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「リーザロッテ様、失礼いたします。キリシヤでございます」


 王城の一室、キリシヤはドアをノックして返事を待つ。


「キリシヤか。入っていいぞ」


 キリシヤはドアを開け、頭を下げて中に入る。

 日も完全に沈み、窓から覗けるのは、半分に欠けた月のみ。

 天井から吊り下げられた、魔石を動力とした豪華な魔力灯が煌びやかに輝いている。


「どうしたキリシヤ。妾はそなたを呼んでおらんぞ?」


 そう話すリーザロッテは、テーブルを前に座って食事をしていた。


「先日の……、書庫での一件についてお聞きしたいことがございます」


 リーザロッテの食事、キリシヤはいつ見ても彼女の食事スタイルが慣れない。

 夜だというのにリーザロッテの前にはサンドイッチ、目玉焼き、フルーツ、そしてミルクといった軽食。それも朝食として食べられるものばかり。

 そんな食事を取ってしまえば、身体は今が朝だと勘違いしてしまいそうだ。


「なんだ。片が付いたであろう? もちろん、学院の復旧にはちと時間はかかるがな」


 まるで無理やり口に突っ込むようにしてサンドイッチを頬張り、ゆっくりと咀嚼するリーザロッテ。


「そうではありません。なぜあの時、リーザロッテ様はエインズさんを止めたのですか? エインズさんは私の望み、『正義』を形にしてくれたかもしれないのです」


 それは力のこもる強い眼差し。

 リーザロッテはちらりとキリシヤの目を見た後すぐにテーブルの上のフルーツに目を落とす。


「いいや、そうはならん」


 きっぱりと言い放つリーザロッテ。


「どうして」


「それは魔術だからだよ。そなたの『正義』を魔術という形で表すにすぎない。キリシヤもあの場を見ていたのなら薄っすらと分かるだろう? 魔術の本質が」


 リーザロッテはため息をつく。キリシヤに対して魔術を話したくはなかった。それを聞けば興味を持つことは必至、志を高く持ち実現できずに藻掻く人間ほどその万能な一面に目がくらむ。

 だが魔術はそんなに優しいものではない。


「魔術の本質は欲望だ。何にも代えられない欲望を形にしたもの、それが魔術だ」


「はい、ですから私は私の思う『正義』を魔術に——」


「そなたの『正義』、それはなべて自身が正確に把握出来ている欲望か?」


「……どういうことですか?」


「欲望とは心の奥底に潜むもの。自身でも完全にそれを把握することが難しいくらいにな。そして魔術は欲望に忠実だ。外面の美しい理想論を語った言葉だろうが、醜い言葉だろうが魔術にそれは関係ない」


 丸いフルーツをフォークで刺そうとしたリーザロッテだが、フルーツはまるでフォークから逃げるように転がる。


「特に『正義』を形にしたいのであれば尚更だ、キリシヤ。自身の欲望を完全に手なずけなければきっとそなたの思う魔術にはならんぞ」


「……」


「……魔術は個人の欲望なのだ。個人の欲望が万人のためのものである方が不自然だ。どこかに綻びがある、醜悪がある、残虐性がある。妾がそなたとエインズの間に入ったのはまさにそこよ。そなたは自身の欲望と『正義』に向き合えていない。これではきっと魔術に目覚めたとしても、その後の現実に苛まれていただけであろう」


 フォークで刺すのが煩わしくなったリーザロッテは、手つかみ口に運ぶ。

 その酸味がリーザロッテには不愉快。


「……」


「……魔術など万能なものではない。己の想いだけで目覚めた魔術ならまだ良い。だが、人の言葉を借りて気づかされる欲望の形は、完全に把握できておらず大きな乖離が必ずある。加えて魔術にはそなたらが知らぬ呪縛がある。自身が思い描く理想の魔術の発現に至らなかったとしても魔術の呪縛は必ずあるのだ」


 キリシヤは、リーザロッテの「魔術の呪縛」という点以外については何となく理解でき、納得できた。

 そしてつまり、今回もまたキリシヤはリーザロッテから守られていたことに。


「そなたの『正義』は魔術以外でも実現できるだろう、その志を失わなければ。そして仮に、それが自身の願いのみによって魔術に至ったのであればそれこそがキリシヤにとって正しい『正義の魔術』なのであろうな。その時は妾もそなたを、歓迎しよう」


 そう語るリーザロッテの表情は歓迎するような嬉しさをまるで内包しておらず、その逆に見られる。


「リーザロッテ様は私を書庫から帰したあと、エインズさんと何か話されたのですか?」


「何もしておらんよ。やつは妾に対して好戦的だったがな、あそこでやり合ったところでお互い無為な時間を過ごすだけだ。魔術師の『死』は制約によってのみ裁定される」


 制約? とキリシヤは疑問に思ったがそれは魔術師にとっては当たり前の周知の事象なのだろうと考えた。


「それでもエインズさんもリーザロッテ様も、……人、なのでしょう?」


「ふふ、『人』か。久しく自身を人だと定義することを忘れていた。だがそうだ、妾もやつも血を流すし、老化もする。栄養を取らなければ病にかかるし、餓死もする。長剣で胸元を突き刺せば心臓だって止まる、なんら変わりはない。だが、魔術師にとっての『死』はそこにはないのだ、キリシヤ。魔術の呪縛がそれを許さない」


「……」


 キリシヤにとってそれらは全く理解できない内容だった。だが、魔術はキリシヤが思っていた程、美しく万能なものではないことはぼんやりと認識できた。加えて、どこか恐ろしさを内包していることにも。


「話はそれだけか? ならば戻れ。もう夜も遅いだろう」


「……はい、ありがとうございましたリーザロッテ様。貴重なお時間をいただきまして」


 頭を下げるキリシヤ。


「よいよい。妾が何と呼ばれているか知っているだろう? 悠久の魔女だぞ。妾が過ごす時間の大半は無為なものよ。やはり人と言葉を交わすのは良いことだな、こう一人で長い時間を過ごしていると味気ないものだ」


 リーザロッテは目尻を下げ、頭を戻したキリシヤを見やる。

 キリシヤは穏やかなリーザロッテの表情が見られ、ほっと一息つけた。


 そのままドアを開け、出る直前で再度頭を下げてから後にするキリシヤ。

 ドアの閉まる音が聞こえて、部屋にはリーザロッテ一人となった。


「……まったく。キリシヤの自我が揺れ動いていると言うのに、ヴァーツラフもハーラルも何をしているのか。……やつらは本当に決定的な場面において手遅れになってしまう、血は争えんな」


 そうリーザロッテは空いた皿を見ながら呟き、そして自嘲するのだった。


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