15
倉庫内を最低限の魔力灯のみが小さく照らす。
薄暗く閉ざされた倉庫は外からの風が一切入ってこない。ディナーツのようなむさ苦しい男衆が集まっていることもあり、独特な臭いがこもっていた。
計画はある程度の成果を残したが、成功とまでは言えない。完全な失敗でもなければ中途半端な結果が残った。
とはいえディナーツらの空気は重苦しいものでもない。もともと失敗したときを想定して二の矢を準備していたのかもしれない。
「これからどうするんだ?」
「魔獣どもがやれなかったんだから、そこは直接的に行動を起こすしかないだろう。……まあ、俺たちが起こすわけじゃないんだがな」
含みのある笑みを浮かべるディナーツ。そして部下に「あいつらを連れてこい」と指示を投げる。
指示を受けた部下は駆け足で奥の方へと消えていった。
「次は何をするつもりですか?」
ルベルメルがディナーツに尋ねる。
「今のエリアスは一時的に貿易が麻痺している状態。造船が完了するまで活発な動きは出来ないがそれでも貯蓄がある」
エリアスの港にはレンガで造られた大きな倉庫が立ち並んでいる。
荷を積んだ船舶が海を越えてやってくるが、すぐにその荷の全てが捌けるわけではない。なかには長期間熟成させることを前提にした商品もある。
並ぶ倉庫のなかに、完全に空のものは一つもない。どれも多くの商品を保管している。
「これらがある限りエリアスはある程度食い凌ぐことができる。そんで船の問題が解決すればすぐに通常運転に戻るだろう」
それではだめだとディナーツは首を横に振る。
ディナーツが手を引いていた今回の騒動は、エリアスの外から見れば単純に魔獣が襲ってきたと認識するだろう。
街が回復するまで幾分かの停滞は余儀なくされるが、エリアスの信用まで落ちるわけではない。なにせ街に損害は出てしまったが『海の番人』を撃退しているからである。
撃退していなければ今ごろエリアスは完全に滅んでいただろう。加えて街を防衛できなかったエリアスの安全性は失墜する。それはつまり商売人が離れていくことにつながる。
「ならば俺たちがすることはただ一つ。魔獣でなせなかった、エリアスの安全性や信頼を失墜させること。そしてエリアスの機能の完全なる停止」
奥の方へ消えていったディナーツの部下とは別の人間がダリアスらの席に向かってくる。
「火薬の保管状況は問題ありません」
「それはよかった。湿気ていたらどうしようもねえからな」
ダリアスは眉を顰める。
隣のルベルメルはディナーツがこれから何をしようとしているのか察しがついているようで、静かにグラスに口をつけた。
「火薬に火をつけるのにも人間がいる、だが俺たちだって死にたくはねえ。いま部下が取りに行ってんのは使い捨ての駒だ」
金もかけずに手に入れた駒がごろごろとある。それこそエリアスの倉庫の数と一緒かそれ以上か、とディナーツは嬉々として話す。
ここまで聞いて理解したダリアスがディナーツに問う。
「その駒はどうやって手に入れたんだ? 人間に命令を聞かせるのも易くはないだろう」
「人間、金が全てではねえがほとんどだ。だが命あってこその金で、命に勝る金はねえ。特に騎士やなんやと誰かやどこかに忠誠を誓った人間じゃなければ尚更だもちろん命をかけるに見合う金を積めば話は別かもしれんが」
そんな大金を俺が持っているように見えるか、とダリアスに問うディナーツ。
考える間もなくあっさりと首を横に振るダリアス。ディナーツも「持ってたらこんなのに手をつけてねえ」と自嘲する。
「そんな人間を金ではなく動かすとしたらどうしたらいい?」
ダリアスは顎に手をやり考える。
これまでのダリアスの人生、金を十分に持っていた彼はそれを地べたにばら撒けば這いつくばりながら言うことを聞く人間が寄ってきていた。
