15
「——限定解除『からくりの魔眼』」
エインズの言葉と同時に彼の白濁とした右目が真っ赤に染まる。
「(加えて今は、直接向かい合っている中での発現。間違いなくあの右目は看破する……。停滞も十全にやつに効くかも分からない)」
無為にリーザロッテの魔術を見せただけで終わるかもしれない。
リーザロッテにとって厄介なのは、エインズの右腕よりもその深淵を覗き見る右目。
「(……だめだ使えない! 万全ではないこんな状況で『任意流転』を見せてしまっては妾の望みが消えてしまう!)」
リーザロッテが睨みつけるその先では、エインズがキリシヤに向かって右腕を伸ばし、正に口を開こうとしていた。
「……それじゃキリシヤ、『問答』を」
歯が根を鳴らし、リーザロッテは目を強くつぶる。
その瞼の裏に映る一人の少女。真っ白な空間を背に彼女がリーザロッテに微笑みかける。
赤黒く染まったワンピースを着て弱弱しく微笑む少女。
「(……ロテリア。妾は今度こそ救わなければ、救い続けなければならぬ! だが、それではお前を……)」
ゆっくりとエインズの口が続きへ動く。
いや、リーザロッテの思考だけが冴え、加速している。
赤黒いワンピースを着た少女はどこかキリシヤに似た雰囲気がある。
少女はリーザロッテに言葉をかける。声も聞こえないが、その口ははっきりと動き、リーザロッテはそれを見て取れた。
「(っ! ……ロテリア、もらうぞ。決定的なところで冷酷になれない妾をどうか笑ってくれ。目の前で魔術師の呪縛に囚われてしまうキリシヤを見たくはないのだ)」
かっと目を開くリーザロッテ。
そこにはもう計り知れない覚悟が籠っている。
「——『問答』をはじめ」
リーザロッテは強く、叫ぶように紡ぐ。
「不完全解除! 『強制静止』!!」
リーザロッテの紡ぐ言葉。
それはダリアスや、シアラ、リート、そしてエインズ、魔術師が扱う魔術であることに違いはない。
だが紡がれた『不完全解除』。彼らが扱うのと同様、魔術に変わりはないが、意味するところは決定的に違う。
エインズはキリシヤに向けていた顔を、驚きの表情でリーザロッテの方へ持っていく。
エインズの紅い魔眼がリーザロッテを捉えんとする刹那、エインズは固まる。
リーザロッテの持つ魔術の脅威は、時の流れへの干渉。
『任意流転 加速』『任意流転 停滞』どれもが、時の流れを自在に操作する魔術。これだけでもリーザロッテが持つ魔術がどれだけ大きく理を歪めているかが分かる。
時の歩みは歴史の歩み。富豪も貧民も、英雄も蛮族も、その理に強制された歩みから外れることはない。
だが、リーザロッテの魔術はそれを無視する。理を歪め、彼女は自在に歩む。
「……ここに至れたのがもう少し前であればな。……お前が外に出ることもなかった」
リーザロッテは悔やむように、声も発せず瞼も止め心臓の鼓動すら止まったエインズを見つめながら呟く。
リーザロッテの魔術「不完全解除『強制静止』」。これは任意流転の持つ理を歪める力をさらに昇華した力。
任意流転はその歩みの速度を自在に操れたが、時の流れの理から外れることはなかった。限りなく停止に近い『停滞』でも所詮は時の流れに拘束される。歩む速度は操作できても、歩みを止めることは出来ない。
しかし『強制静止』は、時の理をさらにもう一段階歪める。時の流れの完全なる『停止』といった形で。
「セイデル、キリシヤを連れて帰れ」
エインズから視線を外すことなくセイデルに指示を飛ばすリーザロッテ。
「……はっ」
セイデルは、先ほどのダリアスの魔術からここに至るまでの目の前の光景が理解出来ていなかった。思考は停止し、ただ流れる風景を眺めていただけ。
リーザロッテの言葉に、我に返ったところで整理が出来たかと言われればそれも怪しい。セイデルはいまだ夢か現か分からないドロドロとした思考の沼に立っている。
「リーザロッテ様、私は……」
キリシヤもまた理解は出来ていない。しかし彼女が今考えていたのは、一心に、自分の思う正義を形にできるのか、というはっきりした一点のみ。
故にセイデルのように混濁はしていない。
「帰れキリシヤ。お前と言えども、妾に同じことを言わせるな」
「いいえ帰れません! 私はサンティア王国の王女なのです、リーザロッテ様! 私は善良な市民を守るため、正義に生きなければなりません。それを形にしなければ――」
初めてリーザロッテの言葉に言い返したキリシヤ。
これには思わず驚いたリーザロッテだったが、キリシヤがここまでなるほどに『正義』に飢えさせ、『魔術』に煽ったエインズに激しい嫌悪感を覚えた。
キリシヤは清く、そして優しい子なのだ。そんな彼女が志すものは眩しく、そして正しい。
だがそれが、その輝かしさを持ち続けたまま、影を一切落とすことなく美しいまま形になるかはまた別の話。
「(不愉快だが、エインズが言っていたことも一理あるのだ……)」
そして、それらを分かっていてキリシヤを煽ったエインズ。
思わず舌打ちを漏らすリーザロッテ。
キリシヤはその舌打ちが自分に向けられたものと勘違いして、僅かに肩を揺らす。
「限定解除『任意流転 停滞』」
落ち着いた声色で紡がれる言葉。そしてキリシヤに向けられた魔術。
それにより言葉途中にして限りなく動きを止めるキリシヤ。
「……セイデル、早くキリシヤを連れて帰れ。今の妾では永遠にエインズを止めておけない」
キリシヤに魔術を使ったのがリーザロッテの本意ではなかったのだろう。
その感情がセイデルには読み取れた。
「畏まりましたリーザロッテ様」
キリシヤの軽い身体をおぶって場を後にするセイデル。
主であるキリシヤに仕えるセイデルにも思うところはあるが、それでもこの場ではどうすることも出来ない。彼はただ、リーザロッテの言葉に従うしかなかった。
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