16
「今のは?」
ルベルメルが尋ねる。
「妹を人質にその父親を駒にしているんだがな、あのガキを攫うのを忘れていたんだ」
この馬鹿野郎がな、と一人の部下に目を向けるディナーツ。
「だがガキだ、容易く殺せるし攫える。どうでもよかったからガキの存在を忘れていたんだがよ、あのガキどこで知ったのか分からねえが一人でここに来たんだ」
楽しそうに話を続けるディナーツ。
「その場で殺そうかと考えたんだがよ、あのガキ『金を持ってくるから父親と妹を返してくれ』って言うんだ。別にあのガキの持ってくる金なんて知れている、だが余興も大事だ。道化がいれば少しはむさ苦しいここも賑やかになると思ってな」
憎たらしい笑みがダリアスを逆なでする。
「あの子のお父さんと妹さんは実際どうなのですか?」
「……ルベルメル?」
ディナーツと彼の仲間たちは顔を見合わせた後、大きく笑い声をあげた。
「そんなもん、父親の方はとっくの昔に死んでいるし妹は売り飛ばしてエリアスにはもういねえよ!」
「……は?」
間抜けな声が漏れるダリアス。
人間、家族の命のために動くとディナーツは言った。ダリアスはその特殊な生まれからその言葉は理解できなかったが、食を断って金を差し出す少年にどこか感じるところがあった。
「だから余興だって! あいつが金を全部持ってきたときに真実を伝えてやったらどんな反応をするのか楽しみでよ! 今はじっくり長い時間をかけてその楽しみを熟成させている最中なんだぜ!」
「いい趣味をしていますね」
「だろう? あんたも分かるかいルベルメルさんよ!」
ディナーツはさぞかしあの少年のことを楽しみにしているのだろう、気分が乗ったディナーツは気さくにルベルメルに語り掛けた。
「ええ、まあ。娯楽というのは人生に潤いを与えるものですからね」
「だろ! だろ! 人間、人生に枯れちゃどうしようもねえ!」
だがルベルメルはなんとも楽しそうではない声色でディナーツに話を合わせていた。
「……下衆が」
小さく呟くダリアスだが、男たちの笑い声でかき消される。
「であるのなら、倉庫を爆破する駒というのも?」
「ああ、もちろんガキは全て売り飛ばすか遊ぶかして、もうここにはいねえよ」
ルベルメルの問いに当然のように答えるディナーツ。
周りの人間もそれらを嬲っていたときを思い出しているのだろうか、その顔は醜く歪んでいた。
「だが知らない方が幸せなこともあるだろう。自分の家族やガキが救われたと思いながら逝く方が気持ちがいいに決まっている」
「そうですね、結果が変わらないのであればその過程で希望を抱こうが絶望を抱こうが問題ありません。ディナーツさんはお優しい、死にゆく人間に希望を抱かせて差し上げているのですから」
ルベルメルの言葉に心地よくなりながら相槌を打つディナーツ。
しかしルベルメルの表情は一切喜色を見せない。
そしてダリアスは、だらしなく臭い息を撒き散らしながら下品に笑うディナーツやその仲間に激しい不快感を覚えた。
王国の敵と認識されている『次代の明星』の一員になったダリアス。もちろん、そんな組織に入った自分が悪人であることは認識している。
だが、だからこそディナーツの言葉がダリアスは許せなかった。
相手に言うことを聞かせるにはそれなりの対価が必要だ。それが金銭による報酬なのか、何かしらの条件による見返りなのか、それとも言葉を紡いだ者自身の信頼の篤さなのか。
ディナーツのそれは全てうそで塗り固められていた。
嘘で人を動かし、人を殺し嘘をつく。
そこに一切の対価はなく、言葉の重みは嘘の重み。この男と手を取りあうことは絶対にしたくないと思うダリアスであった。
「結果が変わらない、というのはどういうことだルベルメル?」
ダリアスは臭い笑いを撒き散らすディナーツとルベルメルの間に入る。
「どうしました、ダリアス様? この状況においてはエリアスの倉庫街の爆破でしょう」
「僕たち『次代の明星』とディナーツらとは協力関係にあると聞いていたんだが、詳しくどこまでの関係性なんだ?」
「利害が一致する限りにおいて、でございますダリアス様。一致する限り、私たちは彼らに今後も物資や武力様々な分野において協力するということです」
「今後も? 今後があるのか?」
貿易の手段を失い、倉庫街を爆破することで物資の保管場所を失うことになるエリアス。それは王国内の流通の滞りをみせ、国民の不満の矛先は為政者に向く。それこそが『次代の明星』の目的。
であるのなら、ディナーツらとのその後の利害関係は存在するのだろうか、とダリアスはルベルメルに尋ねたのだ。
「それに、ルベルメル。こいつらは一度失敗しているんだぞ? 利害の一致なら、こいつらの失敗は僕たちの失敗でもある」
「おい、ダリアス。何が言いたい?」
「予想外の邪魔が入ったというが、失敗に変わりはない。それはルベルメル、僕たちには関係がないことだ。過程ではなく結果が全てなのだろう?」
「しかしダリアス様、私たちはただ見ていただけなのです。それはあまりにも……」
と答えるルベルメルだが、先ほどディナーツと話していた時には見せなかった口角がわずかに上がっている。
「だからだよ、僕たちも協力しなければ。なんとしても次は失敗できない」
「なるほど、そうですね。このままただ見ているだけではあの方に怒られてしまいます。ここは万全を期すためにも、微力ではありますがディナーツさんに協力致しましょう」
「そういうことか。たしかに俺たちの結果は失敗だった、どれだけ言い訳しようがそれに変わりはねえ。であるならあんたらが不安に思うのも無理はねえだろうな」
てっきり批難を受けるのかと考えダリアスを睨みつけたディナーツだったが、その言葉を聞いて眉間の皺を緩めた。
そしてダリアスはそんなディナーツの様子を確認して、ダリアスらの提案を受け入れたと判断した。
ダリアスは不敵に口角を上げ、ルベルメルを見る。
「ルベルメル、貰ってもいいか?」
急に何の話か分からないディナーツは眉を顰めるが、ルベルメルは穏やかに答える。
「構いませんよダリアス様。ちょうどこの前の働きで色々と上から頂いていますので」
「ああ、それとルベルメル。このレモネード意外と悪くないんだ、飲んでみるか?」
「ダリアス様よろしいのですか? 飲み干してしまいますが、ダリアス様はもういらないのですか?」
「ああ、もう僕はいらない。だからルベルメル、飲むのならしっかり持てよ、結露でグラスが滑りやすくなっているからな」