06
「なんだ? 見て分かんねえのか。食事中だ馬鹿」
「そんなこと言っている場合じゃねえ! 魔獣が現れたんだよ!」
店の入り口、男の背中越しに街の人が何かから走り逃げる様子が見えた。
それでやっと客の多くがただごとではないと察する。
「ま、魔獣って。どこからそんなのが来るんだ」
「海だ! 魔獣もわんさか出てくるわ、海の番人も顔をのぞかせてやがる!」
「まさか……。エリアスの海は穏やかで有名だろう? なんでまたそんな……」
店内に流れていた和やかな空気はすでに消え去っており、徐々に店内を恐怖が支配する。
店の外の喧噪が普段のそれとは異なり、悲鳴に変わっていた。静まり返る店内に外の悲鳴が聞こえる。
エインズは状況も理解できず、フォークを片手にきょろきょろと周囲を見回す。
客の一人が手にしていたナイフを床に落とした。
忙しなく動いていた店の人間も足を止め、誰も口を開かない店内にその音はいやに響く。
直後、エインズらを除く全ての客が一斉に立ち上がり、我先にと出入口に走る。
テーブルを押し倒し、置かれた料理は床にひっくり返り、客は気にすることもなく床の料理を踏みつけながら店の中を走る。
「どけえ!」
「邪魔だ! 早く出ろ!」
「てめえ太りすぎだ! 邪魔で出れないだろ!」
皆が料理を楽しんでいた時とは打って変わり、乱暴な言葉や罵声が飛び交う。
出入口付近で客が密集し、転ぶ者や服を掴まれ破れてしまう者など、最悪な状況が生まれていた。
「ちょ、ちょっと! 僕の料理は!?」
逃げ出そうと出入口へ向かう店員に、エインズが静止を求める。
「そんなこと言っている場合じゃないよ! お客さんも早く逃げないと!」
「えぇ……」
寸前でまさかのお預けをくらったエインズはがっくりと肩を落とした。
店員はエインズに構っていられないとばかりに、すぐに駆けていってしまった。
「エインズ様どうされますか? 私たちも出た方がいいのでしょうが」
「つっても入口があんなのになってちゃ、出るに出れないだろう」
肩を落としているエインズの横で、ゆったりと水を飲んでいるタリッジ。
「……仕方ない。出入口が落ち着くまでいようか。匂いだけでも楽しむとするよ……」
「また来ましょうエインズ様!」
エインズのグラスに水を注ぎながら慰めるソフィア。だがエインズはただため息をつくだけだった。
場違いに落ち着きを見せている三人が外に出られるのにはもう少し時間がかかるのだった。
「なにこれ?」
外に出たエインズの一声。
半魚人がかなりの数街を闊歩していた。
逃げ惑うエリアスの住民や観光客。負傷している者も多く見られる。
「どこから来た……って、そりゃ海からに決まっているか」
「エリアスの海は穏やかなものだと聞いていましたが、芳しくないようですね」
「こいつらが原因で僕の料理が……」
剣を抜くソフィアとタリッジ。
三人に近寄ってきた半魚人を容易く両断していく。仲間の断末魔の悲鳴に他の半魚人がエインズらのもとへ群がっていく。
「おいエインズ、どうするんだ? やられることはねえけどよ、面倒がすぎる」
突っ立っているエインズの前でソフィアとタリッジが剣を振るい、切り分かれた半魚人が地に伏していく。
「とりあえず海の方に向かおうか。『海の番人』がどうのこうのって言っていたし」
エインズは義足を一つ鳴らす。
一瞬にして周囲の半魚人が氷漬けになり砕け散っていく。
「やっぱり魔法ってのは便利なもんだな。剣を振り回しているのがあほらしくなってしまうぜ」
「エインズ様の魔法は、脳みそまで筋肉のタリッジには出来ない芸当ですよ」
「はっ。お前だって魔法が使えないじゃねえか」
剣を一度鞘に戻す二人。歩き出したエインズの後ろを並んでついていく。
半魚人の襲撃に遭い、損壊した家屋や倉庫を眺めながら途中に遭遇する半魚人を一蹴していくエインズ。
ある程度近づくと勝手に氷像に変わり、砕け散る。エインズの魔法を前に、ソフィアもタリッジも剣を抜くことはなかった。
逃げ遅れていた住民も襲い掛かってきていた半魚人が砕け散る様子に何が何だか理解できていない様子。
それでも助かったことだけは理解し、すぐにその場から立ち去った。
エインズらが船舶の多くが停泊している港の方まで近づくと、そこでは鎧を身にまとい長い槍を突き出しながら半魚人に抵抗する騎士が多く見られた。
それでもソフィアやタリッジ程の腕前はなく、撃退するのに時間がかかっているようである。
「騎士がいっぱいいるね。やっぱり海で何か起きたんだろうね」
エインズは騎士らの中に紛れて装いが豪華な女性を見つける。
貴族のように見られる女性も剣を片手に最前線で半魚人を撃退していく。
「騎士を連れているところを見ると、エリアスの領主でしょうか?」
「だろうな。観光に来ている貴族なら相手せずいち早く逃げているだろうぜ」
彼女らに近づくにつれて領主の飛ばす指示が聞こえてくる。
「早くするんだ! 敵はここだけじゃない。街の中にまで侵入してきているんだぞ」
住民に被害が及んでしまっている現状に苦い顔をする女領主。
「で、ですが! 数が多く、現状で手一杯です!」
自分の料理を妨害されてしまったエインズ。とりあえず現状を把握したいと思い、女領主らのもとへ近寄る。
「あの、すみませんが今ってどういう状況なんですか?」
急に現れたエインズの場違いに呑気な声に驚いて振り向く女領主。エインズに顔を向けている間も半魚人の攻撃はおさまらない。
「今そんなことを説明している時間はない。お前も早くこの場から避難するんだ!」
女領主はエインズをあしらうと、すぐに敵に目を向けて剣を構える。
エインズは顎に手をやり、なるほどと頷く。
確かにこの状況で、彼女が落ち着いてエインズに説明できるとは到底思えない。であるならば、彼女らが落ち着ける環境を整えることが先決である。
エインズは義足を鳴らす。
先ほど同様、一瞬にして辺りの半魚人は全て氷像に変わり砕け散る。槍を構えていた騎士はそのままに、冷たい冷気を残し動く敵はいなくなった。
「これで落ち着いて説明してくれますか?」
「お前はいったい……」
目の前の光景に瞠目する女領主。
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『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~』
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