表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

襲撃

 騒がしくも和やかな雰囲気の中、無礼なその襲撃者は現れた。


「ごきげんよう、我が愚弟よ。お前のことだから、上級精霊様に失礼な態度をとってないか見に来てやった。」


ドアを派手な音をたてながら開けて入ってきたのはルキウスの兄、エバルスだった。


「あ、兄上。」


「ハッ。相変わらず、辛気臭い部屋だ。メイドに掃除させてるのか?おっと、お前なんぞに付きたがる者はいなかったな。」


分かりやすい嫌味にアントニオは顔をしかめるが、ルキウスは慣れてるのか、少々ぎこちない笑顔で対応する。


「ちょうど、精霊様とアントニオと一緒に今後のことを話し合っておりました。兄上は精霊との交流はもうよいのですか?」


「私をお前と一緒にするな。とっくに済ませておるわ。まぁ、こんな所に長居はしたくない。本題に入ろう。いずれ、王命が下るはずだ、私に上級精霊様を譲渡しろといったものがな。」


「っつ、覚悟はしておりました。」


「ほう、物分かりはよいではないか。であれば、」


「しかしっ!精霊の譲渡は精霊と呼び出し方側双方の同意があって初めて成立するものです。そして、いくら兄上であろうとも、精霊様を譲る気はありません!」


エバルスの言葉を遮り、声を荒げたルキウスにアントニオと遮られたエバルスがビクッと軽く飛び上がる。対してシギは面白そうにクスクスと笑っている。シギの笑い声でエバルスは、はっと気を取り直し、


「お前が何を言ったところで、意味など持たぬ。譲渡の事実など王族の権力をもってすれば簡単に作れる。」


「強引な譲渡はご法度です。たとえ、被害者が私でも、他国の批判は免れません。」


「聞こえなかったか?事実など作ろうと思えば、いくらでも作れる。」


「つまり、切り札があるということか。他国からの批判を回避できるほどの手段。一体、何に手を出すつもりだ?いや、あの王族を見る限りもう手を出した後か?強欲で後先考えなさそうな感じがした。あれに召喚された精霊も気の毒なことだ。」


美しさはもちろん、精霊を重んじるこの世界では、精霊と交わした契約ほど重いものはない。本来なら別世界で暮らしている生き物を、初代国王が民のより良い生活のため精霊王と交渉を重ねた結果、精霊自身が選ぶという条件で人と精霊が共存することを許されているのだ。現国王がやろうとしていることは初代国王の努力と精霊王の厚意を踏みにじることと同じである。精霊がいるおかげで生活は安全に成り立っているというのに、誓いを破れば今後、精霊との契約ができなくなるどころか、今いる精霊たちも帰ってしまうかもしれない。


「何を行うかは知りませんが、外交問題では済みませんよ、兄上。もし精霊王の怒りにでも触れれば、この世界の安寧は崩れるやも。」


「だから、大人しく譲渡しろと言っている。そうすれば、儀のやり直しと書類の手続きで済むのだから。応じないなら父上と母上がそれ相応の対応をするだけだ。あぁ、ご安心を。上級精霊様に害はありません。」


「その言葉が本当ならお前たちの狙いは主か。それに、上辺だけどんなに取り繕ったところで、そこに私の意思は無いではないか。」


「お優しい上級精霊様。愚弟を気遣っていただきありがとうございます。ご安心ください、すぐに手配できるよう進めておきます。」


そう言って、ドアを開けて去っていこうとするエバルスの背中をルキウスは睨みつける。


「兄上!引くつもりはありません。」


少し怯えながら、力強くそう言った。兄に、何より自分に言い聞かせるように。


「せいぜい、頑張ることだな。」


エバルスはそう吐き捨てるように言って立ち去った。


「はぁ。」


 立ち去った瞬間、ルキウスは胸を抑え、よろめきながら後ろの机に手をついた。


「王子様っ!大丈夫でづか?!」


「かみかみだぞ。というかさっきから敬語に戻ってるぞ」


「だあぁっ!!王子様と話すなんて初めてなんだよぉ。だからつい。」


「私も初めてだ…。」


「は?」


「兄上に逆らって、喧嘩を売るなど…。初めてだ。」


 最初から兄に勝てるわけがない、味方もいない中で何をしたところで無駄と思い、あがくことすら知らずにルキウスは生きてきた。さらに、エバルスは態度こそひどいが実力は充分すぎるほどあり、それもあってルキウスは兄弟喧嘩はしたことがなかったのだ。


「そうか。」


「情けない主ですまないな。」


「まさか。今まさに成長したではないか。」


「そう言ってくれると嬉しい。」


「けど、ルキウスに手を出すっていっても一体何をするをつもりなんだろう。」


「第三者によって精霊との契約解除が認められる例は少ない。周りから見て明らかに精霊を虐待している場合や、未成年で教会や国の意思に背いて精霊の召喚をした場合などがあげられる。私はこの醜さだ。醜い顔を見せて精霊に不快感を与えているとか、王宮の使用人たちに私が精霊を虐待したと言えと父上たちが命じれば、いくらでも理由が作れる。」


