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「どうしてこの村なのでしょうか? 導師イオネル様がわざわざ足を運ぶほどの価値がある村なのでしょうか、このシルベ村は」
イオネルの指示のもと、ジデンらはシルベ村を襲撃した。
村民の多くが死に、家屋の全てが崩壊し今彼とイオネルの目の前で赤く燃えている。
襲撃をしてみて、さらにジデンの疑問は深まった。
どうしてわざわざこんな辺鄙な村を訪れたのだろうか。
なんの脅威もなかった。
ある程度、自分らの生活を脅かすであろう魔獣からの防衛程度には武力を持っていたがそれ以上のことはない。
なにをせずとも自然の営みがごとく老いて死にゆき新しい命が芽吹いていく、ただそれだけのどこにでもある村そのもの。
導師雷帝と呼ばれりイオネルがわざわざ出向くほどのことではない。そして皇帝が口を出すことでもない。
「……種は撒いた、と思うんだけどねぇ」
そう呟いたイオネルはある一点、自身の魔法によって崩壊させて家屋の方をじっと見つめながら何かを待っていた。
ジデンとしては一刻も早く帰りたい。
こんなところで訳も分からず時間をつぶして自分の休日が過ぎ去ってしまうなどと納得もできない。
「イオネル様、そろそろ——」
帰ろう。そう続けようとしたジデンは、イオネルの手によって制された。
「……生まれた」
「えっ?」
何が? とジデンが尋ねるよりも先にイオネルが再び村の方へ歩き出す。
他の瓦礫に目もくれず、ただ真っすぐに一つの瓦礫の山へと向かっていく。
「イオネル様! そこになにがあるというのですか?」
イオネルの背中に問いかけるが返答はない。
イオネルが真っすぐ向かうその先には火がおさまり、黒く炭化した瓦礫の山がある。
「ジデンくん、水と清潔な布を持ってきてくれるかい?」
「水と布なら持っていますけど……」
瓦礫の目の前で立ち止まったイオネルは枝のような杖を向けて雷を奔らせた。
眩い光とともに瓦礫の山を吹き飛ばす。
「イオネル様? どうしたというのですか、急に魔法を放つなどと」
イオネルに追いついたジデンは、これまで見たこともなかった雷帝の嬉々とした表情にわずかに身体を強張らせた。
そしてイオネルが見下ろす先をジデンも目を向ける。
眩い雷の魔法に瞬間的に視力が潰されていたジデンだったが、ようやく普段のものに戻った。
「……少年?」
ジデンの視線の先には銀髪の少年が横になっていた。その顔は煤だらけで、右腕は燃えた瓦礫に挟まれる形で失ってしまったようだ。
左脚も膝から下が同様になく、顔の右半分も火傷がひどいようだった。
それはまさに凄惨な状態。
自分らで襲撃しておいてこんな感情を抱くのもお門違いではあるが、それでも目の前の少年の姿に何も感じないほど冷酷な人間でもない。
「ジデンくん、この子を拭いてあげて? 帝国に連れていくよ」
「えっ? 拭くのは構いませんが、連れ帰るのですか? この子を?」
イオネルは「そうだよ。だから早く」と返し、ジデンも仕方なく水で汚れを洗い落としながら清潔な布で少年の身体を拭った。
ジデンが少年の身体を拭いている間に、他の仲間らも彼らのもとに集まってくる。
皆、襲撃を終え村にあったごくわずかな金品を袋につめて駄賃としていた。
それら金品の袋と少年をジデンら数人で交代して背負って帰路についたのだった。
途中、みな疲労が限界を迎え事あるごとに挟む休憩によって行きよりもかなりペースが遅いものとなってしまっていた。
だがそれでもイオネルの機嫌はすこぶる良い。
ジデンへのつまらない冗談を一言も口にせず、鼻歌まじりにただ一人穏やかに歩いていた。
こればかりはジデンも助かった。こんな心身ともにぼろぼろの状態でイオネルからつまらない冗談を言われようものなら発狂する自信があった。
腰を下ろして休憩をしようともイオネルはにこにこと微笑みながらジデンの背中で目を瞑ったままの少年を眺めていた。
休憩後、わずかに軽くなった足取りで再び帰路についた一行は何事もなく帝国に戻ることができた。途中イオネルが機嫌を損ねることもなく、それはジデンからしてみると不気味なほどに上機嫌で軽快な足取りだった。
「う、うぅ……」
少年が目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。その天井の白さは異世界に飛ばされたのではないかと錯覚する程に、普段見慣れたオンボロな実家のそれと異なっていた。
少年が横になっているベッドはまるで空に浮かぶ雲のようにふかふかと身体全体を優しく包み込んでいた。
「やぁ、起きたかい?」
「……う、うん?」
いまだ意識がはっきりとしていない少年、少年の横で目覚めるまでずっと椅子で待機していたイオネルが声をかけた。
「……あなたは? ……っ! あ、ああ、あああ!」
徐々に思考がクリアになっていきイオネルの特徴的なスカーフェイスをはっきりと認識した直後、少年の脳裏にシルベ村での凄惨な出来事が映像として押し寄せてきた。
両親の死。友人の死。死にゆく村人。自身の頭上に崩れ落ちてくる瓦礫。燃えた瓦礫に四肢を潰され、右目を襲った激痛。
それらは幼い少年を絶望に叩き落すには十分に足りえた。崩れ落ちてくる瓦礫の下でまじまじとイオネルの魔法を見つめていた少年であっても、惨状を生み出した張本人が目の前にいればそんな焦がれた思いも恐怖にかき消される。
「うあああぁああぁあああ! ああああぁああ!」
少年は絶望と恐怖、その根源であるイオネルが自分のすぐ横にいるという状況に血の気が一気に引き布団を覆い被って身を隠した。
「ちょ、ちょっとぉ。もう僕は君になにもしないよぉ? だからほら、顔を出しておくれよぉ」
そうイオネルが少年の被る布団を優しく叩くが、少年はさらなる拒絶反応を示し大きく跳ね上がる。
絶えず続く少年の慟哭。
「ええ? この柔らかいベッドだって僕が手配してあげたんだよぉ? あ、ほら! ここに温かいスープを持ってきたんだよ、一緒に食べないかい?」
少年の慟哭が響く部屋でイオネルは一人少年の気を引こうとあの手この手で声をかけるが、それらは少年の号泣にかき消されイオネルは思わず降参といった様子だった。
「どうされたんですか、イオネル様!? ……ああ、そういうことですか」
勢いよく開けられたドアから姿を見せたのはジデン。
廊下を歩いていたところ、イオネルと少年がいる部屋から絶叫にも似た泣き声が聞こえてきたため慌てて駆け付けたのだった。