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「成果としてはぼちぼちだと思いますが、あなたの想定していた結果を考えますと失敗といったところでしょうか? ディナーツさん」
傷のある顔を軽く歪めるディナーツ。
「確かに。あれを撃退できる実力者はエリアスにいないはずだったんだがな」
「あれ、というのはお前たちが『海の番人』と呼んでいる巨大な魔獣のことか?」
結露で濡れるグラスを手にレモネードに口をつけるダリアス。
「……そうだ。本来であればこれでエリアスは完全に落ちていたはずだったんだがな。港の船は一つ残らず海に沈められ、混乱した半魚人やその他魔獣が街に上陸して荒らしつくす」
「そうしてエリアスを中心とした王国の物資流通は麻痺し停滞する、でしたか」
ルベルメルの言葉にディナーツはため息を深くつき、降参とばかりに両手を上げる。
クラーケンが倒されたときの様子は、ディナーツも部下から聞いていた。
その男は単身海に飛び込み海面を自由自在に歩き回り、氷の柱で海底からクラーケンを引きずり出した。挙句に見たこともない魔法らしきもの一つで容易く巨体に風穴を開けてみせたという。
「あんたたちと同時期にここへ乗り込んできたようだな。はぁ、そんなやつのことまで想定できるかよ」
ディナーツはゆっくりと腕をしたに下ろすと、部下に酒を持ってくるように顎で指示を飛ばす。
「私たちはその様子を見ていないのですが、もう少し詳しく教えていただけませんか? もしかすると今後敵対することになるかもしれないので」
街を崩壊させるほどの脅威であるクラーケンを容易く屠る人物がいるのであればその者は次代の明星にとっても脅威となりえるかもしれない。
ルベルメルはその人間の特徴だけでも確認しておこうとディナーツの顔を覗く。
葡萄酒の瓶をテーブルに持ってきた部下に「どんな魔法だったんだ?」と尋ねるディナーツ。
「魔法、なのかも分からないんですが。そいつ、片脚がなければ、片腕もないんですよ」
「腕も脚もねえのか!? そんなやつがどうやって」
報告に驚くディナーツ。
「適当な義足を嵌めて海面を飛び回ったそいつのないはずの右腕が気づいたら生えていまして……。そんでその右腕でクラーケンに触れたかと思えば一瞬で大穴を開けたんですよ。俺も思わず声が出てしまいました」
「なんだ、その滅茶苦茶なやつは……」
ため息をつきながら自らグラスに注ぐディナーツ。満たされた葡萄酒を一気に呷った。飲まなければやっていられない気分なのだろう。
そんなディナーツと部下のやりとりを静かに見守るダリアスとルベルメル。
二人にはその男に覚えがあった。
(エインズだな……)
(エインズ様ですね)
二人は一瞬驚きに目を見開き表情を変えたがすぐに元に戻る。ダリアスら次代の明星とディナーツらは現在協力関係にあり、今後もその関係が続いていく可能性はあるものの現在のところ情報を全て共有するほどの仲ではない。
ダリアスとルベルメルは互いに目を見合わせることもなく、各々飲み物に口をつける。
ディナーツも部下に意識が向いていたこともあり、二人の一瞬の表情の変化に気づくことはなかった。
「ったく、少しばかり直接的になるが別の策を打つ必要があるな……」
グラスが割れてしまうのではないかと思うほどテーブルに強く置いたディナーツにダリアスが話しかける。
「一ついいか? やられてしまった後で言っても意味もないんだが、あのクラーケンをどうやって暴れさせたんだ? 普段は大人しいんだろう?」
「ああ、それか。……まあ教えたところで別にもう構わねえか」
ディナーツが別の部下から革製のポーチを受け取ると、その中身をテーブルの上にばら撒いた。
大小さまざまな石。そのどれもが淡い色をしており、磨かれていない宝石のようだった。
「これは?」
その中の一つを手に取るダリアス。
「魔石ですよ、ダリアス様」
「これが、魔石なのか?」
「なんだダリアス、あんた魔石を見たことないのか?」
「そんなことはないが」
ダリアスとて魔石は見たことある。
今の王国の文化が発展している背景には魔道具の存在がある。
魔道具の中には使用者の魔力を用いて使用するものもあれば、魔石を燃料として使用する魔道具もある。
しかしながら魔石を用いる魔道具の場合大小さまざまで形にばらつきのある魔石を取り付けるために加工しなければならない。
ダリアスが見たことがある魔石はそれである。魔道具にセットするために綺麗に加工され形が整えられた魔石だったのだ。
「それで、この魔石がなんだっていうんだ?」
「魔石ってのは魔力の塊だ。全ての魔獣は体内に魔石を持っている。魔獣が強力になるのは魔力を吸収するからだ。魔獣が互いに殺し合うのは、互いに魔石を食らわんがため。人間を襲うのは人間が持つ魔力を吸収せんがため」
手の中で魔石を遊ぶディナーツが続ける。
「一気に魔力を吸収した魔獣がどうなるか知っているか? やつら、俺たちが酒で酔うように魔力に酔っぱらうんだぜ」
普段は大人しい魔獣でも急激な魔力酔いを起こしてしまうとどうなるか。それがエリアスにいた人間が身をもって知ったクラーケンの荒れ様である。
「だがどうやって魔石を食らわせるんだ? 魔力を食らいたいなら自分の気分でそこら辺の魔獣を食うんだろう? 魔力酔いなんて起こさないと思うんだがな」
ダリアスの疑問はもっともである。
人間が適度に酒を摂取するように魔獣だって適度に魔力を吸収する。滅多なことが起こらない限り魔力酔いを起こすなどあり得ない。また、滅多なことが起きるのを想定して騒動を計画するなどあり得ない。
「生贄を用意したんですね?」
答えたのはルベルメル。
それに静かにディナーツは首を縦に振る。
「大量の魔石を持たせた人間の身体を軽く斬って血を流させる。そんでそいつをクラーケンの近くに飛び込ませるんだ」
クラーケンは海に流れ出る血から魔力を感じ取る。
自分の領域にエサが飛び込んできたと判断して、魔石を抱えた人間を摂取したのだそうだ。
「それでその人間の肉とともに持っていた魔石をまるごと飲み込んでしまい、魔力酔いを起こしたというわけですか」
ディナーツの言葉からルベルメルは結論づける。
ルベルメルの横に座るダリアスはディナーツの顔を見ると、彼は首を縦に振って肯定を示した。
「まあそれでも凶暴になったクラーケンを容易く屠った人間がいまエリアスにいるんだけどな」
自嘲気味にディナーツが笑う。
一度は一気に呷った葡萄酒だったが、整理がついたのか再度注がれた葡萄酒はゆっくりと味わうようにして流し込んだ。




