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ブランディ侯爵家と並んで巨大勢力であるソビ侯爵家だが、これにより崩壊までは行かないが、さらに政治的な力は挫かれた。
「今回、ダリアスへ魔術を提供したエインズ殿でございますが……」
王国騎士を殺害したダリアス、その力は目覚めた魔術によるもの。ではその魔術に関与した者は誰かとなった際に当然のことだがエインズの名が挙がる。
脅威そのものでありエインズも罰するべきだと声が上がったのだが、リーザロッテの言葉により封殺された。
『……ふむ。では今後、犯罪に魔法を用いた罪人が捕まった際にはそやつに魔法を教えた魔術学院やその他学院の人間を罰しなければならなくなるな。いやはや面倒だが仕方あるまい。犯罪に用いられてしまう可能性がある手段を提供した者を罰する前例を作るのだからな』
今後、いったい何人の国内のエリート共が豚小屋で冷たい残飯を食うことになるのか楽しみだな? と不敵に笑いながら語るリーザロッテを前に他の貴族は黙るしかなかった。
「……リーザロッテ様が、エインズさんを……」
書庫での、リーザロッテとエインズのやり取り。エインズの方は分からないが、少なくともリーザロッテにはエインズに対して何やら因縁があるようだ。
「結果、今回の一件で具体的に責任を負ったのはゾイン=ソビ侯爵だけとなりました」
次代の明星が関わったにしては被害が小さく、追及されるべき責任も大きくはない。
「そうですか。私が眠っている間にセイデルが報告してくれたのですね、ありがとうございます」
「キリシヤ様にお礼を言われるほどのことではございません」
とセイデルは言うが、ゾイン=ソビ侯爵へ責任追及するのだ。報告に求められる詳細や確認にかかる質問など、セイデルが拘束された時間はかなりのものであっただろう。
「……セイデルは、知っていたのですか?」
「何をでしょうか」
「エインズさんについてです。……私はエインズさんの一面しか知りませんでした」
セイデルから視線を外し、俯きながら語るキリシヤ。
「私は書庫まで同行していた際にエインズ殿と言葉を幾度と交わしました。その時に彼の物事の考え方、そして歳不相応な人生観に人生経験を見た気がしました」
もちろん、書庫での言動はそれがさらに苛烈なものでございましたが、とセイデル。
「エインズさんの言っていたことは正しいのかもしれません。私がまだなにも理解していないだけで、世の中は、人とは、そうなのかもしれません」
正義という響きに酔っていただけなのかもしれない。
正しくそれを理解出来ていなかったし、今後理解できるかも分からない。
エインズがキリシヤに、彼女が考える正義を形に、魔術にしてみないかと手を差し伸べた時、リーザロッテは魔術を使ってでもそれを止めた。
それはなぜか。
きっとあのまま進んだところできっと、キリシヤが自身の満足できる正義を理解しきれない、為せないとリーザロッテが思ったからだろう。
「まだまだ未熟なのですね、私は……」
果たして自分はサンティア王国の王女として市民を導く善き指導者になれるのだろうか、と自信を失ってしまうキリシヤ。
うす暗い部屋で落ち込むキリシヤに声をかけるセイデル。
「エインズ殿はおっしゃっていました。『恥を忌避してその場に立ち止まり続けることこそ、愚の骨頂。残した恥も後には勲章になる』のだと。キリシヤ様、考え続けることです。失敗を繰り返しながら前に進むことです。振り返ればそこにキリシヤ様の正義があるのだと私は考えます」
顔を上げるキリシヤ。
「未熟な私に、できるでしょうか?」
「キリシヤ様がそれを望まれるのならば」
「間違った方向に進んでしまった時、セイデルが正してくれますか?」
「キリシヤ様がそれを望まれるのならば」
「セイデルにはきっとこれまで以上に苦労をかけさせますが、付いてきてくれますか?」
「端からその意志は固まっております」
セイデルの気持ちをそこまで聞いて、キリシヤはニコリとほほ笑んだ。そんなキリシヤを見てセイデルも口元を緩める。
意志も固まったキリシヤは、はっと思い出したようにセイデルに尋ねる。
「ライカは知っているのでしょうか? エインズさんに、あのような一面があることを」
「分かりません。ですが、恐らくは知らないと思います」
滅多な事が起きない限り覗けないエインズの一面だ。
「エインズさんとは仲も良さそうでしたし、ライカにいらぬ心配をさせる必要もないでしょう。親友である私がライカを守ればいいだけなのです」
セイデルも静かに頷く。
雲を割って、月が姿を現す。
月明かりが窓から差し込み、部屋の隅その見えない暗い部分まで優しく照らす。
〇
「今回はまた、大きく非難されていたじゃないか」
「金で済むのならば問題ない。取り上げられた金も後に自ずと私のもとに戻ってくる」
煽るようにおちょくった声で話しかける女性の声と、そんな安い煽りをものともせず切り返す男の穏やかな声。
彼らがいるのは、男の書斎。
そこには目が肥えた人間ならばその価値が分かる、名工らが作り上げた調度品が並ぶ。テーブルやソファ、ペンや小物、書斎にある全てが一般人には手が出せないほどの高価なものである。
それをただの物として扱い、使う。
それらの価値も男の前では特別なものではないようだ。男に倣うようにして、煽っていた女も精巧なグラスを傾け、蒸留酒を呷る。
「ゾイン、でもお前らのパワーバランスは崩れてしまっただろう? ブランディ家との天秤なんか、完全に吹っ切れてしまっているじゃないか。ここまでなんてお前らしくないな」
女は、目の前で蒸留酒を舌の上で転がすゾイン=ソビを嬉々とした表情で眺める。
「お前に、私らしさを語られたくないものだ。悪党」
「それはお互い様。というか、あたしなんかよりよっぽど黒いお前が良く言うぜ」
そんなんだから息子に逃げられるんだろう? と女はくつくつ笑う。
ゾインはため息をつき、「そんな態度をとっているとそのうちお前刺されるぞ?」と首を横に振る。
「夜道で刺されたら真っ先にゾイン、あたしはお前を疑うね」
「……そうだな、私もだ」




