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ご無沙汰しております すずすけ でございます。
ここまで長らくお付き合いくださりましてありがとうございました。
おそらく次話あたりで『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師』第四部も完結すると思います。
また、第四部完結後少しの期間、例のごとく休憩期間をいただきたくございます。
勝手ではございますが、お待ちいただけると幸いにございます。
それでは本編をどうぞ。 すずすけ
「それはなぜだ?」
「君が言ったじゃないか、相手は『次代の明星』だと」
「だからなんだ?」
「『次代の明星』がエリアスを標的にしたのはなぜだい? それはもちろんこの都市の価値だ。貿易によって王国と他国の友好を築くエリアスは、単純な貿易収支以上の価値を持つ。そこを彼らが襲ったんだ」
港湾都市の停滞は他国とのつながりを脆弱にさせてしまう。王国は孤立してしまうことになる。
北はもちろんガイリーン帝国と接しているが、二国間の関係も表面上は良いとされているが内情はその逆。なにせ昔は争っていた国どうしなのだ。
アラベッタもそこまでのことは当然理解している。だからこそ、自責の念に苛まれ心が折れてしまったのだ。
「王国を孤立させて、彼らの目的はなんだと思う?」
孤立してしまった王国では混乱も争いの火種も、簡単には沈静化できない。
「近いうちにキルク、いや王国全土が戦場になるはずだ……」
カンザスが背もたれに深く寄りかかりながら呟いた。
「そんな、まさか……」
「王国にはもう、平和を支え続けるだけの絶対的な力はない。『次代の明星』の台頭が良い証拠だ」
だとすれば一番に被害を受ける者は誰か。力を持たない大多数の庶民である。
「私はね、アラベッタ。ブランディの領民だけではない、サンティア王国全ての善良なる国民の命を護りたいんだ」
「……」
「これまでのように王家に全て任せてしまっていては、今度は手遅れになってしまうだろう。私はそうなる前に動くつもりだ。いや、実際すでに動き始めている」
いつの間にか渇いてしまっていた喉をアラベッタは水で潤す。
「たしかに、古参貴族のブランディと王家が手を取り合えば安心だな」
王家、ブランディ家、ソビ家の三つ巴のうち二つが手を取り合うだけで王国の平和は保たれるだろう。
しかしカンザスは首を横に振った。
「そんなものはその場しのぎでしかない。問題なのは、今の王家では国がこういった火種の絶えないような状況にあることなのだ。一時を凌ごうとも次の火種が生まれるだろう」
「……カンザス、何が言いたい? 私とお前の二人とはいえ、言葉はしっかりと選んだ方がいいぞ?」
「今の王家ではもうだめだ。王国を治めることはできない」
「カンザス」
「私ではない、国民ではない、時代がそれを望んでいる。新たな型の統治を。私はそれを」
「カンザス! 旧友とはいえ、お前の発言は流石に見過ごせんぞ! その先を言えば私とて、お前を斬らねばならん」
そう言うものの、アラベッタの手の届く範囲には剣はない。
アラベッタはソファから少し離れた位置にある剣に視線を向け、カンザスにもそれを理解させた。
「アラベッタ、私はすでに覚悟を決めているんだ。魔神の劇物に手を出している」
「……おい、カンザス。お前、体調が悪いんじゃないのか? しばらく見なかったうちに精神がおかしくなったようにみえる」
魔神。この状況において、それはアラベッタにとって突拍子もない言葉。
旧友が急に、古の伝承と言っていい存在を口にしているのだ。その精神状態を疑うのも仕方がない。
「おかしくなどなっていないさ、アラベッタ」
「馬鹿なことを抜かすなカンザス。お前の言うそれは二千年も前の存在だぞ。その存在すら今では怪しいと思われるほどに謎が多すぎる。伝記ではない、伝承の域を越えない話だ」
だが、アラベッタの目の前にするカンザスは真剣な表情を一切崩さない。
