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 燃える廃材を眺めるイオネルの横に並び、同様にその炎に橙に照らされるジデン。

 ジデンがこうしてサンティア王国内の辺鄙な村、シルベ村までわざわざやってきたのは横に並ぶイオネルが理由だ。


 今朝のことだ。

 ジデンとしてはガイリーン帝国内で穏やかな休日を過ごそうとしていたのだが。


「ジデンくーん、ハイキングに行こうか」


 などと間の抜けたような声でドアを叩かれたら、どれだけ居留守を決め込もうとしたとしてもどうしても舌打ちが漏れてしまう。

 そんな舌打ちを、魔法魔術に長けたイオネルが聞き漏らすことはあり得ない。


「あっ、ジデンくん今舌打ちしたでしょ。いけないんだよぉ、僕いちおう君の上司なんだからね?」


 なおもイオネルがドアを叩く手を止めない。

 仕方なく、覚悟を決めたジデンはドアまで重たい足を動かし、最後の抵抗をみせる自身の右手を左手で叩きドアを開錠した。


「おはようございます、イオネル様。ハイキングとはこれまた、嬉しいお誘いのところ申し訳ないのですが、生憎と本日は身体の調子が悪いようでイオネル様にご不快を与えかねません。本日は自室にて療養に勤しみますので……」


 ジデンはイオネルに口を挟める隙をみせず一方的に捲し立てた後、「やあ、おはよう」といった感じで手を広げながら固まるイオネルの目を一度も見ることなくドアを閉めた。


(イオネル様には申し訳ないですが、休日まで上司の顔を見たくはありません。ましてハイキングなどと)


 激務に追われ疲れが蓄積されたこの身体をどうして休日にまでも痛めつけなければならないのか。

 死んでも嫌だ。


 それが皇帝の勅命であっても今の自分ならば目の前で破り捨てて「誰がやるか、バーカ」と使者を追い返すことだってできるかもしれない。


「……あ、これ皇帝坊ちゃんの命令だったんだけど、どうしよう……」


「さあイオネル様、どちらへ向かわれるのですか? サンドイッチと熱々のコーヒーでも持って楽しい楽しいピクニックといたしましょうか」


 にこにこと満面の笑みを浮かべながら再びドアを開けたジデンの服装はすでに外行のものに着替えられていた。


「お着替え早いねぇ、ジデンくん。そんなに喜んでくれるなら坊ちゃんに話をつけた甲斐があったよ。それにしてもジデンくん、身体の調子良くなかったんじゃないの?」


「ええ。私くらいになりますと集中して療養に勤しめば短時間で治りますので。今では元気が有り余るくらいですので」


「やっぱりジデンくんはすごいねぇ!」


「ははは……」


 ジデンの瞳は死んでいた。




 せっかくの休日が潰された楽しくもないイオネルとのハイキングは、激務で疲れが蓄積されたジデンの身体にはかなり堪えた。


 ガイリーン帝国とサンティア王国との関係は良好とは言えない。もちろんそれでも隣接している国家でもあるため四角四面な外交ぐらいは細々と続いていた。サンティア王国の首都とガイリーン帝国の首都間の道は両国の関係性を表しているかのように適当な具合で整備はされていた。


 両首都間でこれなのだ。辺鄙な村へ赴くとなるとその道のりは困難なのは当然である。

 道なんか整備されておらず、道とは呼べない獣道を進むしかない。


 足場の悪い山を登り、鬱蒼とした森を抜け、服の内側は汗で気持ち悪い滝が流れ、服は汚れて枝に引っ掻けたのか破れた箇所まである始末。


 満身創痍であろうが、こんなところを抜けようとする者が列を成してそれなりの所帯で動くのだ。

 当然魔獣が襲ってこないわけがない。


 ジデンや他の付いてきた者たちも魔法の心得や剣にはそれなりの腕もある。足場が悪く、木の陰を利用するなど立地を利用した襲撃をしてくる魔獣はそんな満身創痍なジデンの精神力をゴリゴリと削っていった。


 ジデンがちらりと横目でイオネルを見てみると、彼は楽しそうに雷を奔らせ魔獣を次々と落としていく。


 立地や魔獣の不規則な動きなど意に介さないように、雷は森の中を自由自在に奔り強靭な肉体を容易く貫く。


(これが導師雷帝イオネル様ですか……)


 楽しそうなイオネルを見れば見るほど体裁を保てるほどの精神力もないジデンは苛立ちが増していった。

 どうして自分がこんな苦しみを受けなければならないのか、誰のせいなのか。


「魔獣と誤って魔法をぶつけてみましょうか……」


 悪魔の囁きにジデンの杖の先がイオネルに向く。


「もうすぐで森を抜けそうだねぇ。……おっと、ジデンくん危ないよそれ! 杖が僕の方に向いちゃってるよ、あぶないあぶない」


「あっ、これは……。失礼しました、イオネル様」


「もうジデンくんったら、魔獣の影と僕を間違えるなんて、そんな初歩的なミスをしちゃってさぁ。ほんとうに怖いねぇ」


 杖に気づいたイオネルが笑みを浮かべながらジデンを指摘する。

 はっとして杖を下ろしたジデンの心には、疲弊してしまっているとはいえイオネルに杖を向けてしまった罪悪感が残る。


「……チッ」


「おっとジデンくん? いま、舌打ちしなかったぁ?」


「いえ、していません。少し自身の練度の低さを悔やんでいましたが、もしかして漏れてしまっていましたか?」


「ジデンくんは真面目だねぇ」


「いえいえ。ははは……」


 ジデンの心に罪悪感が残っているにしろ、その大半はイオネルへの憎しみで埋め尽くされている。

 当然、先の舌打ちもイオネルに向けたものである。


(はぁ……。これは次回の同期集結愚痴漏らし大会のネタになりますね。優勝間違いなしでしょう)


 途中、川で汗を流したり汚れや魔獣の返り血を浴びた服を洗い落としながら休憩を取ったジデンたちは、もうひと踏ん張りと重い腰を上げて歩き続け夜までにシルベ村へと到着することができた。


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