×2-3
「ジデンくぅん、助けてよぉ。僕じゃダメみたいなんだよぉ……」
子犬のように救いを求める上目遣いでジデンを見上げるイオネル。
休日を潰された恨みからその鼻っ柱をぶん殴りたいジデンだったが、ここで鼻をへし折ったところで何の得にもならないと理性が彼を抑制したこともあり深いため息一つで流すことにした。
「仕方がないでしょうイオネル様。あれだけのことをしたのですから。少年の立場になって考えればこの反応は不思議ではありません」
「どうしたらいいのかなぁ?」
「……はぁ。ここは私に任せてください。イオネル様は私が良いと言うまで姿を見せないでください」
「ええ? それはちょっとひどくない? ここ、僕の部屋でもあるんだけどねぇ」
そう縋るイオネルだが、ジデンは部屋から出るようあしらう。
落ち着かない様子の少年と引く気配を見せないジデンに、イオネルは諦めて肩を落としながら部屋を後にした。
「とりあえず泣きつかれるまで待つしかないでしょうね」
ジデンは身体を震わせながら泣き叫び続ける少年をしばらく静かに見守った。
陽が傾き西日が窓からわずかに差し込んでくる頃。
すっかり寝息を立てて眠る少年に目を落とし、ため息をこぼすジデン。
「耳が潰されるかと思いました……」
少年の絶叫をしばらく聞き続けたジデンは、その声量から頭痛を覚えてしまうほどだった。
目もとを赤く腫らして眠る小さな少年のどこにそんな体力があったのだろうかと不思議に思ってしまうほどに。
「スープを温めなおしてきますね?」
ジデンはそう呟いて傍に置いてあった食器を手にしたその時、スプーンと食器がぶつかり音を立ててしまった。
「うう……」
(まさか、起こしてしまいましたか……?)
これ以上の音は立てまいとジデンはその場を微動だにせず少年の動向を窺った。
「ここ……」
だが残念なことに、せっかく泣きつかれて眠りについた少年はジデンが立てた物音によって目が覚めてしまったようだ。
「……起こしてしまいましたか」
こうなってしまえばどうにでもなってしまえ。ジデンは自身の耳が潰れる覚悟で少年に声をかけることにした。
「ここは、どこ……?」
ジデンを見ても取り乱す様子を見せない少年に、とりあえず胸を撫でおろす。
「ここはガイリーン帝国の魔法士寮の一室ですよ」
「……?」
「と言っても分からないでしょう。とりあえず君のお名前を聞いてもよいですか?」
「……エインズ」
「そうですか、エインズ君ですか。良いお名前です。エインズ君、お腹は空いていませんか?」
そうジデンは意識して優しく接すると、丁度よくエインズの腹が鳴った。
エインズの鳴き声で聴力が馬鹿になってしまったジデンでも、二人きりの静かな部屋に響いたエインズの腹の虫は聞き漏らさなかった。
「スープを温めなおしてくるので、少し待っていてくださいね」
ジデンは食器を手にして、エインズがじっと顔を向けてくるなか部屋を後にしドアを閉める。
安堵のため息が漏れた。
「ジデンくん、その後はどうかなぁ?」
スープを温め直しているジデンのもとへ寄ってきたのはバツが悪そうな表情を浮かべるイオネル。
「ええ。大分と落ち着いたみたいですよ。彼はエインズ君というそうです」
泣き止んだばかりでなく自身の名前まで教えてくれるまでに落ち着きを取り戻した少年の様子を聞いたイオネルは一瞬で表情を明るくさせる。
「それじゃ、僕も会ってもいいかなぁ?」
「いや、だめでしょう。また初めからやり直しですよ」
「ええぇ……」
肩を落とすイオネルに、どうして自分の上司はこれなのかとため息をつくジデン。
エインズを帝国まで連れてくる判断を下したのはイオネルである。この先エインズの処遇についても決めるのもイオネルなのだ、二人の間に介在し続けるのは面倒なことこの上ない。
湯気が立ち始めたスープを軽く混ぜながらどうしたものかと考えるジデン。できることならこのバトンをイオネルにぶん投げて一つでもストレスの原因を減らしたい。とはいえエインズがイオネルの顔を見れば動転してしまうのも実状。
(こんな分かりやすく特徴的なスカーフェイスがエインズ君を脅かしているんですよ)
スープを混ぜながらイオネルの顔に残る頬の痕を見るジデンはそこではっと思いついた。
「そのお顔を隠せばいいのではないですか? 何かしらのお面などで」
そう思いついたジデンは我ながら悪戯めいた発想だと感じ暗い笑みが漏れそうになった。しかしイオネルにそれが感づかれてしまうと他の手段を考える必要が生まれ、面倒くさいことになると思いジデンはさも真剣な顔つきでイオネルの目を見た。
一旦自室に戻ったジデンはクローゼットを漁り、いつの祭りで買ったのかも忘れた奇妙な安っぽい仮面を一つ手に取る。
ジデンは被っていたホコリに何度か咳をしながら手で払い部屋の外に出ると、わずかに引きつった表情を浮かべるイオネルに笑顔で手渡した。
「どうぞ」
「ええぇ……。これをつけるのぉ?」
「仕方がないでしょう。その顔を隠さなければあの子がまた平静を失ってしまうでしょうし」
そう言われてしまうとどうしようもないイオネルは観念したのか仮面をつけた。
自身の視界が狭まるのと同時に、埃っぽさに喉が痒くなり咳をするイオネル。
それを見ても何も思わないジデン、むしろどこか胸がすく思いのジデンは「行きましょう」と短く言うにとどまった。
お盆にスープを載せたジデンの後ろを歩くイオネルがぶつぶつと不満を口にしているのがジデンの耳に届いているのだが、それらに一切反応しない。
石張りの床をコツコツと靴を鳴らしながら歩き、エインズのいる部屋まで戻った。
「戻りましたよ、エインズ君。スープを温めてきました」
ドアを開けスープを持ったジデンとその後ろを連れるように入ってくる奇妙な仮面をつけたイオネル。
イオネルの顔を見ただけで気が動転していたエインズだったが、顔が隠れイオネルを正しく認識できないいま、エインズが取り乱すことはなかった。




