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〇
「ガウス団長、カンザス=ブランディ侯爵がいらっしゃいました」
「分かった。こちらに案内してくれ」
ここはアインズ領、銀雪騎士団の会館その一室である団長室。
着ている衣服を胸元で開けさせ、そこから精悍な胸板を覗かせる短髪の男は銀雪騎士団の団長にして、アインズ領の統治を代理しているガウス。
書類の山に向かい、ペンを走らせていたガウスは部下の連絡に手を止めて椅子から立ち上がる。
程なくして部屋のドアが外からノックされる。
「どうぞ」
短く息を吐いてから応えるガウス。
開かれた先には部下に連れられた、優しい雰囲気を醸し出す男性。その顔つきも優しさに穏やかさを見せた、対した相手に近寄りやすさを感じさせる。
「(……カンザス=ブランディ)」
そんな外見とは裏腹に、王都キルクの政治というどろどろと底が見えない伏魔殿を長きにわたり生き残っている強者。
実力はさることながら、その政治力や嗅覚は類いまれなものである。
王都の派閥が、王族とソビ家そしてブランディ家の三つに分かれるほどに大きな力を持っている人物。
傑物である。
「お忙しい所かたじけない、ガウス団長。わざわざ私のために時間を設けてもらい大変有難い」
「こちらこそ侯爵様にこんな辺鄙なところまで遠路遥々お越しいただいて恐悦至極。さあ、どうぞおかけください」
カンザスが来客用ソファに腰を下ろしたのを確認して、テーブル越しにカンザスに向かい合うかたちでガウスも腰掛ける。
「私も魔法士の身、やはりアインズ領に入りますと身が引き締まりますね」
朗らかに語り始めるカンザス。
「カンザス様でもそうですか。私どももアインズ領を築き上げた先達らに恥じぬよう常に身を引き締めていますから同じようなものですな」
ははは、と笑いながら答えるガウス。
カンザスを連れてきた部下は、テーブルの上に二人分の水が注がれたグラスと水差しを置いて部屋を後にする。
「こうあれでは、互いに心の内を吐き出せないでしょうから、ここはどうでしょうかガウス団長。お互い嵐の中に身を投じている仲、ざっくばらんに行きましょう」
「……まあ、そうですな」
カンザスは知っている、銀雪の魔術師にして魔神と称されるアインズ=シルバータの正体がエインズであることを。
そしてその内容は王都にいるソフィアからガウスも連絡を受け取っている。
「ガウス団長、単刀直入にいきますが我らブランディ家と協力関係になっていただきたい」
真っすぐガウスの目を見て話すカンザス。
「我々アインズ領は王国に対していつも協力的でございますが? あまり値打ちをこきたくないのですが今の生活水準があるのもアインズ領発祥によるものが大きい。これが協力でなくてなんとしますか」
「ええ。今では当たり前になってしまっているこの環境、これもすべて銀雪の魔術師と悠久の魔女、そしてアインズ領によるもの。皆が平和に笑っていられるのもそのおかげです。だが、私が言っているのはそういうお話ではなく」
ガウスも分かっている。
カンザスが何を言わんとしているのかを。分かったうえで明後日の方向に話を持っていった。それにカンザスが乗ってきたならばそれはそれでいい。
つまりは、ガウスは線を引いたのだ。
互いにエインズの正体を知る者同士、カンザスはアインズ領の人間ではない。今なら線を越えてこちらに来ることもせず引き返すこともできる。
わざわざカンザス自らアインズ領まで出向いている時点でそれなりの覚悟があるのだろうが、それでも最終勧告はしておくべきだ。
ガウスは一口分、水を飲んでから口を開く。
「カンザス様、貴方は何を望んでおられる? 王国における絶対的な力か。次の玉座か?」
伏魔殿の猛者を相手に鋭い視線を飛ばすガウス。
「私が求めるのはただ一つ、皆が求める平和の実現」
「……」
「ガウス団長もご存じだろう、今の王国内部における力関係は三分している。恥ずかしながらその一つが我らブランディ家だ。しかしこの状況は健全ではない。絶対的統治者はおらず、各派閥が牽制し合い、金をかき集め、力をかき集めているこの状況。必ず自壊する。その歪みがどこに出るかは自明の理。今の王家もよくやっているとは思う。だが、この平和は亀裂が入り綻び始めている基盤の上で成り立っている」
その基盤の寿命も近い、とカンザスは結んだ。
ゆっくりとグラスに手を伸ばし、手にしたグラスを傾け、水を飲むカンザスの動作に一切の震えも躊躇もない。
「絶対的統治者の是非、これに我らは関与するつもりはありません。ですが、絶対的統治者を是とするならば、それは賢明な王でなければならないことは確か。カンザス様はそうなるおつもりか?」
「私でなくてもいいのですよ。ただ、現状を考えると私がそれを成すのが一番だと考える。私の娘と同じ歳くらいのハーラル王子やキリシヤ王女もいらっしゃる。だが、彼らが統治する次世代で間違いなく基盤は崩壊する。ソビ家がそうさせる、そして巻き込まれるかたちでブランディ家もその中に入っていく」