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02

 関所をぬけると、活気あふれる街並みが広がる。

 商人に加え恰幅の良い男衆もあちらこちらに見受けられる。港湾都市は貿易の中心地に加え水産業が盛んという側面もある。恰幅の良い男たちはここの漁師である。


 サンティア王国領土において、海に面している都市は港湾都市エリアスのみである。そのため国内の食用魚介類の需要は高く、その供給のほぼ全てをエリアスが担っている。


「活気のある街だな。……まあ、キルクの一般街区とは比べものにならないが」


「血気盛んな漁師や商人、観光客なんかも多くいますからね。キルクとはまた違った賑わいを見せているでしょう?」


「ああ、少し萎縮してしまうな」


 あたりには怒号に似た野太い声が広がる。

 こういった荒々しい口調になれていないダリアスは少し身体を小さくしながらルベルメルの横を歩く。漁師のほぼ全てがダリアスよりも大きな体つきをしており、ダリアスくらいの歳の青年ですら筋肉の付き方が違う。


 そんな中、ルベルメルはどこ吹く風といった感じで街に溶け込んでいた。


「ダリアス様、こっちですよ」


 ルベルメルはダリアスの手を引いて、人の間を縫っていく。


「おいルベルメル、引っ張るな。どこに行くんだ?」


 ダリアスはわけも分からず引っ張られ続け、人込みを抜けたあたりでルベルメルは足を止める。


「ダリアス様、前をご覧ください」


「いったい何があるって言うんだ……」


 疲れたような顔でルベルメルに言われるがまま視線を前に向ける。

 顔を上げたダリアスの目の前いっぱいに広がるのは、藍色のどこまでも続く海。


「おお……」


 空の水色に海の濃い青が視界いっぱいに広がる。初めての景色にダリアスは圧倒された。


「ふふっ、ダリアス様の純粋な子どもの一面を見た気がします」


 あれだけ不快に感じていた潮の臭いも、目の前の光景を見た後では感じ方が違う。

 浜辺では観光客の多くが履物を脱ぎ、裸足で波打ち際を歩いている。


「あれも結構気持ちいいものですよ? 冷たい海水に、砂に埋もれていく感覚。私もクセになってしまっています」


 ダリアスの横でルベルメルが「後で行きましょう」と言ってきたが、泥の中に裸足で突っ込むことにかなりの抵抗があるダリアスは聞いていないふりで過ごした。ダリアスは元温室育ちの貴族だったため、汚れることに抵抗がある。


「……なるほど。あの船の数を見るに物資の搬入搬出がかなり盛んに行われているのが分かるな。あれを麻痺させるとなると、生半可な協力者ではうまくいかないだろう」


「では行きましょうか、その協力者との顔合わせに。待ち合わせ場所はすぐそこでございます」


 海を後にして、二人はエリアスの協力者のもとへ向かうことにした。





「どうも、ルベルメルです」


 船舶が並ぶ目の前に物品を保管している倉庫が多く立ち並んでいる。その中の一つにダリアスらはいた。


「あんたがルベルメルかい? 思っていたよりも随分と……」


「可愛いですか?」


 間を置かずに答えるルベルメル。

 男が言いたかったのはそんなことではないだろうと思いながらも、ただ口を閉ざしているダリアス。


「いや、ああ、まあそうだな。荒事が似合わなそうでな」


「そうですね、よく言われます。ですが、そういった容姿の方が謀はうまく行くでしょう? 悪人面を晒して周囲から警戒されるよりも、虫も殺さぬ顔の方が悪事には適しています」