「それって圧倒的に不利だってこと?」


「悔しいがな。」


「けど、シギがされてないって言えば…。もしかして信じてもらえない?」


「難しい。ここでは醜い者は基本、何をされても文句はいえないのだ。」


唇をかみしめながら、うつむくルキウス。


「分からないな。顔なぞ怪我や年月でたやすく変わるものだろう。それに、器がどんなに綺麗でも内側が穢れていればどんなに上等な水を注いでも汚水に変わる。汚い水が入っている杯を好き好んで選ぶ者はそうそういない。主よ、真っ直ぐ育ち、諦めかけた道を進もうとしている貴方は、どんなに人が不格好な器と言っても注がれた水は常にその美しさを保つ。主の在り方は美しい。」


シギはルキウスの目を真っ直ぐ見つめる、その目と言葉は顔の陰りを消した。


「ルキウスは、俺が物語でよく想像する王子様そのものだよ。あの兄っていう人に意見言った時のルキウスかっこよかった。」


明るく無邪気なアントニオがたとえ、王位につくことはなくとも立派な王族として認められるための努力した年月は無駄では無かったことを教えてくれる。


「君たちといると前は仕方ないと受け入れていたこの現状に抗って、変えたくなる。」


「主がそう言うなら、手はいくらでも貸そう。」


「俺も執事としてルキウスに仕えたい。」


きっと、外に出たらまた自分は落ち込むだろう。しかし、味方ができたことはルキウスにとってこれ以上ない収穫だった。傷つかない自信は無くとも、立ち上がる自信はあった。今はとにかく、傷ついても自分の力を示したかった。


「問題に戻るが、いずれにせよ。そう早くは動けないと思う。さすがに召喚をしてすぐに契約解除をしたら、疑わない国はないだろう。ある程度時間が経ってからきっと動くはず。少なくとも一か月は動けないよ。ことが事だから、秘密裏に動くことも難しいはずだ。」


「なんで一か月なんだ?それに秘密裏に動けない理由って?」


「召喚して一か月が大体、精霊との信頼関係を育てる最も大事な期間とされている。その期間内で起った問題はまだ信頼関係が出来上がってないからとあまり問題視されない。むしろ、それで引き離す方が怪しいとされるだろう。そして、秘密裏に動けないのは精霊に関しては王族だけでは扱えない問題だからだ。詳細は省くが、精霊に関して扱う特定の機関はあるが、精霊と私たちの生活は非常に密接している。ありもしない事実を作るなら余計、他の機関への根回しが必要になる。精霊を重んじる者が多い故、下手に交渉する相手を間違えると逆に告発される恐れがある。」


「それこそ権力とかで抑えれるような気がするけど…。」


「それ以上に、初代国王と精霊王の誓いを破って、精霊王の怒りを買う方が皆にとって恐ろしいことだ。精霊王の怒りを買えば国王どころか世界中の人々に一生恨まれるだろうからね。」


「なるほど。そういえばあの兄っていう人にも同じこと言ってたな。じゃあ、この一か月で周りからシギとルキウスが最高のパートナーだって信じさせればいいってこと?」


「難しいが、精霊に関しては貴族より平民を味方につけたほうが有利だな。ついでに貴族も味方につけるならシギとアントニオは顔がいいから…。顔を利用するようで悪いが…。」


途端にルキウスが言いよどむ。


「何だ?」


「良いよ。遠慮しないで?」


もとより、二人ともルキウスについてくつもりなのだ。今更、遠慮は困る。


「顔がいい家臣を持つことで貴族からの信頼は上がるだろう。その…、装飾品扱いのようだが、地位が上がれば上がるほど自分自身はもちろん、使用人にも美しさは求められる。だから、見た目をより磨いてほしい。」


「それは努力するけど、礼儀作法は?」


「もちろん、それも求められるが容姿が良ければ基本何をしても良いという風潮が強いから、使用人として最低限の礼儀作法を身につけたら容姿を磨くこと優先で頼む。交渉にも役立つからね。」


「うん。でもやっぱり受け入れられないな。その風潮。」


「私もだ。」


笑いながらルキウスは言う。同じ価値観の友人がいることで嫌でしかない風潮も笑い飛ばせる自分になんて現金だとつい思ってしまうが、初めてのことなのだからいいじゃないかという気持ちが勝ってしまう。


「それを変えるための一歩だ。奴らごのみの美しさになってやろうではないか。」


「シギ悪い顔~。」


「友人と悪戯を企むとは、こういう感じにするものなのか?」


「壮大だな~。悪戯にしては。」


「では、改革の一歩目だ。私とシギはギルドへ。アントニオは執事見習いを外部に依頼しよう。実力主義な組織は少ないが完全に無いわけではない。」


「緊張する~。」


シギは己の主と友人が打ち解けているのを微笑ましく見つめながら、これから待ち受けるだろう事態を想定して己の役割を再確認する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