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15

 先の傷と同じく赤い線が、その色白の肌に引かれる。

 血が一滴垂れてくるがそれをエインズは一切気にせずただ紡ぐだけ。


「疑似解除『強奪による慈愛』」


 再度エインズによる魔術の発現。

 再びリディアは僅かな脱力感を覚える。


 目の前のエインズの傷に注目しつづけるリディア。

 当然のように先ほど同様、傷は消え去っていった。


(聞いていた話と違う。奪う魔術じゃなかったのか?)


 エインズは本当に楽しそうに笑みを浮かべ続けている。


「久しく魔術師を相手に決闘をしてこなかったから、感覚が鈍ってしまっているね。僕自身、右腕の不完全解除は久しぶりだよ」


 白手袋に隠された右手は、外から見ればただただ普通の右腕として見える。ただ、その中身は不可思議で奇妙そのもの。


「こりゃ、魔女が執着するのもわかる……」


「そういえば君、魔女と呼ばれているリーザロッテさんに会ったんだってね。君は彼女から見せてもらえなかったみたいだね」


「なにを?」


「彼女も魔術の不完全解除が使えるよ? 僕も実際彼女の不完全解除された魔術を受けたけど、あれはすごいね。まだ完全に視れていないから看破できていないんだけどね。うん、あれはすごい!」


「魔女も……」


 リディアは震えた。

 相対して手も足も出なかった相手がまさか手加減していたとは思いもよらなかった。リーザロッテもまたエインズと同じステージに立っていながら、リディアとの対峙の場ではリディアのステージに合わせて魔術を使っていたのだ。


 敵わない。

 リディアはまさに自分が井の中の蛙であったことを痛感した。今のままではまったく二人に太刀打ちできない、と。


 となればリディアの次に取るべき行動が自ずと決まる。


(この場からなんとしても逃げなければ)


 リディアはまったく思ってもいないことなのだが、対するエインズはこのリディアとの対峙を決闘と認識している。


 手合わせではなく決闘としているのであれば、その終着点は明快だ。なにせ、なんの条件も設定されていない単純な決闘なのだ。


「こないのかい? 僕としてはまだまだ君に勉強させてあげてもいいんだよ? 僕はいま、とても気分がいい」


「おいおい、無粋もいいところだぜ? そんな挑発しないでくれよ。後の先を取るって戦法なんだからさ」


 肩をすくめるしぐさを見せるが、どのようにこの場を凌ごうかと考えていただけのリディア。

 リディアはとりあえず焦りを見せないように見繕ってみたけれども、エインズの魔眼を前にそんな演技は意味がないのだろうと、言った後になって自嘲する。


「それじゃあ、僕のほうからいくよ。疑似解除『強奪による慈愛』」


 エインズは魔力の拠り所をリディアに設定する。

 生命あるもの、全て魔力を有する。そして『強奪による慈愛』は他者の許可なしに魔力を奪うことを肯定するのだ。


 リディアを襲う脱力感は先ほどに二度にわたる魔術発現の時よりも強かった。

 一瞬目の前はブラックアウトしてしまうほどの急激な脱力感。


(こんな滅茶苦茶な魔術を使うやつがこの世にいるのかよ……。どんな残酷な願望を抱けばこの魔術に目覚めるっていうんだ!)


