13 第1章 終
時間が経てば村の熱気は落ち着いた。
夕日も完全に沈み、真っ暗な空に数多の星が輝く。
村の人たちは各々帰っていき、ぱちぱちと燃えるたき火には、エバン、シリカ、エインズしか残っていなかった。
「エインズ、今日は本当に助かった。お前の魔法の腕は素晴らしいものだ」
「そうね。私は前から目にしてたけど、こんなに魔獣に対抗できるなんて思わなかったわ」
「知っていたのなら話さないか! エインズが森に入ったと分かった時は内心肝を冷やしたぞ、まったく」
「それは私も。見た目、すごいすごいと思ってもそれが魔獣に効くのかは分からなかったし」
エバンとシリカの言い合いは続く。
「あ、あの……」
エインズはたまらず話に割り込む。
「ああ、すまない。エインズには白けさせてしまうかもしれないが、村人は現金な者でな。これまでエインズに対して冷たい眼を向けていたのは分かっていた」
シリカと言い合っていた先ほどの勢いは既になく、ぽつりとエバンは話し出す。
「しかし、村の了承も得ずに俺とシリカがお前を助け、良くも悪くも居住を許してしまった」
「わかっています。タス村だって冬は厳しい。食料はもちろん、燃料だって。部外者だった人間に、それも身体が不自由で村にとって何の利益も生み出さない人間に資源を分け与えるのは抵抗があるものです」
「うむ。それでも俺たちはそういった状況を何とかしてやりたかった……。力及ばずそれは成し得なかったが」
エインズは横目でちらりとシリカを見ると、目を伏せて口を真一文字に結んでいた。
「それでもお前は今こうやって、自分の力だけで村の人たちを変え、感謝されるまでになった。もう部外者だとか役立たずとか、そういった幼稚な事を言う輩はいないだろう」
エバンは一区切りし、エインズの両肩を掴んで続けた。
「もうエインズはこのタス村には欠かせない村民だ! これまでタス村での生活は俺やシリカ、カリアだけで環境が完結していたと思うが、図々しいとは思うがこれからはタス村の一員として貢献してほしい!」
「それと、一人で抱え込まず、自分のやりたいことをしてほしい。周りにいっぱい迷惑をかけてくれ。エインズが救いを求めるのなら俺たちは全力でお前を助ける。俺たち、いやタス村とお前とは義理な関係じゃなく、村民として助け合いながら生きていきたいと思っている!」
エインズの肩を掴む力が一層強くなる。
「……ありがとうございます」
エインズは俯きながら答えた。
まるで罪悪感から目を背けるように。
「……僕はタス村のみなさんと仲間になれる人間ではありません。シルベ村から助けてもらったエバンさんやシリカには感謝しています。それでもあの時――シルベ村が襲来された時、僕は何もできず、行動を起こさなかった。あまつさえ、敵の魔法に目を奪われていた。僕がこれまで知らなかった魔法の世界に魅了され、恋焦がれた。その姿を敵に呆れられながら『存分に後悔しながら死ね』と言われる始末。……僕は父や母、シルベ村のために生きれた人間じゃなかった」
エインズは続ける。
「そしてタス村に来た時だってそうだ。僕はあの村を燃やす炎に、敵の使った魔法に囚われるようにして魔法にのめり込んだ。今回のことだってそう。あの三人を助けたくて動いたなんて高尚なものじゃない。ただ自分の魔法の探求のため、森に入り、魔獣の生態について知るための絶好の機会だと思った。結果として三人を救ったかもしれない。それでも、……間違っても他人のために動いたことなんかではないんです」
そこからもエインズの言葉は紡ぎ続けられた。
タス村に来てからこれまでにどのように考え、どのように生活してきたか。
それは懺悔のように、自分を戒めるように。
エバンは最初エインズの言葉に驚きを見せたが、すぐにこれがエインズの心から出た言葉なのだと気づき聞き入った。
シリカはこれまでのエインズの言動からうっすらとその辺りを読み取っていたが、はっきりと言葉で示されたのはこれが初めてで一歩エインズとの距離を縮められたように感じた。
「……エインズの本音はよくわかった」
「はい。……ですから」
「みんなから謝罪され、感謝された時、お前はどう感じたんだ? 心は動かなかったのか?」
「いえ、嬉しく、思いました。だから……」
「だから罪悪感を覚えてしまったのだろう? それでいいじゃないか」
「えっ?」
「俺たちはお前と罪悪感を覚えてもらえる程の関係になれたってことだ。これまで無関心だったエインズ、お前がだ」
「……」
「お前はもう立派にタス村の一員だ。それ以上はあってもそれ以下はない」
問題は解決した。
エバンは軽くエインズの背中を叩き、シリカに目配せする。
「ほら、帰りましょ。お母さんが待ってるわ」
「……」
エインズはその場を動かない。
「どうしたの?」
「皆さんの仲間になれるのはすごくうれしいです。だからこそ、タス村の仲間として、やりたいことがあります」
エインズの青色の瞳と白濁とした瞳がエバンとシリカに向かう。
「魔法の、いや、魔術の探求がしたい! 何も成せなかったシルベ村のために、仲間として迎え入れてくれたタス村のために! 僕の魔術をもって貢献したい!」
「魔術? ……エインズの魔法の腕をこれからも期待できるのならとても嬉しいぞ」
エインズの瞳にはこれまでなかった火が灯っている。
「エインズ、森で何か見つけたの?」
シリカはエインズの続きを促す。
彼にはまだ何か言いたいことがあるはずだ。
「うん。森で小屋を見つけた。その小屋は建物から内装、装飾に至るまで僕の知らない魔術的要素で溢れていた。僕はそれを自分のものにしたい。それは自分のためだけでなく、みんなのために! だから」
「森で、その小屋で生きていくのね?」
「うん」
話の流れが見えなかったエバンは驚いた。
だが、エインズの強い信念を感じる返事を無下にしてはいけないとすぐに理解した。
「……なにか欲しいときや困ったときははっきりと言いなさい。俺やシリカが遣いとしてその小屋まで行くから」
「ありがとう。それじゃ、行くよ」
「いまから?」
「カリアさんにも挨拶したかったけど、今すぐにでも取り掛かりたい!」
エバンはため息をつきながら、
「カリアには俺から言っておこう」
「ありがとうございます! それじゃ、行ってきます」
エインズの車いすは再度森の方へ向かい、動き出す。
夕日は沈み、数多の星が輝く夜空を背負って進む。




