18 第4部1章 終
「安心していってください、ディナーツさん。結果の前にその過程はどうでもいいのです。エリアスの一般市民が死のうが、ディナーツさんたちが死のうが、倉庫街が壊滅した結果だけが残るのですから」
声も出せず、ディナーツは必死に首を横に振る。首の骨が折れんばかりに可動域限界に振り続けるが、それをルベルメルは笑顔で見守るだけ。
「おいルベルメル、僕はそこまで言っていないぞ。爆発する瞬間までその眼で確認しろと言っただけで、死ねとは言っていない。そこから生き残るかもしれないだろう?」
と言うダリアスだが、その顔はすっきりした表情で笑いすらこもっている。
「そうでした……。これはまた私ったら早とちりを」
ディナーツらは静かに涙を浮かべながらゆっくりと倉庫のドアを開けて外に出ていく。
「ではご武運を」
「成功して無事帰ってきたら一杯やろうじゃないか。……ああ、だがあのくそ不味いワインは勘弁だが。その時は僕おすすめの一本を教えてやろう」
ダリアスとルベルメル、二人はディナーツらの背中が見えなくなるまで見送り、そして倉庫内に残った金銭や調度品を持てるだけ持ってその場を去った。
大荷物を背負ったルベルメルとダリアスは爆発にまきこまれないよう、すぐに倉庫街から移動を始める。
ひび割れた石畳の上を歩きながら二人は関所を目指す。
「それにしても、よく僕の言葉をくみ取ってくれたな。あの場ではああ言ったが『次代の明星』的には良かったのか?」
元貴族で傲慢な性格をしているダリアスにとって、女性であるルベルメルに荷物を背負わせることは何ということもない。
「ふふ、ダリアス様のお気持ちはすぐに読めましたから。それにディナーツさんたちのことは本当にどうでもよいのですよ。遅かれ早かれ彼らは死ぬことになっていたでしょうから」
「エインズか?」
ルベルメルは静かに首を縦に振って肯定する。
「直接的ではないにしろ彼らはエインズ様に敵対しました。今後の彼らの動きを考えますと、間違いなく魔術師エインズ=シルベタスの一線を越えているでしょう。加えて、彼らの行為は王国への反逆でもありますから、悠久の魔女が出張ってくる可能性すらあります」
エインズが動かないにしろリーザロッテを相手取った場合、間違いなく彼らの命はそこまでだろう。
ルベルメルでもどういう経緯か分かっていないが、今のリーザロッテはサンティア王国を守護するような立ち位置にいる。
このまま次代の明星がディナーツと関わりを持っていれば、魔女につけ込む隙を与えてしまう可能性すらある。
「エリアスでの我らの目的が果たせたのであれば、トカゲの尻尾は早めに切っておくに限ります」
「お前、なかなか悪だな。あれだけ仲良さそうに話していたのに」
「まさかまさか、慈しみの気持ちで話を合わせていただけでごさいますよ。あんな陳腐な悪党、利用できるものは彼らの他に巨万といますから情を覚えるだけ無駄ですよ」
それに私はダリアス様一筋ですから、とウインクを飛ばすルベルメル。
それを鼻で笑うダリアス。
素っ気ない態度にルベルメルは頬を膨らませて不満を露わにする。
そんなとき、力なくとぼとぼと歩く少年が前に見えた。
それは先ほどディナーツに硬貨を手渡した、彼に騙され続けている少年だった。
亀のような歩みの少年に、二人はあっという間に追いついてしまう。
「おい」
少年の横に並んだ時、ダリアスは足を止めて少年に声をかける。
「ダリアス様?」
ルベルメルもまさかダリアスが少年に声をかけるとは思わなかったようで、遅れて足を止める。
「おい、お前だ」
「……」
力なくダリアスを見上げる少年。
その目はまるで死んでいた。これまでただ死にゆくだけの人間に目を向けてこなかったダリアスだったが、初めて見る生気のない目はかなり不快なものだった。
「お前、実は気づいていたんだろう?」
「……」
ダリアスの問いかけに無言を続ける少年。そんな姿にダリアスは苛立ちを覚える。
「僕がはっきり言ってやる。お前の親はとっくに死んでいる。妹もすでにおもちゃとして売られて、生きていたとしても壊れるまで遊ばれるだろう」
「……」
無言だが、その何も映さぬ瞳を真っすぐダリアスに向ける少年。
「あいつに金を渡していたあれはなんだ? 祈りのつもりだったのか? 金を渡し、騙され続けている間は家族の死を確定しなくて済むから。目を背け続けられるから」
ダリアスはルベルメルに目を合わせ、荷物の中から金貨を三枚取り出させた。
ダリアスはそれを手渡すことはせず、少年の足元に投げ捨てる。
「自分だけが生き残ってしまった罪悪感から逃げたいがために、死んだように生きているのなら今すぐに死ね。もしくは僕が殺してやってもいい、不快だ」
「……」
「だがその金貨を拾うのならば生きろ。生きてその死を悼め。それが、お前だけができることだ」
そこからじっと少年の目を見つめるダリアス。
何も映さず乾ききった目をしていた少年だったが、徐々に涙が浮かんできた。
膝をついて項垂れる少年。
「行くぞルベルメル」
少年から目を外し、歩き始めるダリアス。
少年とダリアスを交互に見つめたルベルメルは小さく微笑み、ダリアスの後を追う。
「待ってくださいダリアス様」
以降、少年の姿を見ることをしないダリアス。
足早に歩くダリアスの横に並んだルベルメル。
「お優しいのですね、ダリアス様。あの少年のためだったのですか?」
ルベルメルの声はどこか機嫌のよいものだった。
「そんなわけがないだろう。お前は僕の魔術を知っているだろう? 僕の魔術は言葉を、そしてその価値と対価を司る。ディナーツの存在は僕の魔術を蔑ろにするものだった、それが我慢できなかっただけだ」
「ふふふ、私はディナーツさんのことだなんて言っていませんよ?」
ルベルメルの言葉に一瞬足が止まりそうになったダリアスは小さく舌打ちをした。
「金貨三枚あればあの子は当分の間生きていけます。渡しすぎではありませんか?」
「あれはあいつのために投げ捨てたんじゃない。あいつが意味を持たせたかった馬鹿みたいな祈りを無駄にしてやろうと思っただけだ。それにあいつが金貨を拾うとは限らないだろう」
「いいえ、拾いますよ。目を見て、拾うと分かったからダリアス様はあの場を去ったのでしょう?」
「ソビ家の人間だった僕がそんなに優しい性格をしていると思うか?」
「はい、思います。それにもうソビ家の人間じゃなくなったじゃありませんか」
ルベルメルはニコニコしながらダリアスの顔を横から覗き込む。
「……お前もディナーツ並みに不愉快なやつだ」
「むっ、ひどいじゃないですかダリアス様!」
二人がエリアスを出てから程なくして、エリアスの倉庫街は炎に包まれたのだった。




