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「おやおや、独占欲かい? 案外重たい男なんだね、お前。そんなんじゃ婦女子から嫌われるぜ?」
リディアの対象がエインズのみとなる。
エインズとリディアは向かい合って互いの動きを観察する。
二人は直感で理解しているのだ。ここからの戦闘、間違いなく魔術を主軸においたものになると。
「それじゃ、あたしから行かせてもらうぜ? ——限定解除『鏡通り』」
「それが君の魔術」
再びリディアの姿が消える。
そして次の瞬間には、エインズの背後から彼の脇腹目掛けて蹴りが入れられた。
「くっ」
横に飛ばされたエインズだったが、さすがに体勢までは崩さない。
「まだまだいくぜ」
エインズが声のした場所に目を向けたがすでにそこにリディアはいない。
そしてまた背後からの蹴り。
飛ばされたエインズが本棚に衝突する。棚に立てられた本が崩れ、床に散らばってしまった。
「エインズ様……」
今まで見たこともないエインズの姿にソフィアの瞳が激しく揺れる。
「なんだ、こんなものか? やっぱりあたしの魔術と魔女の魔術の相性が悪いだけだったか」
本棚に手をかけながらゆっくりと立ち上がるエインズにリディアが呆れた声をこぼした。
こんなものか、と。コルベッリを倒し、ルベルメルを下した魔術師。あの悠久の魔女があれだけ執着する魔術師が、この程度かと。
であるならパワーバランスは三つ巴ではない。リディアとリーザロッテ、二人の対立。
(ブランディがババを引いたか。だったら後は王家とあたしら……)
あれだけ息巻いた発言をしていたエインズがこの程度だったとは、まるで肩透かしを受けたようだ。
「いてて……。かなり面白い魔術を使うみたいだね、うんうん。久しく魔術師と手合わせをしていなかったから、今とっても楽しいよ!」
「そんなことを言っていられる余裕あるのかねー? まるで対応できてないみたいだぜ、期待の魔術師さんよ」
リディアは首を鳴らしながら再び戦闘態勢に入った。
掃除が行き届いていたアラベッタの書斎だが、その空気はいま本が散らばる古紙の匂いが漂う空間に変わっていた。
エインズは本を踏みつけないように避けながら移動する。
「期待? 僕は誰の期待を背負っているんだい? ……まあ、いいや。対応ね、たしかに。これ以上部屋を荒らすのもアラベッタ様に申し訳ないしね」
限定解除『からくりの魔眼』。エインズの右目が内側から血があふれ出たように瞳を真っ赤に染め上げる。それは左の碧眼と対照的なまでに紅い。
白濁としていた瞳の色の変化、気づけば明らかな違いだと分かるものだが気づかなければ分からないほどの変化。
そしてリディアは気づいていなかった。
「右腕は使わないのか? お前の右腕のその魔術、ルベルメルから聞いているぞ?」
「あ、これ? これはまだいいかな」
エインズは左手で空の右腕を掴み、ぷらぷらと手で揺らす。
それがまるでリディアには挑発のように受け取れる。
「そんじゃ、力ずくでも見せてもらおうかな!」
リディアが消える。
瞬間、エインズの魔眼が捉えた。
音もなくエインズの背後に立ったリディアは、先の二回と同じようにがら空きの脇腹に蹴りを入れる。
(こいつ、本当に学習しないな。どうしてこれなんかを魔女が)
が、エインズはただ一歩前に移動してこれを躱す。
「なにっ?」
エインズが背後にまわったリディアを目で捉えた様子はなかった。無音で忍び寄るリディアである、聴力で確認することもできない。
(ならばどうして……。タイミングが読まれたか?)
蹴りを躱したエインズだが、リディアに振り返ることもせずそのままの態勢で反撃をみせる様子もない。
たしかにエインズに見せたリディアの攻撃というのは単調なものである。
もちろん瞬間的に背後をとるのは脅威だが、その直後に蹴りをとばしているのだ。リディアの姿が消えたのを確認して何も考えずすぐに一歩前進すれば避けられないこともない。
もちろん、リディアも加減をしているからこそタイミングを読まれるような単調な攻撃をしているのだが。
(けど、それでもタイミングを読んだ動きには見えなかった気がするんだよな)
ならば。
蹴りを躱したエインズはいまだにリディアに背を向けている。つまりこの態勢ではエインズはリディアの次の動きを確認できないのだ。
リディアがこのままエインズの背に突進を食らわせる選択肢もあれば、『鏡通り』を使用して別位置からの攻撃も可能、その際のタイミングに関しては一切読めない。なにせリディアの今ある姿を確認していないのだから。
リディアは魔術を行使した。
無音でその場から消える。
刹那、リディアは別位置に移動していた。
(今度はどうかな?)
エインズの右でも左でもない。もちろん正面でも。
「大事な右腕、見せてくれないと肩を砕いてしまうぜ?」
エインズの頭上。
リディアは落下しながら振り上げた踵をエインズの右肩目掛けて叩き落としていた。
リディアはエインズに追撃のタイミングを見せてはいない。加えて攻撃の瞬間、今こうしてエインズの視界の外から攻撃を加えている。
まさに死角から一撃。
エインズの魔術はその右腕にあるとリディアは聞いている。だが、この攻撃のエインズの右肩を粉砕しようがリディアは知ったことではない。
次代の明星を率いているリディアを目の前にして魔術の出し惜しみをするなどと生意気が過ぎるというものだ。
(もしコルベッリが生意気抜かしやがったら、殺してたな)
分厚い履物を履いたリディアの踵がエインズの肩に当たる瞬間、エインズが身体を横にずらしてリディアの踵落としを避けた。
「なにい?」
避けられたリディアの踵は勢いを一切殺すことなく、書斎の床に突き刺さる。
壁際まで離れて立っていたソフィアでも衝撃を感じた。
床を陥没させて踵が突き刺さる。
「その弁償は君持ちだからね?」
飄々と言ってのけるエインズ。
まるでリディアの攻撃が分かっていたように。
(まずい)
そしてリディアは一転、危機的状況。
必中と思われた攻撃が避けられた、それも最低限の完璧な回避に驚き一瞬の思考停止に陥っていた。通常であれば、攻撃を避けられた場合速やかに『鏡通り』でその場を退散している。
だが今はエインズの目の前で動きを止めている。足を伸ばせば彼女の脳天直撃の大反撃に打って出ることができる場面。腕を伸ばせばそのリディアの整った鼻をひしゃげさせることも十分可能だ。




