×2-4
「ごめんね。変な人を連れてきてしまって」
「べつに……」
戸惑いながらも答えるエインズ。
「こんにちはエインズくん。僕はイオネルだよ、覚えてくれると嬉しいなぁ」
「は、はい」
ぎこちなく会釈をするエインズ。
仮面のせいでイオネルに対し警戒心を持っているが、それ以上のことはない。
エインズがいるベッドの傍のテーブルに、ジデンがスープを置くと「食べられますか?」と木のスプーンをエインズへ渡すが利き腕ではない左ではスープをすくう手もどこかぎこちない。
「おいしい」
「それはよかったです。このスープを作った料理人にも伝えておきますよ、エインズ君の言葉を聞いてきっと喜ぶでしょう」
時間をかけながら少しずつ口に運んでいくエインズ。
それを近くに腰かけながら見つめるジデンと、彼よりも少し離れたところから見守るイオネル。
「エインズくん、身体の調子はどうかなぁ?」
「まだいたいけど大丈夫」
「そうかい、それはよかった。まだ完治していないところ悪いんだけどねぇ、きみを連れて行きたいところがあるんだよぉ」
一口サイズに切られた野菜もエインズの小さな口では頬張るように食べるしかない。
野菜を一口で口に運んでしまったエインズは、その熱さに涙を浮かべ咀嚼しながらイオネルの言葉に耳を傾ける。
「魔女、って言ったら怖がるだろうしねぇ……。うーん、なんて伝えようか」
顔を見た直後激しくエインズから拒絶されたイオネルは、少しエインズに対して伝える言葉も遠慮しているようにみえる。
「気難しい婆さんのところ、だよ、うん」
「考えてそれですか。あんまり変わらないですよ」
考えた末の言葉だったが、イオネルのその言葉もまたエインズの警戒心を高めてしまうだろうとジデンはため息をついた。
それでも露骨に怖がる様子を見せないエインズに安堵し胸を撫でおろすジデン。腰かけている革製の椅子の背もたれにゆっくりと体重をあずけた。
時間をかけて野菜の入ったスープを食し終えたエインズを車いすに乗せて押すジデン。二人の前を先導するかたちでイオネルが歩く。
魔法士寮の外を出ると、陽はすっかり沈みまばらに星々が見える。月明りに照らされながらエインズは片目しか映らない瞳で夜空に浮かぶ星を見上げた。
ジデンが押す車いすだが、舗装されていない地面を進むとどうしても車輪がつかまってしまう。わずかな窪みでエインズの身体が左右に揺られながら進む。
辺境の村で育ったエインズは外の人の多さに驚いた。夜になっても街は賑わいをみせている。建物や家屋もシルベ村では見たこともないほどに頑丈な造りがされており、その大きさもエインズが頭を動かして見上げるほどのもの。
ポカンと口を広げて見上げるエインズの目を輝かせている表情は好奇心が高く年相応のもの。
村を襲われ彼の両親を含めた多くの村民が死んだというのにわずか数日でこれほどに精神が回復するものなのだろうか。
(イオネル様のお顔はさすがに耐えられないみたいですが)
だがエインズはイオネルが強い関心を示すほどの人物。
あの変わり者の魔術師(本人は魔術師ではないと言っているが)が田舎の村の少年一人に関心を持ったのだ。ただの少年なはずがない。
何かある、ジデンは「口が開いていますよ」とエインズの肩を優しく叩いて知らせる。
「ついた、ついた。ここだよぉ」
魔法士寮からも宮殿からも離れたところにぽつんと平屋の質素な家屋が一つ建っていた。平屋に備わる窓から部屋の光が外にこぼれている。街から離れたこんなところに本当にあの魔女が住んでいるのだろうか。
「ここに本当にあの方が住んでいらっしゃるんですか?」
「ん? そうだよ。気難しい婆さんはこだわりも強くてねぇ。うるさいのが嫌なんだってさ。そんなにうるさいのが嫌なら棺桶で寝てればいいのにねぇ」
本人が目の前にいないとはいえよくそんな口がたたけるものだとジデンが思ったその時、おもむろに平屋のドアが開いた。
「まったく……。随分な言いようだねイオネル。……って、なんだいその珍妙な仮面は?」
「これには……、触れないでくれるかい?」
平屋の中から現れたのは熟年の女性。
腰も曲がり、顔には深いしわが刻まれていた。
「それにしても歳を取っても地獄耳は健在だねぇ、シギュン」
「耳は遠くなってもお前の陰口だけはどうしてもあたいの耳には届いてしまうんだよ、まったく不便な耳さね」
鼻を鳴らす老婆——、シギュンはイオネルの軽口に自嘲めいて返した。
「……箱庭の魔女」
車いすを掴むジデンの手にわずかに力が入る。
彼女もまたイオネルと同じくガイリーン帝国の魔法士とは別領域の実力を持つ魔術師である(イオネルは自身を魔術師ではないと否定しているが)。
シギュンの魔術がどのような力なのかジデンは知らない。
しかしイオネルをはじめとした魔術師も皇帝陛下ですら魔女に対する扱いは他の者と比べ別格であることはたしか。
それだけで彼女の魔術がどれほどの価値を持っているのか知れるというものである。
「お前がここに来たということは現れたのかえ?」
「うん、まあね」
イオネルに続くようにして、ジデンは車いすを押してシギュンのもとへ寄った。
近くで見れば見る程、ジデンはシギュンの醸し出す独特な雰囲気に圧倒された。目の前の老婆はあまり筋力のないジデンでも物理的力で勝る、押せば簡単に倒せる相手に見えるが有無を言わせぬ圧力がそれをさせない。
「お初にお目にかかりますシギュン様。私は帝国魔法士のジデンと申します」
「うん。お前もイオネルの馬鹿に振り回されて、若いのに大変だねえ」
「いや、まあ、はい」
苦笑いを浮かべながら頷くジデンに笑みを漏らすシギュン。
近づきがたい存在である魔女だが、挨拶を交わしたジデンはいうほど取っつきにくさを覚えなかった。とはいえ、シギュンとの距離の取り方がいまだ分からないジデンは、彼女の言葉が冗談なのか判別できなかったためぎこちなく頷くことしかできない。
そんなジデンの様子に不満そうに地団駄を踏むイオネル。




