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ダリアスの糸が解除され、身動きが取れるようになった四人。
キリシヤとセイデルが見つめる先には、エインズとリーザロッテ。
「また、お前は魔術師を生んだのか」
「僕がそうしたんじゃない。なるべくしてなった者に偶々僕が助力しただけさ」
エインズのその飄々とした様子を睨みつけるリーザロッテ。
横には不安そうに見つめるキリシヤ。
「……まったくハーラルの童はこんな一大事に何をしているのか。本当にヴァーツラフの血よな」
妹を守ってやれとあれだけ言ったにも拘わらず、キリシヤは既に嵐の真っ只中に居てしまっている。
加えて恐ろしいことに、エインズの右腕は未だに解除されていない。
それはつまり、
「(まだ嵐は収まっていない……)」
リーザロッテはエインズの動向を窺う。
「キリシヤ、あれが魔術だよ。魔法のその先、理を歪める欲望の形」
「黙れ、エインズ!」
キリシヤに語り掛けるエインズに、扇子を向けるリーザロッテ。
「さっき僕は君に厳しいことを言ってしまった。正義と悪は表裏一体。正義の求める先にあるのは他者を傷つける悪の道。万人が愛する正義など無い」
「エインズさん……」
キリシヤのその年相応に幼く揺れる瞳がエインズを映す。
「キリシヤ、聞くな! エインズも黙れ。年端もいかない童を煽って何が楽しい!」
エインズを必死に諫めるリーザロッテの様子に、エインズは何かを察する。
「……へえ。それも悪くないか」
「チッ」
キリシヤに歩み寄るエインズ。
すかさずリーザロッテは構えようとするが、エインズはその顕現している右腕をリーザロッテに向ける。
エインズの魔術、その対象をリーザロッテに捕捉する。
「万人に愛される正義なんてない、これは僕がこれまで見てきた中でそうだったから言っただけだ。……だけどこれも、ひょっとすると僕が知らないだけで、実際には既にあるのかもしれない」
エインズの右腕がリーザロッテに向けられたまま、キリシヤのすぐ目の前まで近づいたエインズ。
「なくても、後に生まれるかもしれない。誰もが愛する万能な正義が。そして、いつの時代も奇跡を生み出すのは現状に必死に抗い続ける者、そう、キリシヤなのかもしれない」
「……私?」
にこやかに頷くエインズ。
「(こいつ、まさか……!)」
下手に動きが取れないリーザロッテ。
しかしエインズのその思惑、なぜキリシヤを執拗に煽るのか、その意図するところを薄っすらと察し始めるリーザロッテ。
「君のその誇り高き願望、今はまだ固まり切っていないその理想に肉付け形を与えたならばきっと、キリシヤが真に求める正義そのものなんだろう。それはきっと美しい……」
僕は不幸にもまだ真なる正義を知らないのかもしれない。
そしてそれを僕に教えてくれるのは、キリシヤなのかもしれない。
「私が、エインズさん……を?」
「……乗るな、キリシヤ」
横からリーザロッテが口を挟むが、キリシヤは彼女を見向きもしない。
「(ここで妾が魔術を発現させることも出来る。だがそれでは……)」
リーザロッテの持つ魔術をエインズに見せてしまうことになる。
今はまだエインズと事を起こすタイミングではない。ならば易々と手の内を明かすべきではないと考えるリーザロッテ。
「僕はそんな殺伐とした世界を生きてきたから、希望に枯れているだけなのかもしれない……。キリシヤが見せてくれる正義は僕を救ってくれるかもしれない」
「エインズさんを、私が救う……?」
「君の望む正義。その願望、魔術として形にしてみないかい?」
「……魔術、として」
キリシヤはエインズの右腕を見る。
床に転がる騎士の骸を見る。これを成したダリアスのそれもまた魔術。彼の願望が形となり世界に干渉した結果。
「僕にはできないけれど、キリシヤならきっと出来る。君自身が強くそれを、正しく望むのであれば。きっと君の求める正義は実現できる」
その優しいエインズの表情、声。
それはキリシヤの知るエインズそのもの。キリシヤに厳しく物を言っていた先ほどまでのエインズはまるで嘘だったかのように。
「私が求める正義を、魔術で……」
「やめろ! キリシヤ!」
声を荒げるリーザロッテを横目に笑うエインズ。
「(……お前の目的はこれか!)」
エインズはリーザロッテを魔術師として認識しているが、その魔術が何かを知らない。王城でリーザロッテはエインズに彼女の魔術を見せなかったこともあり、彼の興味はリーザロッテの魔術にある。
だがまた、エインズの目の前には魔術に目覚めるかもしれないキリシヤがいる。
エインズの興味関心は魔法・魔術にしかない。ならばキリシヤの目覚める魔術を見ることでもエインズは満たされる。
キリシヤを守るためにリーザロッテが行動を起こすならば、エインズを相手取ることになり、彼女の持つ魔術を発現させることは必至。
キリシヤが目覚める魔術を見ることが出来なくとも、リーザロッテの魔術を見ることができ、エインズは満たされる。
「本当に忌々しい……」
「僕はキリシヤの願いを形にするのに足る、必要な知識を提供しよう。そのためにもまず、キリシヤがしっかりと自分に向き合うところから始めないとね」
キリシヤは胸に手を当てながら、エインズの言葉を復唱する。
「自分に、向き合う」
「身構えなくてもいい。ただ、ちょっとばかり僕がキリシヤに問いを投げるだけだから。それに素直に答えてくれるだけでいいんだよ」
そしてエインズは横目にリーザロッテを見て、抵抗してこないのかと彼女を煽る。
お前がこのまま何も行動しなければ、お前の危惧した結果になるだけだぞと言わんばかりに。
リーザロッテは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、躊躇う。
「(妾の『任意流転 停滞』では、完全にやつを抑えることができない。限りなく止まっているが、それでも僅かに動いてしまう)」
それは、リーザロッテがエインズを森に閉じ込めたように。
不完全だったが故にエインズは森から出てきたのだ。時の流れは異なっても、完全に『止めて』切り離すことができなかったがために。