07
それからしばらくもしないうちに、ミレイネの報告を受けたヴァーツラフとハーラルがリーザロッテの部屋に訪れた。
「無事かキリシヤ!」
勢いよく開けられたドア。
入るやいなや焦りの色をみせるハーラル。
「ええ、私は大丈夫ですお兄様。ですがミレイネが……」
「ああ」
報告にあがったミレイネの様子を見たであろうハーラルは目を伏せながら短く相槌を打った。
「リーザロッテ、ミレイネの言っていたことは本当なのか?」
ハーラルから少し遅れて部屋に入ってきたヴァーツラフが近くの椅子に腰かけながら尋ねる。
「ああ、間違いない。『次代の明星』の頭だというリディアが侵入してきたぞ。まあ、妾への挨拶と宣戦布告といったかたちだったが」
「やつらめ、大胆に動くようになったか……」
エリアスの混乱を起こした首謀者である次代の明星。エリアスの混乱による影響は長く王国全土を脅かすものになるのは想像に難くない。加えてそんな混乱下において次代の明星が本格的に動くと言っているのだ。
深くため息をつきたくなるヴァーツラフ。
「国の心配はもちろんお前の仕事だが、自身の心配もしたほうが良いぞヴァーツラフ」
「……ミレイネから聞いておる」
「簡単に王城に侵入を許したのだ。その上でリディアの標的はお前の首だぞ?」
素っ気なく話すリーザロッテにヴァーツラフは苦笑いを浮かべる。
「国王になってから常にその辺のことは覚悟しておる」
ヴァーツラフは首を触りながらちらりとキリシヤを心配するハーラルに目を向けた。
ハーラルはまだまだ経験も浅く未熟なものだが、それでもヴァーツラフが考えていた以上に良く育っている。
ハーラルが国を治めることに若干の不安はあるものの、それでも出来の良い息子ならば民の安寧を中心に考えた政が行えると信じている。
「リーザロッテ、お前が余を守ってくれるならばこれ以上の安心はないのだがな」
「戯け、お前が乳房を吸っていた頃から常々言っておろう。妾がここにいるのは亡き朋友に誓いを立てたからだと」
「王国の繁栄は二の次だったか?」
「そうだ」
あっけらかんと答えるリーザロッテにヴァーツラフは肩をすくめた。
「して、リディアはどこに行ったのだ?」
「エリアス。エインズに会いに行った」
「キルクとエリアスの距離だぞ!? リディアの魔術か。リーザロッテ、やつの魔術が何か分かっているのか?」
「およそ、な。だが完全ではない。撃退は可能だろうが、『殺す』ことはできないだろうな」
リーザロッテが言った『殺す』という言葉は、魔術師としての死を意味している。リディアの制約を看破していないリーザロッテにリディアを完全に葬ることは不可能なのだ。
「はぁ。エインズがやつを討ち取ってくれればいいのだがな」
「淡い夢は見ない方がいいぞヴァーツラフ。エインズがやつと手を結ぶ可能性だってあるのだから」
そうなれば間違いなくサンティア王国の歴史はここで終わるだろうなとヴァーツラフは乾いた笑いをこぼした。
〇
場所は変わって、アラベッタの屋敷。
彼女の書斎には重苦しい空気が漂っていた。
「……」
憔悴しきったアラベッタの口から出る言葉はない。
彼女の向かいに座るエインズの言葉に勇気づけられ一度は立ち上がったアラベッタだったが、倉庫街の壊滅により完全に心が折れてしまった。
対するエインズは、何を考えているのか分からない普段通りの様子で書斎に置いてあった魔道具を弄っていた。
日もすっかり沈み窓の外は暗い。
いつものエリアスと打って変わって外の様子は不気味な静けさが満ちていた。負傷した住民はもちろん、エリアスの名物でもある赤レンガ倉庫街の焼失は人々の心の支えの喪失と同義である。
「はぁー、ねみーな」
欠伸をもらすタリッジを無言で叩くソフィア。
三人の中で一番空気が読めるソフィアだけが、今のアラベッタの気持ちを慮ることができた。
起きてしまったことに対して三人はどうすることもできないだろうが、だからといってアラベッタの手前無神経な言動は慎むべきだろうとソフィアは考えた。
「……エインズ殿、すまないな。色々と巻き込んでしまったな」
「いえ、まあ」
尚も魔道具を弄り続けるエインズ。
「エリアスは良いところが沢山ある生き生きとした街なのだ。エインズ殿にはそんなエリアスの姿を見てほしかったんだがな」
尻すぼみに声が小さくなっていくアラベッタ。手入れの行き届いていた髪もパサついていて一気に老けたように見えた。
「今度でいいですよアラベッタ様。またここに立ち寄ることもありますから」
「今度、か……。私にその今度があるのだろうか。これだけの損害に国内への多大な影響、領主としての不始末もいいところだ」
アラベッタの目の前に置かれていたグラスの中身は空になっていた。それにソフィアが水を注ごうとしたが、アラベッタはそれを手で制す。
今回の一件が次代の明星によるものであることをまだアラベッタ達は知らない。首謀者が分からないが故に、領地を治めることができなかったことによるアラベッタの精神的ダメージはかなりのものである。
エリアスの停止は今後どれほどになるか分からないが長期に亘る王国の停滞と混乱に繋がる。そんな責任を果たしてアラベッタの身一つで取れるのだろうか。
厳罰は免れず、エリアス家も取りつぶしになるだろう。生き恥を晒して生き続ける苦しみだけが待っていることにアラベッタは頭を上げる気力もない。
「……いっそ責任をもって自害した方がいいのかもしれないな」
力なくぽつりぽつりと喋るアラベッタ。
「アラベッタ様、それは流石に……」
破滅的な方向に思考してしまうアラベッタに、ソフィアは声をかけるが強くも言えない。
アラベッタの立場に立っているわけでもないソフィアに彼女の苦しみが分かるわけなどないのだから。そして分からないのにその場しのぎの言葉を投げるような無責任をソフィアはできない。
「エインズ殿、一瞬で苦しまずに死ねる魔法などはあるだろうか? 自害の多くは短剣を用いるが、そんな勇気すら今の私には湧き起こらなくてな、本当に情けない」
毒による自害もあるが、そのどれもが苦悶に満ちた表情で死に至っている。決して易しい死に方ではない。
「もちろんありますよ」
「はは……、流石はエインズ殿だな。是非とも教えてほしいところだ」
「かまいませんよ」
「エインズ様!?」
表情変えずに言ってのけるエインズにソフィアが反応する。