「私は実際に魔神に会っているんだよ、アラベッタ」
「笑えない冗談だぞカンザス。聞く者によっては憤慨する戯言だ」
それほどに魔神を信奉する者は大勢存在する。その主なところがアインズ領である。
「何を言っている、君もすでに魔神に会っているじゃないか」
「なにを言っている」
「さっきも楽しく夕食を共にしていただろう? 魔神とそれだけの仲を築いておきながらその物言いは失礼じゃないか、アラベッタ」
「お前……、なにを……」
「魔神、銀雪の魔術師アインズ=シルバータ」
「まさか……! いや、そんなはずはない! 彼は達観したところはあれども人間だった。人間に二千年という時間は」
「エインズ殿は」
「っ!」
カンザスが言わんとしている人物はアラベッタの頭にも浮かび上がっていた。しかし、それを口に出しはしなかっただが、カンザスはそれでも口にした。
「エインズ殿はね、魔術師として自身を名乗るとき、エインズ=シルベタスと名乗るんだよ」
カンザスは続ける。
「これは偶然か? 彼の従者ソフィアはアインズ領の銀雪騎士団の騎士だそうだ。銀雪騎士団の騎士がエインズ殿を主と呼んでいる。そして、魔導書『原典』を平然と開き追記したという」
「そんなもの、お前の……!」
「悠久の魔女リーザロッテが彼の存在を認めたのだ、魔神だと」
「……ばか、な」
このカンザスの発言は決定的なものとなった。
アラベッタの手に汗が滲む。認めてしまえばすんなりと受け入れられる、その達観とした性格も魔術の腕も。
「銀雪騎士団のガウス団長も認めたさ。まあ、彼の場合は根拠があってというよりは本能的、希望的なところが大きいだろうけど。エインズ殿を架け橋として、アインズ領とブランディ領は協力関係にある」
「あの鎖国的なアインズ領が……」
アラベッタは徐々に身体が震えてきた。今彼女は、目の前の男からひどく恐ろしいことを言われているような錯覚に陥っている。呪いをかけられているような、そんな恐ろしさ。
「相手は『次代の明星』やサンティア朝なんて安い敵ではないんだよ、アラベッタ。魔神が現世に降り立ったことによって表面化した時代の歪み、それこそが私の対峙すべき強敵なんだよ」
「……カンザスお前、何になるつもりだ」
「魔神という劇物を投与するんだ、私自身分かるわけがない。ただ、アラベッタが私に必要なのには変わりはない。賽が投げられるその時、君の協力が必要だ」
アラベッタはカンザスの言葉を十全に理解したわけではない。
「そのためのエリアスへの支援、なのか」
「……そうだ。エリアスの領民の早い安寧と、国民の安寧のため、私はカンザス=ブランディではなくカンザスとして、君と交渉している」
個人的な気持ちだけでは到底決断できない内容である。なにせこれは謀反もいいところだ。普通ならばこれを口にした者を即座に斬り落としていただろう。
だが相手がカンザスだ。古くからの付き合いで、その腹黒さも知っているアラベッタだが、これまで彼の言葉や推測が間違ったことはなかった。伏魔殿を生きながらえているのが良い証拠。
そんな彼の言葉を信じるならば、話はエリアスの領民だけのことではなくなる。サンティア王国に住まう国民全ての命が争いに巻き込まれるのだ。他国と断絶され、救助がこない地獄の戦火の中に。
「私は……」
魔神エインズ=シルベタスをただの人間であるカンザスが制御できるものなのだろうか。
アラベッタの脳裏には短い期間だったが、共に言葉を交わし食事をし、エリアスのために奮闘したエインズの姿が明確に映っていた。
ハイファンタジー作品を投稿いたしました。
少年の成長物でございます。
タイトル
『竜騎士 キール=リウヴェール』
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ぜひ気分転換がてらにお読みいただけたらと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。