24
「いつからですか?」
「砂塵が舞った時ですね」
なるほど手のひらの上で踊っていたのか、とセイデルは笑いが込み上げてくる。
「なかなか面白かったですよ。魔力体とはいえ、僕に一撃与えたのですから。……というか僕、こうやって見ていると注意力がなさすぎますね」
と苦笑いするエインズ。
「ありがとうございました。こんなにも戦いの中で考えたのは初めてですよエインズ殿。単純に魔法をぶつけるだけが魔法士の戦い方ではないのですね」
「魔法は魔法でしかなく、戦いそのものではありませんからね」
エインズはセイデルに手を差し出し、掴み返してきたセイデルを引っ張り上げる。
体勢を戻したセイデルは再度、エインズを正面に見据え感謝の気持ちを伝える。
「今回は手合わせしていただきありがとうございました。今度、エインズ殿と再戦するまでに腕を磨こうと思います」
エインズは「それは楽しみですね」とほほ笑み返しセイデルの手を離す。
「そういえばエインズ殿、これからはどう動くつもりなのですか? 魔術学院の興味も無くなったそうですが……」
「ええ。ちょっと他のところも見て回ろうかなと思っていまして」
「キルクを離れるのですか?」
「少しの間だけ。行先はまだ決めていませんけど」
そうですか、と頷くセイデル。
「エインズ殿に言うのもあれですが、ご武運を」
「セイデルさんも、お元気で」
エインズとセイデルは再び強く握手を交わした。
〇
セイデルとの手合わせを終えたエインズは、ブランディ邸に戻った。
かなり高度な同時再演を発現させたエインズは、魔力を多量に消費し気だるさを感じながら歩く。
北東部にある魔術学院からの帰路は、多くの人でひしめき合う中央一般街区を通らないためストレスをあまり感じない。
一般街区を歩けば、人に酔って精神はやられ、加えて思うように人の障害を避けながらの牛歩のような移動は体力をかなり削る。気怠さによって身体を重く感じているエインズがこの状態で一般街区を歩けば人の波に押しつぶされてしまうだろう。
「……貴族は東部に家を構えているからいいものの、一般生徒は学院の講義後に一般街区を通って帰るんだよなぁ。たくましいことこの上ない……」
夕時、ひりひりと西日に肌を焼かれ歩くことしばらくしてブランディ邸に辿り着いた。
「エインズです。もどりましたー……」
大きな玄関扉を押し開けながらのエインズ。
エインズの声を聞いて奥の方からソフィアが駆けつけてくる。
「エインズ様、お戻りになられましたか。……少し、疲れてはいませんか?」
西日を浴びて若干汗を滲ませながら扉に寄りかかるようにして入ってくるエインズを見てソフィアはすぐにエインズのもとまで寄り腕を差し出す。
「大丈夫、そこまでの疲れではないよ。一人で歩ける」
「そうですか……」
エインズはソフィアを手で制し、埃一つ落ちていない掃除に行き届いた絨毯の上を歩きダイニングへ向かう。
ソフィアはそんなエインズが体勢を崩し転ばないか、様子を確認しながらエインズの歩速に合わせて並び歩く。
「そろそろエインズ様が戻ってこられるだろうと、夕食の準備が整ったところでございます」
ダイニングに入ったエインズは、すでに着座しているライカを確認する。
リステはライカの後ろで静かに控えていた。
「遅いわよエインズ。先に食べておこうと思ったんだけどソフィアさんはエインズが帰ってくるまで食べないって言うし。一人で食べるにはここは広すぎて寂しいわよ」
ライカは控えているリステに目配せしながら手を挙げ指示を飛ばす。
エインズはライカに謝りながらソフィアに椅子を引かれて座る。
エインズと向かうようにしてタリッジは既に席についていた。頬杖をつきながらグラスを鷲掴み、水を豪快に喉に流し込む。
「ソフィアが食べなくてもタリッジがいるじゃないか」
メイドに水を注がれたグラスを手に、傾けるエインズ。冷えた水が乾いた身体に沁み込むように喉を通っていく。
「いや俺も食いたかったんだけどよ。こいつがエインズを待てってうるさくてよ。こうして無理に水で腹を膨らませていたところだ」
エインズはグラスに水を注いでくれたメイドに「彼、何杯目?」と尋ねると、少し考える仕草を取ってから「……十杯から先は覚えておりません」と答えた。
「いやー、ごめんね。セイデルさんとの手合わせのあと、けっこう話が長引いちゃって」
「一人で出かけたと思ったら、セイデルといたのね。それで結果は?」
「そりゃ僕が勝つさ。でもちょっと調子乗っちゃってね。かっこうよく決めようと思って魔力を使いすぎちゃってこの脱力感よ」
疲弊しながらライカに顔を向けるエインズの目の前に料理が次々に置かれていく。
前菜にスープ、パンが並ぶ。ライカもエインズも、当然ソフィアも手を付けていない中タリッジだけは真っ先にスープに手を付ける。
スプーンでちまちま口に持っていくが煩わしいのか、器を持ちスープを流し込む。
「おいタリッジ! 貴様、少しはテーブルマナーというものをだな」
「そんな堅いこと言うなよ。カリカリしていると美味い飯もうまくないぜソフィア。第一、テーブルマナーを指摘するんだったら隣にも必要なやつがいるじゃねえか」
タリッジは鼻で笑い、顎でエインズを指す。
「エインズ様はいいのです。料理だってエインズ様の口に運ばれるだけで幸せなのですから」
「お前、本当にそいつのことになったら病的だな……」
呆れるタリッジは、それでも手を止めることなくパンに伸ばした。
ソフィアとタリッジの言い合いもいつものことだと聞き流していたエインズは、夕食が始まるというのにカンザスがまだ席についていないことに気づいた。
「そういえば、カンザスさんは?」
「お父様は今日明日と戻ってこないわ。なんでもアインズ領に行っているそうだけど」
「そうなの?」
スプーンを手に取ったエインズはソフィアを見る。
「ガウス団長の方には私から封書を送っています」
「へー、カンザスさん自ら行くなんて大事な話なのかな」
「話の内容までは分かりませんが」
と答えるソフィアだが、カンザスがガウスの所まで赴き話す内容には察しがついている。だがそれはエインズにとって興味がないどうでも良いことであるため、わざわざ伝える必要もないと口を閉ざす。