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05

 老婆はそこでタリッジが言わんとしていることを理解した。


「……おまえがその釣っちゃあいけない相手だっていうのかい? マヌケのくせにその図体を活かした威圧する知恵くらいはあるんだね。だけど悪いがそのお願いは聞けないね」


 だが老婆はタリッジをまともに相手せず家の中へ戻り、そのぼろいドアを閉めたのだった。

 タリッジはため息を吐いて、ゆっくりと老婆が入っていった家へ向かい、ドアの前で立ち止まる。

 少年はタリッジがいったい何をしようとしているのか、ぼうっと眺めるだけだった。


 次の瞬間。

 タリッジはその大木のような脚でドアを蹴り破った。

 大きな音を立て、吹き飛ぶドア。少年は驚いてその小さな体を震わせた。


「な、なんだい!」


 ポーチを手にしていた老婆は初めて焦った声を上げた。

 タリッジは木で作られている家の壁を大きな手で鷲掴みながら老婆の顔を見た。その焦った顔に笑いそうになるのを堪え、タリッジは口を開く。


「これはお願いじゃねえ。そのポーチを返さねえと、ババアが飲み込まれるのは瓦礫の海ってことになるが海を泳ぎ切る自信はあるか?」


 タリッジが握りしめる柱がミシミシと音を立てる。



 老婆からポーチを奪い返したタリッジはおんぼろの家から外に出る。

 目の前には不安そうに数枚の硬貨を握りしめる少年がタリッジに目を向けていた。


「取らねえよ。それはお前がリスクを払って手に入れた成果だろ? 盗られたマヌケが悪いってのは変わらねえ」


「……」


「お前に何の目的があるのか知らねえが、今日を食い凌ぐためのパン代ってわけではなさそうだな」


「……」


 無言を続ける少年。

 少年が向けるような目がタリッジは嫌いだ。


「だがよ、こんなのはいつまでも続けるもんじゃねえ。相手が悪けりゃ、そのうちお前は死ぬぞ。まあ、お前に手を差し伸べるつもりもねえから、おまえがどう生きようが勝手だがよ」


 少年の前を通り過ぎ、日の差すところへ戻っていくタリッジ。


「お前の骸を見ないことを俺は祈っているぜ」


 それでも少年は強く硬貨を握りしめながらタリッジの背中をその姿が消えるまで眺めていた。

 喧騒が広がる人込みの中に戻ったタリッジはエインズとソフィアが先に入っているであろう店に向かった。


 周りよりも背が高いタリッジは苦もなく前を見通すことができる。前もってソフィアから聞いていたエインズらの寄っている店をその目で見つけ店内に入った。


 すでにエインズたちは着席していたが、まだ注文は通っていないようでテーブルの上に料理は並んでいない。


「料理はまだだったのか」


 丸テーブルに座るタリッジ。


「タリッジ、どこ行っていたの?」


 楽しそうにメニュー表に目を落としているエインズ。


「ほらよ。落とし物だ」


 タリッジはテーブルの上にポーチを置いた。


「えっ!? あれ? いつの間にか失くなっている」


 置かれたポーチに目をやり、ポーチをかけていた腰に手をやったエインズ。どこで落としたのだろうかと首を傾げているが、やはり盗られたことには気づいていないようだった。


「この人込みでしたからね、何かの拍子で落としていても無理もありません」


 ソフィアは頷きながらポーチを確認する。


「そうか、タリッジはこれを探してくれていたんだね。いやー助かったよ。ブランディ家の紋様が入ったメダルを失くしてたらなんて言われていたか……」


 以前エインズが受けたように、カンザスからねちねちと長時間受けた説教を思い出し顔を青くする。


「……おかしいですね」


「ソフィア、どうかした?」


 何かに気づいたソフィア。顎に手をやりながらポーチをじっと確認していた。


「先ほどよりも少し膨らみが小さくなっている気がします。タリッジ、さては貴様、中身を幾分かくすねましたね?」


「……お前、やばいな」


 なんで見ただけでソフィアはそれに気付けるのか、タリッジは戦慄した。しかも少年が盗ったのは、その中の硬貨を数枚程度。

 ことエインズに関わるものにおいて驚異的な観察力を持つソフィア。


「やばいのはあなたです、タリッジ。エインズ様のお金をくすねて何をしていたのですか」


「タリッジ、そうなの?」


 ポーチを開けて中を確認するエインズだが、中身がどれだけ減ったのかまったく分からない。


「ちょっと屋台で買い食いをな。別にいいじゃねえか、落として無くなるよりか拾ってきてやったんだ少しくらい分け前があってもよ」


 ガキの使いじゃねえんだ、と悪びれる様子もないタリッジ。


「それとこれとでは話が別だ。だいたい何だ貴様のその態度は」


 ソフィアも、エインズがポーチを落としたのではなく少年が盗ったことは確認している。タリッジに対して取り返すよう合図したが、だからといって金を使ってもいいなどと容認したつもりはない。

 二人のいつもの言い合いが始まりそうになり、エインズが間に入る。


「まあまあソフィアも。別にいいよ、実際助かったんだし。全部使ったんならまだしも、見たところ少額みたいだしね」


「エインズ様がそうおっしゃるのなら……」


 エインズの手前強く出れないソフィア。

 そら見たことかと憎たらしい表情を見せるタリッジ。


「貴様っ……。エインズ様の寛大なお心に感謝しろ!」


「おう、ありがとよ。今度は落とすんじゃねえぞ」


 すぐさま腰の剣に手をかけるソフィア。

 両手を上げておっかなそうに見せるタリッジ。


「お店の中でだめだよソフィア。ほら、それよりも待ちに待った料理だ。今は運ばれてくる料理を楽しみに待つ時間だよ」


 ソフィアの険しい表情とは反対にうきうきしながらフォークを手にするエインズ。

 店内は広く、多くの客が目の前の魚料理に舌鼓を打っていた。食指をそそる匂いに、食事をしながら会話を楽しむ客。店内には和やかな空気が広がっていた。皆、目の前の料理に集中しており、誰もソフィアの剣吞な雰囲気に気づいていない。


「ふぅ……。そうですね、エインズ様が楽しみにされていた食事の時間です。争いごとはいけませんね」


「俺は争うつもりもなかったがよ」


 三人はそれから料理が届くまでの間、廻りの様子を観察しながらどんな味か想像しながら雑談に花を咲かせた。

 まもなく料理がエインズらのテーブルに運ばれるところ、勢いよく店のドアが開けられた。


「大変だ! 今すぐここから避難しろ!」


 漁師の一人と思われる男が店内に入ってきた。男は滝のように汗を流しながら、息を切らして叫ぶ。


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『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~』


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