08
「この通り、クラーケンがいる中漁はできない。加えて、多くの船が沈められてしまった。今後航海したとしても同じく沈められる危険性がある。他国もエリアスのこの状況を知って船を送るとは到底思わない。貿易はもちろん、食料に関しても余裕はなくなるだろう」
「ということは、魚料理は……」
「外の人間に振舞う程の余裕はないだろう。すまないが入場制限はもちろん、現在領内にいる住民並びに外部の人にも我慢をしてもらわなければなるまい」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、ちょっと待って」
知らぬ存ぜぬで流そうとしていたエインズだったが、状況が一変してしまう。
先のお店で魚料理を堪能していればエインズの反応もまた変わっていただろうが、この混乱に際してエインズは料理を逃してしまっているのだ。
このままではどれだけ待ってもエリアスの料理を堪能できないかもしれない。加えて、クラーケンの討伐などこの状況を打開できなければ次回エリアスに訪れた際にもエインズが料理にありつけない可能性すら浮上してしまったのだ。
それではエインズは何のためにエリアスまでやってきたのか。匂いだけ嗅がされて生殺しで帰されるなど、到底我慢できないエインズ。
「……ソフィア、タリッジ」
「はい、エインズ様」
「焦った顔をして、どうした?」
先ほどまでと様子が一変するエインズを前に首を傾げる二人。
「ここはアラベッタ様に協力しようと思うんだけど。やっぱり困っている人を前に見過ごせない」
それっぽいことを言うエインズ。本心は食い意地から彼にそう言わせているのだが。
タリッジはそんなエインズを知ってか胡散臭いものを見る目でエインズを眺める。
「エインズ様、流石でございます! 是非とも私たちでエリアスの皆様を救ってみせましょう!」
弱きを助けるエインズの姿を前に感激して涙を浮かべるソフィア。
「エインズ殿、本当か!? 領民でもないのにご助力してもらえるとは! 先ほどの魔法の腕前、エインズ殿ほどの方が協力してくれるならばこれほど心強いことはない!」
喜色の表情を浮かべるアラベッタ。
先のエインズの魔法を見ていたアラベッタには分かる。エリアスにいる魔法士の誰よりも彼女の目の前にいるエインズの方が魔法の技量は上であることを。
「それじゃ、ソフィアとタリッジは残りをお願いするよ」
「残りってのは、こいつらか?」
タリッジが目を向けたのは、エインズの魔法によって砕け散った半魚人たち。
「二人ならあっという間だろうからさ」
「お任せ下さい、エインズ様!」
面倒臭そうに渋い顔をするタリッジの首根っこを掴み、「ほら、さっさと行くぞ」と街の方へ連れていくソフィア。
アラベッタと二人きりになったエインズ。
エインズは平然と立ち上がったが、アラベッタはそうではない。
「エインズ殿、一人で大丈夫なのか? 仲間がいないのは流石に……」
「彼女らは剣士ですから」
エインズの魔法の技量の高さを理解したアラベッタだが、それとこれはまた別の話だ。仲間はいるに越したことはない。
海に潜っている敵相手に陸の上で剣を振るうことに意味がないことはアラベッタでも分かる。だが、迫りくる攻撃に対して迎撃をすることは可能だ。
攻撃魔法や補助魔法、なんであれ魔法の発現に時間を要することはアラベッタも知っている。故に、発現までの隙を埋める仲間は必要だと考える。
「二人が行ってしまった後だからな……。だったら私の騎士と、足手まといかもしれないが私もお供しようじゃないか。発現までの時間くらいは凌いでみせよう!」
どんと胸を叩くアラベッタ。
だが、
「いえ、別に大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」
海に向かって手をかざし始めるエインズ。
「それはどういう……?」
すぐ終わるとはどういうことだ、と疑問に思うアラベッタ。
相手は海に姿を暗まし、捕捉出来ない。姿を確認しようと海に出れば、その足に絡めとられ船はヤツの潜む海に沈められてしまう。
つまりエインズが今発現させようとしている魔法は、敵の姿が見えなくても敵に傷を与えることができる魔法。
「まさかっ!」
エインズが発現させようとしている魔法が何なのか思い当たったアラベッタ。見れば、エインズのかざしている左手から微弱な電気が漏れ始めている。
「それじゃ、さくっと——」
「ストーーップ!!」
両手を広げながらアラベッタは慌てた様子でエインズの前に立ちふさがった。
「ちょ、ちょっとアラベッタ様っ!?」
発現の直前まで至っていたエインズの左手。
目の前に突如アラベッタが入り込んできてしまったため、無理やりにエインズは魔法を解除させる。
「エインズ殿、待ってくれ」
「アラベッタ様、危ないじゃないですか。僕じゃなかったらアラベッタ様は今ごろ黒焦げでしたよ」
それを発現直前に入り込んできたアラベッタ。正気かとエインズは目を疑ってしまった。
「エインズ殿が発現させようとしていた魔法は雷系統のものではないだろうか?」
自分でもかなり危ないことをしたと分かっているのだろう、アラベッタの顔には冷や汗が浮かんでいる。
「え、ええ。海に潜んでいるのならそれで簡単に解決できますので。姿を見ずとも問題ないですし」
海のどこに潜んでいようが、全体に電気を流せば問題ない。後は全身を焼かれ海上に浮かび上がってくるのを待っていればいい。
「それではだめだ、エインズ殿」
「それはまたどうしてですか?」
首を傾げるエインズ。これが一番効率の良い魔法だと彼は考えていたのだが。
「クラーケンを死に至らせる程の強力な魔法なのだろう? であれば、海に生きる魚にも影響があるのではないか? エリアスは貿易が盛んな港湾都市という機能を持っているが、魚介の名産地という側面もあるのだ。それでは影響が大きすぎる」
間違いなくエリアスの漁師らは仕事を失うだろう。今のエリアスの海の生態系が回復するまでにどれほどの時間がかかるのかは分からないが、それでもすぐに回復することはないだろう。
加えて魚介商品を取り扱う商人らのエリアスに足を運ぶこと頻度も減り、エリアスにおける金の回りも悪くなる。
魚が取れなければ名産を活かした料理も並ぶことがはなくなり、飲み屋も仕事がなくなるだろう。それはそのまま街の活気の低下に結びつく。他領からの観光客も減ることは間違いない。
海の生態系を完全に変えてしまえば、時々沈められる船舶よりも甚大な被害が及ぶだろう。
「なるほど、そういうことですか。たしかに」
アラベッタの言葉をあっさりと飲み込むんだエインズ。




