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07

 卸したばかりの制服を大蛇が掠める。

 破れるものの、キリシヤのその柔肌を喰らうには至らない。身体を柔軟に動かし避け続け、図書館の扉に体当たりしながら飛び込む。


 間一髪免れた。

 だが入った図書館は既に大蛇に食い散らかされたように、本棚は倒れ、書物は砂埃を被って地面に散らばっている。

 セイデルを示す発信機の光は、さらに奥を示している。


「セイデル、エインズさん……」


 キリシヤは立ち上がり、倒れた本棚や山のように重なった本を足場に、不安定な中をさらに駆ける。

 その間も大蛇は、図書館を上に上に伸びる本棚に喰らい付き、キリシヤの頭上に本の雨を落とす。

 上方にも注意しながら走り抜けるキリシヤ。


 しかし身体を動かしてきた王女様といえど、このような状況は初めてだ。

 器用に足元まで十分に注意できなかった。


「っつ!?」


 足を捻ってしまう。

 足首に激しい痛みを覚え、動きを止めてしまったキリシヤの背中を、大蛇の腹が勢いよく叩きつけた。

 激しい勢いで前へ吹っ飛び、転がるキリシヤ。

 そのまま古めかしい扉にぶつかり、転がるようにして中に入る。


「キ、キリシヤ様!? どうしてこちらに!」


 肺を思いきり叩かれ、うまく空気を取り込めないキリシヤの頭上にはセイデルの姿があった。


「……セ、セイデル」


 転がり、煤や擦り傷を作ったキリシヤを抱えるようにして、セイデルはハンカチでキリシヤの顔についた汚れを拭う。


「あら、こんな中を走り抜けるなんて、根性のある王女様ですのね。私、感心致しましたわ」


 ギアが外れてしまったように空回りする肺も、時間が経てば元のように空気が取り込める。


「あなたは?」


 セイデルの手を支えに立ち上がるキリシヤ。

 その視界にはルベルメルに向かうようにして立っているエインズ。


「……エインズさん」


 こんな状況でも、ふと頬が赤らんでしまいそうになり、首を横に振って紛らわすキリシヤ。

 エインズのその横顔は、ルベルメル相手に目を輝かせていた。


「私は『次代の明星』が一人、相克の魔術師ルベルメルでございます。キリシヤ王女殿下、お初にお目にかかります」


 恭しく自己紹介するルベルメルの傍らにはダリアスが目を逸らしながら立っていた。


「『次代の明星』……! それにダリアス、さん? セイデル、これはどういう状況なの?」


 困惑するキリシヤに答えるのはルベルメル。


「外の騒ぎでございますが、申し訳ございません。私の魔術によるものなのです。目的を果たせばすぐに解除しますので、どうぞお見逃しください」


 ルベルメルのその言葉により、魔術学院を囲っている木の大蛇が彼女の魔術によるものだとキリシヤは理解した。

 その上で、次代の明星の一員であるルベルメルが果たそうとしている目的はなんなのか、それにダリアスの立ち位置がキリシヤは気になる。


 だが、その答えを聞かずともキリシヤの取るべき行動はすでに彼女の中で決まっている。

 彼女自身の魔法の技量はルベルメルに劣っていることは明らか。しかしキリシヤの傍らには魔術学院を好成績で卒業したセイデルが控えている。


「セイデル、彼女を捕らえなさい!」


「畏まりました」


 キリシヤの指示にセイデルはすぐに行動に移す。次代の明星は王国の敵。であるならば、キリシヤがセイデルに投げる指示も自ずと解るもの。

 半ば予測されていた主君の命令にセイデルは魔法を展開させる。


 展開されるは中級三種の代表格、宙に浮かび上がる炎を纏った槍、火槍。

 ここが書庫であり、セイデルらのすぐ後ろは図書館であることは重々承知している。しかし敵対する人物が次代の明星に与する魔術師であるならば、ここで本を気にしている余裕はない。


 蔵書が燃えてしまっても構わない。目の前の大罪人を逃してしまうことの方が損失は大きい。

 優れた魔法士であるセイデル、もちろん無詠唱で火槍を発現。そのままルベルメル目掛けて三本ほど斉射。


 ルベルメルのそばにいたダリアスは向かってくる火槍に、恐れるようにして本棚に身を隠す。

 セイデル、キリシヤ共にルベルメルの動きに注視する。

 槍がルベルメルの身体を射ぬかんとするが、彼女は魔力を纏わない。

 ただ、紡ぐだけ。


「水剋火」


 短いルベルメルの呟き。その言葉に魔力は込められておらず、術式にもなっていない。

 だが、その意味のない呟きは槍に向けられた。

 轟と燃える槍は自ら水を纏い鎮火する。

 燻るように朽ちた槍は、ルベルメルの身体を射ぬくことなく消滅してしまった。


「なっ!?」


 その様子に驚きを隠せないセイデル、そしてその横のキリシヤ。


「……」


 エインズは横からその光景を無言で眺めるだけ。

 瞠目するセイデルだが、それでも完全に動きを止めてしまうわけではない。

 火槍が駄目ならば、別のものを。

 凍てつく氷で生成した槍。氷槍がセイデルの手によって発現される。


「氷、ですか。しかしその本質は水ですからねえ」


「何を言っている!」


 ルベルメルに向けられた氷槍の鋭い刃先を眺めながら、危機感を覚えていないのんびりとした声で話す。

 ルベルメルの言葉はセイデルらからすれば、だからどうしたと切って捨ててしまうほどにどうでもいい内容。

 セイデルの手の動きに合わせて氷槍がルベルメルを襲う。


「土剋水」


 またしてもルベルメルのただの呟き。

 しかし、氷槍の刃の向かう先には突如として現れる土の壁。それは、一本の氷槍を防ぐ程度の四角い小さなブロック壁。それはセイデルが発現させた三本それぞれの向かう先に、ルベルメルを守るようにして浮かび上がる。


 土のブロックに飛び込む氷の槍。それはまるで当然のように、壁にぶつかった瞬間に三本全ての槍が砕けてしまった。


「ばかなっ!?」


 先ほどの火槍の時といい、今回といい、ルベルメルに魔力を放出した様子もなく悉く防がれてしまった。


「おや? 驚くことですか。やはり王国の魔法士は張り合いがありませんね」


 その場から一歩も動くことなく、指を動かすこともなく、ただ短い言葉を魔力も込めずにただ呟いただけのルベルメル。

 そんな彼女がセイデルに向けた言葉には侮りが込められている。


「セイデル、彼女はなんの魔術を使っているの!?」


 目の前で自分の従者が太刀打ち出来ていない様子に、思わず声を上げてしまうキリシヤ。


「それが、分かりません。彼女に魔法や魔術を展開している様子はありませんでした」


 ルベルメルをその目で捉えたまま、セイデルは横にいるキリシヤに答える。


「……なかなか面白い魔法だね」


 エインズは彼らの邪魔にならないように離れたところまで移動して、義足で床を叩く。

 床が変形して出来上がった椅子にくつろぐようにして座るエインズ。


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[一言] すっごい寛いでる!
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