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「同意は得た。ならばあの調度品、その価値はすでに僕のものだ……」
ダリアスは声を荒げるルベルメルを何とも思うことなく、ただただ彼の右腕を騎士たちに向ける。
これまでのダリアスであれば、ルベルメルの高圧的な口調に怖気づき、小さくなりながら子犬のように強がった威嚇をする小物の反応を見せていたが。
まるで一皮剥けたようなダリアス。
「……ここの全員となれば、少し価値は足りないか。だが、この騎士らだけなら十分」
リーザロッテはエインズの展開された右腕から導き出した答えに焦りながら、騎士たちに指示を出す。
「お前ら! すぐにそこから逃げろ! 奴はすでに妾らが知るダリアス=ソビではない!」
エインズによって『問答』を経て、魔術師に成ったはずだ。
であるなら、騎士らに向けているものはダリアスが目覚めた魔術。
悠久の魔女であっても、初見になるダリアスの魔術は脅威そのもの。魔術に疎い騎士であれば風前の灯火。
しかし、遅かった。
「見せてくれ、ダリアス。君の欲望、君の傲慢、その正義が形となって理を歪めるところを」
嬉々としてダリアスを見やるエインズ。
ダリアスは紡ぐ。
「——限定解除『金言』」
ソビ家長子ダリアス=ソビではなく、ただのダリアスとして他者から見てもらい、ただのダリアスとして言葉を聞いてもらい、ただのダリアスとして彼の価値を知ってもらうための魔術。
ダリアスの言葉によって、宙から垂れる細い糸。それは限りなく細く、蜘蛛の糸のように透けるほど。
それらは騎士らの四肢に絡みつき、固定される。
突然身体に絡められた糸に、身体を揺すって振り解こうとする騎士だが、細いはずの糸はまったく切れる様子もない。
抜剣し宙を垂れる糸に斬りかかるが、透過してしまう。干渉できない。
混乱する騎士ら相手に言葉を紡ぐダリアス。
「目の前の敵を切り殺せ」
宙を垂れる糸がピンと張り詰める。
「な、なんだこれは!」
四肢に絡まる糸が、騎士たちの動きを強制する。
剣を持つ者は振りかぶり、帯剣したままの者は抜剣し、振りかぶる。
振りかぶった先に居るのは仲間である騎士。
そして、ダリアスとルベルメルにとって敵である騎士。
「ま、まさかっ! やめろぉお!」
それは悲鳴。
思うように動かない、自由の利かない身体に、彼らの思考だけは冴えている。
ゆえに想像できてしまう、その後の悲劇を。
「キリシヤ様、いけません!」
ぼうっと見やるキリシヤの視界を即座に手で隠すセイデル。
「……やれ」
ダリアスの呟きによって糸が動く。
騎士らそれぞれが、向かい合う仲間に斬りかかる。
首を横から切る者、切られ事切れた状況で動きを強制され、仲間の胴を貫く者。
断末魔の悲鳴をあげながら滅多切りされ、自らもまた仲間を滅多切りする者。
直後に広がる死の臭い。
鎧を身に着けた騎士が頽れる軽い音。
「これで半分失ってしまったか」
広がる血だまりを前に、何か計算するように呟くダリアス。
「……ダリアス様、これは、いったい?」
啖呵を切ったとはいえ、まさかの結果に驚くルベルメル。
「ルベルメル、驚いている暇はない。僕らはここから抜け出さないといけない」
次にダリアスが対象とするのは、リーザロッテ、キリシヤ、セイデル、エインズの四人。
「限定解除『金言』」
四人の身体目掛けて垂れる糸。
エインズは呑気な顔で、にこやかに様子を窺っている。
リーザロッテもすぐに対抗しようと考えたが、エインズが目の前にいる状況であまり彼女自身の魔術を発現したくはなかった。
「(奴の第一の魔術『からくりの魔眼』を前に、妾の魔術を見せたくはない。妾の深淵、覗かせるにはまだ早い……)」
加えてリーザロッテには同時に予感があった。
四人を殺すのであれば、騎士らと同時に事を済ませているはずだと。だが、こうして分けているということは、そこには何かしら理由があって出来ないのだと。恐らく身の危険はない。
横目に見るエインズも何か行動を起こす様子もない。
……制約、か。
「こいつらにそんな価値があるのか知らんが残り半分持っていけ。……貴様ら、僕たちが逃げ切るまでここを動くなよ」
ダリアスの言葉に、四人の身体にきつく糸が絡まる。
リーザロッテすらも指一本動かせない状況。
「……ここまでのものを」
エインズはなんて知識をダリアスに提供してしまったのかと、忌々しく思うリーザロッテ。
「ルベルメル、行くぞ。焦ることはない、歩いてここから脱出できる」
ダリアスはゆっくりと歩き始める。
「こ、これは……。すごい……」
ルベルメルは目の前の光景が夢ではないかと思ってしまう程に混乱していた。
なにせ、目の前で悠久の魔女が身動き一つ取れずに固まってしまっているのだ。そして、そうさせたのが、横にいるダリアス。
ダリアスは直前にエインズから何かされていた。一瞬という短い時間ではあったが、それをきっかけに彼は開花した。
その結果がここまでの成果を上げる。
「あとはお前が約束を守るだけだ。案内しろ、僕を」
出口の方で、振り向き早く来いと手招きするダリアス。
まだ全てが理解できていないルベルメルだが、何にしろ危機的状況からは脱せられた。
ならば——。
「……ここで魔女をやっておくのも、良いかも知れませんね」
自分の目の前で無防備な悠久の魔女など、これが最初で最後の機会だろう。これを逃せば次の機会はないかもしれない。千載一隅の状況に動悸が早まるルベルメル。
リーザロッテに向かっていくように歩き出す。
しかし、そこにダリアスから制止の声がかかった。
「やめろ、ルベルメル。それでは僕の魔術が解除されてしまう。そこまでのオーダーではないんだ」
ルベルメルが行動を起こしてしまうとつまり、ダリアスによって絡められた糸が切れてしまい、四人は自由を取り戻すというのだ。
「……貴方がそう言うのであれば、そうなのでしょう、私には分かりませんが。据え膳食わぬは何とやら。勿体ない気持ちでございますが」
ふう、とルベルメルは肩の力を抜き四人を通り過ぎる。
そしてダリアスを前にして歩き出した。
「ダリアス様の新しいお力。これは素晴らしいものですね、是非とも私達の同志になっていただきたいですわ」
「僕の志はお前らと一緒ではない。だけど、僕の価値はここよりかお前たちの側にあった方が僕らしい」
ダリアスのその目は、ルベルメルの知る甘えた坊ちゃんのそれではなくなっていた。
「申し訳ございません、ダリアス様。先ほどはガキなどと言ってしまい……」
「いいんだ、ルベルメル。所詮僕は、ガキだった。今もまだそうだろうが、それでも僕は僕として生きていきたい。お前らの思想や理想なんか知らない。お前らが僕を僕として見てさえいれば、僕はそれでいい」
ルベルメルは、その真っすぐに伸びたダリアスの背中を見て笑う。
まるで一回り大きくなったような背中。
「うふふ。ではダリアス、行きましょう。私達『次代の明星』は貴方を歓迎いたしますわ」
ダリアスとルベルメル、二人が学院の敷地を越え、行方を暗ますまで四人に絡まる糸が解除されることはなかった。




