03
ソフィアの後ろをついていきながらエインズは思う。
(前は大樹から集落までの道のりに何もなかったけど、今では色んな露店や屋台が並んでいるんだな)
石畳に整備された地面に、活気のある店が並ぶ。
果物や日用品、雑貨まで。多種多様なものを取り扱っており、エインズはそのほとんどを見たことがなかった。
「……へぇ、初めて見るものばっかりだ。ソフィア、少し寄り道したいんだけど。あれなんか、どんな構造をしているのか知りたいんだ!」
「うぅ……。そんなに目を輝かせて言われても。団長とのお話が終わりましたらお供致しますから」
「まあたしかに、時間はあるし焦ることでもないか」
エインズは歩きながら、腹をさすりながら「今は朝食だな」と飲み込む。
街商を抜けると、エインズの知るところの集落の辺りまでやってくる。しかし、建物は以前のように強風が吹けば崩れてしまう建物ではなく、しっかり加工された材木による丈夫な構造であったり、石造りの建物も多く目に入った。
居住区の変わりようにエインズは忙しなくあたりを見回す。その中でもひときわ大きな建物が現れる。
白を基調とした石造りの建物は、細部にまでカーブをつけた装飾がされているなど、加工技術、建築技術の高さが窺える。
「エインズ様こちらです、どうぞ」
建物の入り口は重厚感のある大きな扉は、観音開きであり、その両脇にはソフィアと同じように白装束の上から鎧を身に纏い、帯剣をした男性が2人衛兵として立っていた。
その厳戒さに、空腹感も相まってエインズの胃はきりきりと痛む。
「ソフィア様、お早い戻りですが、そちらの方は?」
衛兵の一人がソフィアに尋ねる。
「私たち騎士団の根幹をなすお方かもしれません」
ソフィアは小さな声で、しかしはっきりと衛兵に伝える。
衛兵はソフィアの顔つきから冗談ではない空気を読み取り、静かに道を空けた。
扉がゆっくりと開き、二人は中へ入っていく。
中に入ると白装束と鎧を纏った騎士が多くおり、街の相談事を解決する受付窓口なんかも設けられていた。
大きなテーブルや椅子もあり、奥には本棚がずらりと並び数多くの書物が蔵書されていた。ここでは図書館のような役割も果たしている。騎士たちが各々に読書していたり、書物を見ながら何か書き記していたりする。
「なあ、ソフィア。僕、けっこう浮いてない?」
白を基調とした建物に、騎士の装いも白が基調となっている。そんな空間でエインズは全身が黒なのだ。
「……まあ多少は。ですが、許容範囲内かと」
ソフィアの苦しいフォローに、そんなことはないだろうと思いながらもここで何を言っても意味がないと判断しエインズは話を切り上げる。
館内を進んでいくと、すれ違う騎士たちが頭の先から足のつま先までじろりと見てくる。
(まあ、騎士でもないし、こんな服装だしな。警戒して当たり前か)
そのまま奥に進むと騎士団長と立札された部屋に辿り着く。
ソフィアが「失礼します」と言いながらドアをノックする。中から「入れ」と短い言葉が聞こえ、静かにドアを開けたソフィアの後ろで軽く会釈しながらエインズも入った。
部屋に入ると、大きな窓を背に、書類が積み上がった机に向かう筋骨隆々な男性が目に入る。
(軽く叩かれただけでも骨の一本折れそうだな)
短く整えられた髪に鋭い目つき。口元に髭を生やした男性は纏う装束の胸元を開けさせており、その合間から鍛え抜かれた立派な大胸筋が見える。
「おお、ソフィアか。どうした? いつものお前ならこの時間はまだ聖痕の前で鍛錬に勤しんでいるであろうに」
男性がソフィアとエインズを目に捉え続ける。
「……男っ気のないお前がナンパか? 男を連れ込むために鍛錬を早く切り上げるとは、お前の女性としての成長に俺は泣いて喜ぶぞ?」
目の前の男性はその姿に似合い、豪快に笑う。
「ガウス団長。セクハラで訴えましょうか?」
ソフィアは、伝達魔道具を手に「ガウスだ。今日は祝いだ! 赤飯を頼む!」と受付に連絡するガウスを冷たい目で見る。
「いやいや。俺はお前の育ての親みたいなものだぞ? もう成人して2年にもなるのに男の気配を感じたこともない。そんな喪女まっしぐらなお前を思ってだな」
「だ、だれが喪女まっしぐらですか‼」
ソフィアが顔を赤らめながら叫ぶ言葉には怒気がこもる。
「うん? 違うのか? お前の同僚の結婚や彼氏やなんやと、色恋の話題を耳にする度に悲しそうにため息をついている姿を見ているんだが、……気のせいだったか?」
「な、な、なな、ななにを」
頭から湯気が立つほど、ソフィアの顔は真っ赤に茹で上がる。
「えっ? そうなの?」
エインズが横から口はさむ。
「ち、違います‼」
口から唾が飛ぶのではないかと思うくらいにソフィアは強く否定する。
「じゃあどうした? 生き別れの弟と出会ったわけでもなかろうし、言っては何だが部外者は基本ここには立ち入れない規則だぞ?」
ガウスはソフィアから視線をずらし、エインズを見定める。
ソフィアは軽く息を吐いて落ち着きを戻す。
「確証はありませんし、私の希望的観測も多く含んでいるかもしれませんが、ガウス団長にこの方を紹介するべきだろうと判断し、ついてきて頂きました」
「……とりあえず、立っているのもなんだ、そこに座りな」
ガウスの机とソフィアとエインズが立っている場所の間には来客対応ができるよう、ソファが四角いテーブルを挟んで対になっている。
「その前に団長、まずは用意して頂きたいものがございます」
「なんだ?」
ガウスがソフィアの凛々しい佇まいを見ながら返答する。
「この方に、朝食を。そして食後にはデザートとコーヒーを頂きたく」
ソフィアはエインズに「ですよね?」と顔色を窺いながら訊く。
「コーヒーは好物だね」
「それはよかったです」
「……どういうことだ?」