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21

 ダリアスはルベルメルが横を通り過ぎる瞬間、すぐにルベルメルとは反対に顔を背ける。

 ルベルメルが浴槽に入ったことにより湯が波打った音が聞こえ、ダリアスはそのまま動けなくなってしまった。

 その場を動けないダリアスと、湯に浸かるルベルメル。


 二人だけの浴室に長い沈黙が続く。

 ダリアスにはその沈黙が、湯気が立ち込める中で服を着ているのも相まって居心地の悪いものである。


「……ふふふ、少々からかいすぎましたね。背中を向けて入っていますので安心してくださいダリアス様」


 ルベルメルのリラックスした声が聞こえ、ダリアスは恐る恐る目を浴槽の方へ向ける。

 彼女の言葉通り、ルベルメルはダリアスに背中を向けるようにして浸かっていた。


「ここは先ほど話したような男女の場所ではありますが、その分金額が安いのですよ。湯に浸かって気を落ち着かせる必要はありますが、だからといって豪遊は出来ません」


「……それもそうだが」


「そもそも私は成人未満の男子を守備範囲にしていませんので取って食ったりなどしませんよ。……どうしてもとおっしゃるなら嗜み程度にお教えいたしますが、私の経験も我ながら世間一般的なものではないと認識していますので、ダリアス様にとって――、」


「分かったから静かにしてくれ」


 聞きたくもないルベルメルの行為経験を危うく事細かに聞かされるところになり、話半ばにダリアスが遮る。


「これは失礼しました」


 まるで悪びれる様子もないルベルメル。

 仕方がないと覚悟を決めたダリアスは、とうとう服を脱ぎ始める。


 途中、ルベルメルがこちらを振り向くのではないかと警戒していたダリアスだったが、それは幸いにも杞憂に終わる。


 裸足でゆっくりと浴槽へと向かったダリアスは、湯に手をつけ温度を確認する。

 さすがは浴場として金銭をとっていることだけはある。熱すぎず、湯は身体を十分にほぐせる適温に調整されていた。


「入るが絶対にこちらを振り向くなよ」


「ええ、分かっていますよ」


 ダリアスの視界に入っているルベルメルは、髪が綺麗に切り整えられた後頭部と肩が少し見えるだけ。

 足先からゆっくりと湯に浸かっていくダリアス。腹部くらいまで浸かったところで浴槽から湯が溢れる。


 緊張していたダリアスだったが、肩まで浸かると身体がまるで湯に溶け出すように筋繊維一本一本が弛緩していく。

 特に肩が顕著だった。


 無意識のうちにかなり強張っていたのだろう鳶肩が、なだらかなものに戻る。

 筋肉のほぐれを自身でも感じたダリアスは、ルベルメルの「急いても仕損じるだけ」という言葉を今なら頷けた。


 どこまで行くのか分からないが、ここから先は長い旅路。加えて簡単な旅ではない。お尋ね者として、四六時中周りを警戒しながらの長旅だ。心身ともにかなりの負荷がかかることが予測される。


 湯に浸からずに旅を始めていれば、ルベルメルはそれでも問題ないだろうが、ダリアスは精神か身体かそれとも両方か、間違いなく途中でガタが来ていただろう。


 彼女に感謝せねばな、とダリアスが心の中で呟いたところでルベルメルが不意に話しかける。


「お加減はどうですか?」


 まるでまた心の中を覗かれたのではないかと感じたダリアスは思わず、崩していた上体を真っすぐに直す。


 ダリアスが上体を起こしたことによって、張っていた湯に波が生じた。

 それによってルベルメルの肩先から少し下、背中が波の合間に見え隠れする。


「っ!」


 ルベルメルの肌が見え、どぎまぎするダリアスだったが、すぐにその見慣れぬものに目が留まる。


「……おい、ルベルメル、その背中から肩にかけてある線は何なんだ?」


 傷痕というわけでもなさそうで、蜿蜒(えんえん)とした曲線。


「おや、私にはダリアス様を見るなと言っておきながら、貴方は私の肌を見ていたのですか? 抜け目がないのですね」


「そんなことはいい。お前のそれ、怪我ではないのだろう?」


「それ、とだけ言われても普通は分からないものですが、この状況においてダリアス様が言うそれが何を指しているのか分かりますね」


 ルベルメルはダリアスの見ている目の前で立ち上がり、湯で隠れていた尻から上を露わにした。


「っ!?」


 言葉も出ないダリアスを待たず、ルベルメルは振り返る。

 口を開けて呆然とルベルメルを眺めるダリアスは、その視線を彼女の首、胸、腹、脚部へと移し、そしてまた上っていくように彼女の顔にまで視線が戻る。


 ルベルメルの身体を水滴が、彼女の女性らしい丸みや曲線に沿って滴り落ちる。きめ細かな肌の上を雫が重力に従い滑るようにして垂れる。


 ダリアスに対して真正面に立っているルベルメル。当然ダリアスは彼女の、女性特有の膨らみや腰のくびれを目の当たりにすることになる。


 ダリアスにも年頃の男子が覚える気恥ずかしさがあったが、今彼の目に留まっているのはルベルメルの女性らしさではない。


「……お前、それ……」


「私の魔術、……いいえ違いますね、ダリアス様やエインズ様の『魔術』を見て悟りました。私の魔法は少々クセが悪いと言いましたが、こういうことでございます」


 両手を広げて、ダリアスの目の前でくるりと一回転するルベルメル。

 彼女の肌には、黒い蜿蜒とした曲線がまるで模様を描くように前に後ろに上へ下へと走っていた。

 異性の裸を目の前に、ダリアスはその模様に目が行ってそれどころではない。


「私、自分が持つ魔力を操作するのが大変苦手でしてね、と言いますか、絶望的に出来ないのです。ですから、本来魔法が使えないのです」


「だがお前は、先ほど……」


 ダリアスが指しているのは、書庫でのセイデルとの対敵。


「はい、魔法を使いました。発現できない魔法を、発現させました。そのための『これ』なのです」


「これは、なんなんだ?」


「この黒線は術式なのですよ。この黒線全てで一つの魔法のための術式。私自身が『相克』の術式を成しているのですよ」


 ルベルメルは笑いながら「ですから私は『相克』の魔法しか使えません。その他、上級はもちろん中級魔法も、初級の火球ですら発現できません」と続けた。


「……お前自身が、魔法の、術式……」


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