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その男の頬には痕があった。
「これはねぇ、雷の攻撃魔法だよ。何も成そうとしなかった自分を悔やみながら時間をかけてくたばるといいよぉ。村の仲間全員に懺悔する時間は裕にあるとおもうからぁ」
男はしばらく燃え落ちた瓦礫の山を眺めてから、ため息を一つして歩き始める。
ここには死の臭いが充満している。
家屋の全てが崩れ去り、あちらこちらで火が上がっている。
血の臭いと脂が燃える臭い。人肉が燃える臭いに男は堪らず顔をしかめる。
「けっこう我慢をしていたんだけどねぇ、やっぱりダメなものはダメだねぇ」
木の枝を片手に持った男は、風下から避けるようにして、移動する。
「ああ! こちらにいらしたのですか!」
風上まで移動した男は、ようやく不快な臭いから解放され綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「いやぁ、あの臭いがどうしてもダメでねぇ。風下は地獄だよ?」
男ほどではないが、それなりの服を身に纏った青年が一人走り寄る。
「導師雷帝、イオネル様。全て終わりました」
「そうかい、報告ありがとう。この後に確認のために見て回るのなんて僕にはできないから助かるよ、ジデンくん」
スカーフェイスの男——イオネルは青年ジデンににこやかに頷いて感謝を伝えた。
二人は燃え広がる村の様子を眺めながら、揺らめく炎に目を奪われる。
「イオネル様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ジデンは顔を赤く照らされるイオネルの横顔を見ながら尋ねた。
「うん? なんだい?」
「どうしてこの村なのでしょうか? 導師イオネル様がわざわざ足を運ぶほどの価値がある村なのでしょうか、このシルベ村は」
問われたイオネルは「うーん……」とわずかに悩んだ後に答えた。
「天啓、なのかなぁ。この村そのものになにも価値はないよ。だけどね、これは君には分からないかもしれないけれど、これが魔術と魔法、この二つを大きく変化させるものだと僕は信じているよ」
答えを聞いたジデンだがまったく理解ができなかったようで「はあ……」と間の抜けた相槌しか打つことができなかった。
「こんな魔法も魔術も理解できていない猿に、それだけの力があるようには思えないのですが」
「ジデンくん、君だって魔術を完全に理解できているわけでもないだろう?」
「それは! イオネル様に比べれば確かにそうですが……、私は魔術師ではありませんので」
ジデンは一介の魔法士に過ぎない。
魔法士と魔術師では知識や力、そこに大きな差があることをジデンは理解している。それを不意に指摘され、声を荒げてしまった。
「申し訳ありませんイオネル様」
「いいや、気にしていないよ。それにねジデンくん、そこで燃える骸の多くはこのままただ死んでいくだろうどね、もし仮にこの中から一人でも生まれたら大きく変わるんだよ」
「生まれる?」
「魔術師が、だよ。魔術師一人の存在で世界は大きく変わる。俗世のことにあまり興味はないんだけどねぇ、ガイリーン帝国優勢の情勢もひっくり返る可能性だってあるんだよ」
燃える村をじっと見つめるイオネル。
それはまるで何かを待っているような、そんな待望の眼差し。
「イオネル様のような魔術師であればそれはそうでしょうが……。まさかイオネル様はこの村から魔術師が生まれてくるとお思いで?」
ジデンも照らされるイオネルの横顔から目を外し、炎揺らめく村へと向けた。
「……種は撒いた、と思うんだけどねぇ。今回もハズレだったかなぁ」
待てども一向に動きがない村の姿にイオネルはため息を一つ吐いてがっくりと肩を落とす。
「あとジデンくん、僕は魔術師ではないよ?」
「えっ? ですが『箱庭の魔女』様とあれだけ親しげに話されるなんて、あのお方がお話しなされる相手は優れた魔術師だけだと聞き及んでいるのですが」
「彼女とは、長い付き合いでねぇ。でも僕はもう魔術師ではないんだよね。やるべきことは全てやりきった。だから僕は理としてこの世界を見守る。僕のように足掻いてくれる存在が現れるのを」
「は、はあ……」
徐々に炎が弱まっていく。
燃えた瓦礫が炭化し火が消えていく。
残るのは完全に燃やし尽くし炭化した黒い骸。
「帰ろうかジデンくん。今回はハズレだったみたいだ。別のところに行こうか」
「えっ? 他も行くんですか?」
「そうだよぉ。皇帝の坊ちゃんには許可は貰っているからねぇ、こんな自由をもらえている間に働いておかないと。ジデンくん、働かざるべき者食うべからずだよぉ?」
「皇帝から許可を!? 私が言うのもあれですが、こんなことを続けているとサンティア王国との間で大きな争いが生まれますよ?」
どうしてそんなことを皇帝が承諾するのか、ジデンはイオネルに許可を出したその真意が分からなかった。
それとも、イオネルは皇帝を動かすほどの力を持った存在なのか。
「そういうのを僕に言わないでよぉ、僕に分かるわけないじゃないか。僕は承諾してもらえたから動けているだけで、そのあとのことなんて知らないよ。ダメだよぉ、ジデンくん。先のことを考えすぎるがばかり行動できないなんて、まるで仕事が出来ない盆暗みたいだよぉ」
イオネルはジデンに他の兵士を集めてくるように指示を出した。
ジデンが村の方へと駆けていく中、イオネルは一人先に村を後にする。彼らは遅れて合流してくるだろう。
「帝国がどうなろうと王国がどうなろうと関係ないんだよねぇ。ジデンくん、魔術師が願う安寧は国が求めるそれとはまるでスケールが違うんだよ」




