ。残念だねぇ」


「はぁ……。別に残念ではありませんが、承知しました」


 自分の朝食の準備ができ、イオネルの隣へと腰を下ろすジデン。

 イオネルの羨ましいだろうという視線に鬱陶しさを覚えながら、ジデンはそれを無視してスプーンを手に取った。


「イオネル様、どちらに行かれるのですか?」


「うーん、それは秘密だよ。ねぇ、婆さん」


「そうさね、こればっかりは言えないねぇ。ごめんよ、ジデン坊ちゃん」


「いえいえ。であればこれ以上お尋ねしないことにしましょう」


 スープから立つ湯気、パンの香ばしい匂いが部屋に広がる。

 エインズがシギュンのもとに住み始めてからイオネルがよくここに来るようになった。


 それまではどこかシギュンをうるさい老婆と敬遠していたイオネル。だが、今ではシギュンから呼び出しを受ければすぐに顔を見せるし、自ら足を運ぶことだってあった。


 イオネルが外出するということは、それ即ちジデンにも声がかかる。

 自室で無視を決め込むジデンだが、執拗にドアをノックされ大声で声をかけ続けられれば休まるものも休まらない。


 このままではかえってノイローゼになってしまうと、結局自室から出てくるジデンであった。


「いつ頃お戻りになるのでしょうか? 皆さんのお帰りに合わせて私が食事を用意しておきましょう」


「おや、それは助かるね」


 ジデンの提案にシギュンは驚いた様子を見せながら、その提案をありがたく思った。


「まあね、僕のジデンくんはそこら辺もくみ取れる優秀な人間だからねぇ。僕に感謝してもいいんだよ、婆さん」


「別に私はイオネル様のものではありませんし。見てくださいイオネル様、あの呆れかえったシギュン様の顔を。ほら、黙って食べてください」


 冷たくあしらうジデン。パンくずで自分の目の前が汚れているイオネルに「あなたは子どもですか」とため息交じりに言う始末。とても上司に言うような言葉ではないのだが、ジデンとイオネルの関係ではそれが許される。


「最近本当にジデンくん、僕に辛辣すぎない?」


 そうぼやくイオネルをこれまた無視するジデン。


「エインズ君も気をつけて行ってきてくださいね」


「はい、ジデンさん」


「まあシギュン様がついていますし、イオネル様も魔法は得意ですからエインズ君の助けになるくらいには役に立つでしょう」


「そうだね」


 何の不安も感じていないエインズ。


 シギュンのもとで魔法を教わりながら、彼女が発現させる魔法もその目で見てきているエインズは道中の不安を一切覚えない。


 イオネルについても時々ここへ訪れた際に魔法を教わっているが、彼の魔法についても目にすることはあった。


「エインズくんまで僕をその扱いとは……。僕泣いちゃうよぉ」


「よかったじゃないかイオネル。こちらもその不格好な仮面のおかげでお前の泣き顔を見なくて済むさね」


「婆さんは許さんぞ!」


 スプーンをテーブルに叩きつけるイオネルだがそれ以上の動きは見せない。


 これまでの一連の流れがエインズら四人の穏やかな日常なのだ。シギュンも全てを本心から言っていないし、イオネルもエインズも。それからジデンも、いや、ジデンに関してはそうだと思っておきたい。


 それから朝食を食べ終えたエインズら三人は身支度を整えてから出発した。




 関所を抜け、ガイリーン帝国から離れる三人。

 エインズの車いすをイオネルが押し、その横にシギュン。


 老いて運動能力を心配したエインズだったが、そこは魔法も優れた魔術師だ。自身の身体を強化させ常人以上の速度で歩いている。


 イオネルも然り。三人の中で一番しんどいのはエインズである。

 イオネルによってかなりの速さで車いすを押されるのだが、この車いすは地面の凹凸による揺れを十分に吸収できるほど優れた作りをされていない。


 もろに振動をその身に受けてしまう。

 脳が揺れ、視界が揺れ、胃の中で先ほど食べた朝食が激しく踊る。


 エインズはそんな吐き気と戦いながらイオネルに押されていた。

 いくつかの集落を抜けたが、その際にそこの住人が三人に向けた目は不気味なものを見る目だった。異常な速さで歩く老婆に車いすを押す仮面の男。えずきながら車いすに座る少年。


 不気味な対象に他ない。


「着いたよ、エイちゃん」


 鬱蒼とした森の中、シギュンの足が止まる。

 それに合わせてイオネルの足も止まるのだが、慣性によって身体が前に投げ飛ばされそうになるのを車いすの肘掛に片腕で必死に掴まり防いだエインズ。


 吐き気からも解放され、すっきりとした表情でシギュンらが目を向けるその先に視線を向けた。


「小屋?」


 目を向けたその先には木造の小屋があった。その造りはシギュンの家のように平屋である。


「そうさね、この小屋があたいたちの目的の場所だよ」


「けっこう大変だったんだからね、これを造るのに。帝国からも離れているし、けれども大っぴらに造るわけにもいかなかったからねぇ」


「そこは素直に感謝するさね、イオネル」


「人使い荒すぎるよ、婆さん」


 エインズが目を向ける先にある小屋。どうやらこれはイオネルが主導で造ったものらしく、シギュンもこれに関わっているようだ。


「中に入ろうか、エイちゃん」


「うん」


 シギュンが開けたドアから、イオネルに車いすを押されながらエインズは小屋の中に入った。

 小屋の中には中央に背の低いテーブルとソファ。窓の横には机と椅子があり、壁にはそれらを囲むようにして本棚が並んでいた。


 だが、


「こんなに本棚があるのに、空っぽだとなんだか寂しいね」


 エインズの言葉の通り、本棚には一つも本が立てられていなかった。


「エイちゃん、この前あたいが渡した本は持ってきているね?」


「うん、シギュン婆さんが大事に保管するように言っていた本だよね? あるよここに」


 そう言って肩掛けバッグから本を取り出すエインズ。

 シギュンは一つ咳払いをしてからエインズに語り始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] インスタのオススメ欄に出できたから読んでみたら面白かったです。 評価は5をつけときます。 ブックマークもしときます。
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