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そんなに飲みたいのなら新しくレモネードをもってこさせようかとルベルメルに提案するディナーツだが、それをルベルメルは手で制す。
そしてルベルメルはダリアスからグラスを受け取ろうとしたが、手を滑らせて床にレモネードをこぼしてしまった。
グラスが割れ、テーブルの下にレモネードが広がる。
「あら、やってしまいました。私ったら、うっかり者の一面を見せちゃいました」
「お、おい。なにやってんだルベルメルさん。ったく、新しいのを持ってくるからよ、グラスは触らないでくれよ怪我するぜ」
意外に優しい一面を見せるディナーツにルベルメルは首を横に振る。
「よいのですよディナーツさん、これだけで十分ですから」
「はあ? どういうことだ?」
ダリアスが立ち上がると、ルベルメルも同時に立ち上がる。
ぽかんとした表情で二人を見上げるディナーツ。
「『水気は木気を生じる』」
ルベルメルが小さく言葉を紡ぐ。
同時に、彼女がレモネードをこぼした場所を中心に床がうなりを上げる。
「な、なんだ? 地震か?」
ディナーツとその仲間たちは腰を低くして揺れに耐えるようにして辺りを見回す。
それでも揺れは治まる気配はなく、徐々に激しさを増していく。
そして、床がひび割れ太い幹が地面から姿を現した。
「魔法か! ……ルベルメル、あんた魔法を使ったな!!」
ようやくそこではじめてディナーツは、ルベルメルが何かしらの詠唱をしたことに気づいた。
「はい、こちら私の魔法でございますディナーツさん」
ルベルメルがにこやかに答える間も木の大蛇は倉庫内を奔り、ディナーツらを囲い込んでいく。
武器を片手に幹を斬ろうとするも弾かれ、まったく切れる様子はない。
「どういうことだ! 俺たちに力を貸すんじゃなかったのか!!」
ルベルメルとダリアスを除き、全ての男たちが大蛇に包み込まれ、抜け出すことがかなわなくなった。
「ええ、お貸ししますとも。しかしそれは計画の成功が目的であって、計画を練ったディナーツさんたちは別にどうでもよいのです。……だってあなた方、失敗しているんですもの」
先ほどとは打って変わって蔑むような目で彼らを見るルベルメル。
「だから今度はうまくやるって言ってるだろうがっ!」
「お前のその言葉にどれだけの信用があるんだ?」
「なにっ!?」
ダリアスはワインをグラスに注ぎ、ひとくち口に含みそして地面に吐き出した。
そして顔を歪ませた。
「……やはり不味いな、これは。こんな粗悪なワインをよく飲めたものだ、熟成と腐敗の違いが分からないとみえる。まあ、性根が腐ったやつにはお似合いの汚水かもしれんがな」
「ダリアス様、それは少し聞き捨てなりませんよ。私も飲んでいたんですから」
「お前は味覚が馬鹿になっているだけだろう、気にするな」
「ええ……。それ、フォローになっていませんけど?」
ルベルメルはダリアスが注いだグラスを手に取り、残ったワインを飲み干す。
首を傾げながら「そんなに不味いですかねえ?」とこぼすが、ダリアスはもうルベルメルの方を向いていない。
「お前の言葉に価値がないと僕は判断した。そして、そんな価値のない言葉を発するお前の成功という言葉、臭すぎて聞くに堪えられん」
「それならば私たちが行動に移した方が幾分も成功する可能性が高いと思いましたので」
「なにを言ってんだ!」
大蛇の中でもがくディナーツだが、一向に抜け出せる気配はない。
「最近になってだが、僕は言葉の重みや価値を大事にしている。他者に言うことを聞かせるのにどれだけの対価が必要か、この身に知ったからだ。だから一時は、他者に言うことを聞かせていたお前に感心していたんだ」
ダリアスはディナーツを含め、大蛇に身動きを封じられている全ての者をその目で捉えた。
「だが蓋を開けてみれば、どうしようもない下衆だった」
「あんたらだって俺たちと同じだろうよ! だからこうしてあんたらもここにいる!」
「善人ぶるつもりは毛頭ない。僕がこれからやることだってお前とさほど変わらないさ。ただ一つ、違いがあるとするならば、他者に与える言葉そこにはっきりとした対価があるということだけだ」
ダリアスは一息ついて、言葉を紡ぐ。
彼の願望、欲望から生まれた力。魔術。
「限定解除『金言』」
宙から細く透き通った糸が垂れる。
それはディナーツやその仲間たちの身体に纏わり、絡みつく。
ある者は剣を振り、ある者は歯で、その糸を切ろうと藻掻くがまるで干渉できない。
重みも感触も、一切の抵抗を感じることなく不気味に糸が四肢に絡みつく。
「倉庫の爆破はお前たちが責任をもって務めるがいい。今度は失敗することがないよう、火薬が爆発する瞬間も間近でしっかりその眼で確認しろ」
「お、おい……。何言ってんだ、ダリアス」
ダリアスの言葉と宙から垂れる不気味な糸。ディナーツはそれが、ルベルメルが使用したような単純な魔法ではないことが理解できた。
魔法ではない何か。魔法では感じることがない凄まじい悪寒。ディナーツの背には大量の汗が噴き出ていた。
「これだけで済むのか、案外安いものだなお前たちは。それとも言葉を軽んじているお前たちだからこそ安くつくのか?」
ダリアスはルベルメルに「もう魔法を解除していいぞ」と声をかけた。
ルベルメルはニコリとして「そうですか」と返すと、ディナーツらを拘束していた太い幹が静かに朽ちていき消え去っていった。
身動きがとれるようになったはずも、一切身体が言うことを利かないディナーツ。
「な、なんだこれ! おい! どうなってんだ!」
ゆっくりと彼らは倉庫の出入り口に歩いていく。
目の前にあるテーブルや置物を避けることなく、ぶつかり倒しながら前に進んでいく。
テーブルが倒れ、グラスや置物が割れても気にせずそれらを踏みつけ歩く。
「冗談だよな、ダリアス! これ、まさか、そんなはずねえよな!」
男たちは各々大声を上げて抵抗するが、意味はない。
「追加になるが仕方ない。このまま外を歩かれてもすぐにばれてしまうからな」
ダリアスは『金言』によってディナーツらを黙らせることにした。
宙から追加で糸が垂れていき、それらは男たちの口や顎に絡みつき、無理やり口を閉ざした。