「たしかに。俺みたいな悪人面よりか随分と動きやすいだろうな。……すまなかった」


 ルベルメルよりも背の高い男が頭を下げる。

 男はルベルメルを見下すような言葉を続けようとしていたのだ。それをルベルメルは冗談と皮肉で男に見くびるなと伝えたのだ。


「いえいえ、私も可愛いなどと褒められれば嬉しいものですから」


「……いや、別にあいつはお前のことを可愛いとは言っていないだろう」


 ボソッと呟くダリアスに、ルベルメルは「ん?」と首を傾げる。


「それと、あんたの横の少年は誰なんだ? あんた一人が来るというふうに聞いていたんだがな」


「この方はこちらへ向かう途中で私どもの仲間になりました、ダリアス様です」


「ダリアスだ」


 ダリアスは胸を張って男の目を見る。


「ダリアス……。あんた、家名とかはないのか?」


「ああ、ただのダリアスだ。なぜそう思う?」


「いや、物怖じしないところや佇まいが堂に入っていたからな、てっきりどっかの貴族の子どもとばかりに思ったんだがな。まあ普通に考えれば貴族のガキがこんな暗いところにいるわけがないか」


 顔に傷のある男が頭を掻く。

 この男、意外と鋭いところがあるじゃないかとダリアスは内心呟いた。ルベルメルは小さく「そういうのは、すぐに見抜けるものではありません」とダリアスに耳打ちした。


「ああ、すまない、名乗るのが遅くなった。俺はディナーツ。後ろのやつらも俺の部下みたいなものだ。立ち話もなんだ、そこで葡萄酒でも飲みながら話すとしようか」


 ディナーツに案内されながらルベルメルとダリアスは後ろを歩く。

 ディナーツの部下たちがダリアスらを囲むようにして、その動きを見張っている。


「すまんな、こいつらも俺に似て悪人面がひどいもんでな。気を悪くしてしまったら申し訳ねえ」


「いえいえ、こういった視線には慣れていますので」


 四人掛けのテーブルに案内されたダリアスとルベルメルは横並びになるように座る。その対面にディナーツが座った。

 ディナーツが部下に指示を出すと、グラスが三つとボトルが一本テーブルに置かれた。


「ダリアス、あんたも飲むか?」


「もらおう」


 グラスを受け取るダリアス。

 少し心配そうな視線を向けるルベルメルにダリアスは目だけで答えた。


「なんだ、成人していたのか。酒が飲めないんならレモネードあたりなんかをと思っていたがな」


 ディナーツにワインを注がれたダリアスはスワリングしてワインを空気に触れさせる。


「成人はまだしていないが、口は慣らしてある」


 そうしてダリアスは一口含んで、味を確かめる。

 これでもダリアスはもともと王国最古参の貴族であるソビ家の人間である。口にしてきたワインは全て一級品。


 舌の上に転がる雑味や粗末な葡萄の味にダリアスは眉間にしわを寄せて無理に喉に流し込む。間違いなくこれはダリアスが口にしてきた中で一番粗末な代物。


 だがそんなダリアスの背景を知らないディナーツには、単にダリアスが強がって酒を飲んでいるようにしか見えない。


「がはは! 悪かったな、やはりレモネードを持ってこさせるとしよう」


「ああ、頼む」


 一口飲んだだけでグラスを置くダリアスにディナーツは笑いながら部下に指示を飛ばす。

 ダリアスはただ、こんな不味いワインを飲んでいたら自身の舌が腐ってしまうと思い飲むのを止めただけだったのだが。


「恵まれすぎるとかえって生き辛いものなのですね」


「どういうことだ?」


「いいえ、なにも」


 渋い顔を続けるダリアスに向けて言葉を投げたルベルメルはグラスを片手にディナーツの問いかけをはぐらかす。


 美酒とは言えないものの不味いとも思わないルベルメルはグラスを傾ける。

 ディナーツもルベルメルが飲んだ様子を見て、自身のグラスにワインを注ぐ。

 グラスを鷲掴み一気に中身を呷る。


「酒も入ったところで、それじゃ早速本題にでも入ろうか」


 最低限の数の魔力灯で照らされた薄暗い倉庫で、ダリアスとルベルメル、そしてエリアスの協力者ディナーツが顔を突き合わせた。


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『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~』


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