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「おい、ルベルメル。どうしてこんなところに……って、風呂に入っていたのか」
「そうです、そしたらリディア様が急に来られまして。私、びっくりしてしまいました」
「それは悪かったな。……つーか、やけに狭い浴槽だな。こんな洗濯槽みたいな狭さ、落ち着くに落ち着けないだろ」
「それは三人も入っていたらそうでしょう」
ルベルメルの言葉に「ん?」とリディアは首を傾げた。
「三人?」
ルベルメルが向ける視線の先、リディアは背後を振り返る。
そこには突然現れたリディアによって浴槽の隅に追いやられて窮屈そうに顔をしかめるダリアスがいた。
「うおっ! 誰だお前!」
「お前こそ誰だ。急にどこからやってきたんだ? 躾もされていない庶民は好き勝手に着衣姿で他人の風呂に入る習慣でもあるのか?」
鼻を鳴らしながらリディアを白い目で見るダリアス。
裸のダリアスとびしょ濡れの服が纏わりついているリディア。二人がにらみ合う。
「なあ、ルベルメル。誰だこの失礼なガキは。お前のペットか?」
「違いますよリディア様。この方がダリアス様でございます。今は私と行動を共にしています」
「……ダリアス? お前がダリアスか!」
リディアはダリアスの前髪をかき上げて、その双眸を確認する。
「へぇ……。たしかに似ているな。いやー、大きくなったもんだなダリアス」
「触るな、不愉快だ。適当なことを言うな、僕は貴様のことなんか知らん」
髪を触るリディアの手を強く払いのけるダリアス。
「ダリアス様、こちらはリディア様でございます」
「リディア? お前たちの仲間か?」
ダリアスが目でリディアに「浴槽から出ろ」と訴えかける。
「もちろん仲間、でございますが正確には『次代の明星』を率いられているお方でございます。私たちの上司、でございますよ」
ダリアスに押され、仕方なく浴槽から上がったリディアは、肌にぴったりと吸い付いた服を絞りながらダリアスに目を向ける。
「そうだ、あたしを敬えよダリアス?」
「……ちっ」
リディアから顔を背けながらダリアスが舌打ちをした。
湯けむりが立つ中、ダリアスとリディアが閉口する。
湯が浴槽に注がれる音だけが響く浴室で、ルベルメルが口を開いた。
「それでリディア様、どうしてこちらに? 魔女のところへ挨拶に行っていたのではないのですか?」
ルベルメルが浴槽の縁に座って髪を括りなおす。
「ああ、それは済んださ。魔女の魔術もこの目で見てきた」
「それで、魔女はどうでしたか?」
肌にまとわりつく服に気持ち悪さを覚えながら、リディアが肩をすくめて続ける。
「魔女の魔術に対して、あたしの魔術は相性が悪すぎた。ちょっかいをかけてみたつもりだったがまったく太刀打ちできなかったさ。やっぱり駄目だな、経験値が違った」
「……なるほど」
『次代の明星』において正式な意味で魔術師たりえているのはリディアと、縁に座るルベルメルの裸を見ても何も思わぬ不遜な態度を崩さないダリアスのみ。
そのリディアが魔女と直接衝突して、当の本人が太刀打ちできないと言ったのだ。今後、魔女及び王国に対する攻め方を考えなければならない。
「そのあとにエリアスに跳んだ。報告を受けていたエインズに会いに」
「っ!?」
「エインズ様に、ですか」
エインズの名前にわずかにダリアスが反応した。
「エインズの動き方を聞くに、完全に王国側にいるわけではなさそうだったからな。なら、あたしたちの仲間になってくれた方がありがたい。勧誘もかねて、その為人を確認しようと、ね。もしあたしたちと相容れないのならそのまま始末してやろうとも考えたんだけどな——」
リディアは続ける。
「結果がこれだ。まさに敗走だったよ。今こうして服の水気を絞っていられるのも間一髪で逃げおおせたからさ。僅かでも遅かったら、あたしの血をいっぱいに沁み込ませた衣服と骸だけがこの浴槽に放り捨てられていただろうさ」
「それほど、だったのですか?」
「いやそれ以上、だろうなおそらく。あたしもあいつの手の内を完全に見たわけじゃない。それでもその一端に触れて感じた。あれは化け物さ。魔女の存在すらかき消す程の存在感だ……」
エインズとの対峙を思い出して手が震えるリディアが続ける。
「あれはあたし一人でどうこうできる相手じゃない。ルベルメル、エインズは一体何者だ? あたしよりも長く接し、言葉も交わしたお前だ。なにか知らないか?」
真剣な表情をしたリディアに尋ねられたルベルメルは首を横に振った。
「……。いいえ、リディア様に報告した以上のことは私も知りません」
「……」
リディアはダリアスにも目を向けるが、彼は彼で知らぬ存ぜぬ目を閉じて湯に浸かっていた。
「なるほど……。だが、あいつの一端は知れた。もちろん、だからといってあたしたちだけでエインズを何とかできるかと言われれば難しいが、現状のパワーバランスを利用すれば魔女とエインズをぶつけられるかもしれない。なにせブランディがなにやら動き出しているようだしな」
「魔女のいる王国、最古参貴族二大巨頭のブランディ家とソビ家の動向。潰し合わせるというのも悪くないかもしれませんね」
ルベルメルは顎に手をやって、考えを口に出す。
「まあなんにせよ、ルベルメルがあたしの言いつけを守ってくれたおかげで今回は助かった。心から礼を言うよ、ありがとな」
「いえいえ、私はただ普段通りにしていただけでしたので」
「礼は素直に受け取っておくもんだぜ? ルベルメル、どんな状況においても普段通りに行動できるってのは誇っていいことだ。……それじゃ、あたしはもう行くわ。ルベルメルとダリアスはゆっくりしていくがいい。お前たちのエリアスでの働きは十分だ」
「ありがとうございます」
「……」
いまだ濡れたままの服をそのままにリディアは浴室のドアに手をかける。
「今度は酒を交わそうぜ、ダリアス。お前の口に合う酒を持ってきてやる」
「ふんっ、発酵と腐敗の違いも判らんような低俗な女が持ってくる酒など信用ならんな」
「このガキ……」
リディアはダリアスに抱いた怒りを逃がすように大きく息を吐いてルベルメルに手を振った。
「また指示を出す」
「かしこまりました、リディア様」
ルベルメルがお辞儀をして、浴室のドアが閉められた。
再びルベルメルと二人きりになったダリアス。
「なぜあいつに言わなかったんだ、ルベルメル?」
「なんのことでしょうか?」
ハイファンタジー作品を投稿いたしました。
少年の成長物でございます。
タイトル
『竜騎士 キール=リウヴェール』
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ぜひ気分転換がてらにお読みいただけたらと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。