 酒を呷った次の日の二日酔いに似た脱力感に襲われながら、それでもエインズを目の前にリディアは倒れることをしない。


「他人の魔力を使うほど楽なことってないね。加えて、この魔術の制約と魔術効果。その先が楽しみでならない。——オーバーヒート」


 エインズの全身から魔力が噴き出る。

 魔力消費の燃費を度外視して身体全体を魔力で満たすオーバーヒートは、身体強化はもちろん魔法の発現すらもその速度と威力を爆発的に増大させる。


 まるで瞬間移動のように、『鏡通り』に似た一瞬でリディアの懐まで飛び込んだエインズの動きにリディアは脂汗がにじむ。


「この状態で魔法を使ってもいいんだけどそれだと君も面白くないでしょ?」


「なにをっ」


 手の届く位置まで詰め寄ったエインズはリディアの腹部に右手を添える。

 常にエインズの全身から溢れ出ている魔力の放出先を右手の平に集約する。


「っ!!」


 靄のようにエインズが纏っていた魔力が消え去ると同時、リディアは死を感じた。

 放出され続ける膨大な魔力を手の平の一点から放出すればどうなるか。そしてその手の平に触れられているリディアはどうなるか。


 考えるよりも先にリディアは魔術を発現させる。


(どこでもいい! とりあえずパスに入らなければ)


 エインズの掌底は瞬間的速さを有していた。剣士や魔法士、そしてそれは特定の権能を持たない魔術師であれば受けること必至の一打。


 だが幸いにもリディアの魔術はエインズの瞬間的速さを有した一打を上回る。

 ほぼ同時か、わずかにリディアが魔術のパスに入るのが早かった。


 右手が添えられていたリディアの身体は音もなく消え去った。

 空に放たれたエインズの掌底は魔力の小爆発を起こし、右手から距離の離れた書斎の窓を叩き割った。

 窓枠やガラスは木っ端微塵に暗闇の外に吹き飛び、夜風が吹き込む。


「ほら頑張って動き続けないと今日君が食べたものを全て吐き出すことになってしまうよ?」


 満面の笑みで移動したリディアに振り向くエインズに、リディアは苦虫を噛み潰す。


「吐き出すだけで済むんなら今すぐにでも喉に指を突っ込んで吐き出してやろうか」


 皮肉を言うしかないリディア。


「あはは」


(なに無邪気に笑ってんだこの野郎!)


 焼石に水にしかならないと分かっていながらも、リディアは銀針を数本取り出す。

 エインズは再びリディアに身体を向けて追撃を狙う。


「それはもう見たよ。でも、傷を作るのも嫌だね。これ以上君から魔力を奪っちゃったら、決着の前に干からびちゃうし」


 エインズは右手の感覚を確かめながら、ふと思い出したように呟いた。


「……そうか、これはまだ初めてだったのか」


「?」


 眉をひそめるリディアに、エインズは声のトーンを落とす。その目は一瞬、悲しみの色を見せていた。


「……誓約。世の理に迎合されしかの魔術師に代わり、エインズ=シルベタスが魔術の使用時において英霊の制約を継承する。かの魔術が□□に至らんことを。——疑似解除『黒炎(ボリション)』」


 エインズの胸元に黒い炎が灯る。

 どこまでも黒く、何色も飲み込んでしまう程の黒。


 それはエインズの胸元から右腕に伸び、白手袋を嵌めた右手に纏う。

 この世界において、エインズのみが覚えている黒炎の魔術師が扱った魔術。


 制約に触れ、世の理に迎合されたその死を他者は偲ぶことも許されない。ソフィアも目にしたはずのその黒炎は、彼女の中に何一つとして残っていない。


 道半ばで途絶えた魔術師の願望。理に干渉する術。

 その歪みの全てを、エインズはかの魔術師を偲びながら継承する。


皆様、ご無沙汰しております すずすけ でございます。


ハイファンタジーの新作を投稿いたしました。

少年の成長物でございます。


タイトル

『竜騎士 キール=リウヴェール』

https://ncode.syosetu.com/n6657ia/


ぜひ気分転換がてらにお読みいただけたらと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 他人の魔術を使う条件が、他人の「誓約」を「継承」する事だとすると、その相手が死亡、もしくは魔術を失ってないと無理なのでは? つまり魔術を強奪したか、死んだか…どっちにしろリード少年は碌な事に…
[良い点] 愛しさと切なさと心強さとそれを全部塗り潰す怖さを感じる
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