ソビ家を離れルベルメルと行動を共にしたとき、ダリアスは魔術に目覚めた。それは彼の命令を他者に聞かせる魔術。
ダリアスの目の前にいる悪人面のディナーツがそのような魔術を覚えているはずもない。加えて自身は大金を持っていないとも言っていた。
ならばディナーツの言う、他者に言うことを聞かせるそれは一体なんなのか経験の浅いダリアスには考えもつかない。
「おいおい、そんなに考えることかよ」
いつまで経っても返答がないダリアスを馬鹿にするように笑いをこぼすディナーツ。
その見下す目にイラっとしたダリアス。
「家族ですよ、ダリアス様」
ルベルメルがダリアスに答えを教える。
「……家族?」
「そうだ。……そんなに考え込まれるほどの問いじゃなかったんだがな」
ルベルメルもディナーツも至極当然といった様子で話を続けていたが、ダリアスは違った。
彼らの答えを聞いても理解ができない。そこでどうして家族が出てくるのか、どうして家族が絡めば言うことを聞くことになるのか。
家族とは結局は一番近くにいるだけの他人である。ダリアスの人生において、父だったゾインはダリアスを駒として認識し接していた。ダリアスもまたゾインをソビ家当主として、自身が逆らえない人物として認識し接してきた。両者ともにそこに情はなかった、と少なくともダリアスは思う。
きっとゾインならば自身に危害が及ばないのであればダリアスを切り捨てるだろう。
ダリアスもダリアスで、ゾインがいなくなれば次期ソビ家当主はダリアスになる。ゾインがそうしてきたようにダリアスも自身にとって最善に振舞うだけだ。
家族の命など、自分を動かす理由にならんだろう。
だがそれをダリアスは口にすることはなかった。
ダリアスがいまそれを言ったところでこの場は何も変わらない。二人の言っている意味は理解できないがそれでもこの場は黙って合わせることにするのだった。
さり気なく目を向けるルベルメルは少し淋しそうにダリアスの冷めた目を見るのだった。
そんな彼らのいる倉庫のドアを外から叩く者がいた。
「おい、開けろ」
突然の来訪に訝しんだダリアスとルベルメルだったが、ディナーツはあっさりドアを開けるよう指示するのだった。
「誰なんだ?」
「安心してくれ、いつものガキだ」
「ガキ……?」
部下の手によってゆっくりと開けられたドアから入ってきたのは小さくやつれて細い少年一人だった。
それはエインズからポーチを盗み、路地裏でタリッジに取り返された少年だった。
誰も少年を警戒することもなく、止まって様子を眺める。
力なくペタペタと歩く少年はディナーツのもとまで近寄り、手の中で握っていた何かを見せる。
「これを……」
少年の手の中には硬貨が数枚。
そんなディナーツと少年のやり取りを黙って眺めるダリアスとルベルメル。
薄暗い倉庫に、少年の目の前の悪人面。少年を囲むようにしてディナーツに似た悪人面の大人が見下ろしている。
そんな中でも少年が恐怖に尻餅をついて小便を漏らしていないところを見るに、ディナーツの言うようにこれが初めてではないのだろう。
「そうか、今日はこれだけ持ってきたのか」
「あとどれだけでお父さんと妹は……、返してくれるんですか?」
少年の手の平から硬貨を奪ったディナーツは、手の中で遊びながら少年を見下ろす。
「そうだな……、この硬貨ならあと千枚は必要だな。金貨なら十枚でいいぞ?」
「せ、せんまい……」
少年がディナーツのもとまで持ってきた硬貨は五枚。これは少年の中でも稼げた方である。いつもは二枚稼げればいい方で、一枚や収穫がない日だってざらにある。
果てしなさに一度目を落とした少年だったがすぐに前を向く。
「がんばるから、絶対にお父さんと妹は」
「分かっている。俺だって男だ、約束は違わねえよ。無事は保証してやる」
それを聞くと空腹に腹を押さえた少年は再び力なく足を動かしペタペタと倉庫から出ていった。




