言うつもりはない
活動報告書明日書きます
お披露目会も終盤に差し掛かる頃、フィオレナーレが動きを見せた。
「そろそろ…」
ぎりぎり耳打ちにならない程度の距離でフィオレナーレがハドルクに声を掛ける。
「えぇ」
打ち合わせにはないその行動に一瞬戸惑ったアントニオだったが、訓練のおかげでそれは表には出ない。
ハドルクがフィオレナーレをエスコートして会場の真ん中へ移動していく。歩を進める度に周りの人がきが両側に開けていった。
「アントニオさん、申し訳ないけどそちらで待ってくれるかしら」
「はい」
アントニオは大人しく人の集団に紛れた。
「この場をお借りして、ある発表をしたいと思います」
舞踏会用にあつらえただろうボリュームある紫色のドレスはきらきらと反射している。今髪を留めているバレッタは宝石や銀細工が目立っていて小さな冠のように見えなくもない。手首を覆うようなデザインのドレスは、彼女の優雅さをひきたてている。
「私の側近についてお話したいと思います。もうすぐ精霊の墓場の警備から帰還するー」
(危なかったな、こんなでかいトラップがあったなんて…)
側近の進言をした後に大々的な宣言をされていたら大恥をかくところだったとアントニオは胸をなでおろした。
発表が終わった後、拍手と共に演奏が再開され、また貴族たちは踊り始めた。
「急な動きでお手間かけました、アントニオさん。今朝、ギルドの人からやっと帰還日の連絡がきたの」
「とんでもございません」
(嘘だ、最初から仕込みだろうな。ルキウスに確認してみよう)
内心そんなことを思いながら頭を下げる、夜は更けていった。
「はぁ」
誰もいないのをいいことに疲れからくるため息を吐きながら、自室で寝支度をするアントニオ。
「おかえり、アントニオ」
「ただいま、シギ」
振り返ると親友のシギが立っていた。
「どうだった?」
「確認したいことはあるけど、特に問題は無かったよ」
「そうか…、随分と丁寧な手つきで手入れするものだな」
眠たげな目とは裏腹にアントニオの執事服を扱う手はしっかりとした動きだ。
「ウィルト先輩に、俺は身体そのままのサイズをみせる服も合った方がいいと言われて、手入れの仕方も色んな人に指導してもらったから」
その答えに返事せず、シギはアントニオの後ろ姿を見ていた。そうしているとアントニオがまた話し始める。
「執事服の生地は厚めなのを使ってるんだ。小太りくらいの体型が一番綺麗に見えるから」
「綺麗に見える、か。お前もこの世界の美しさの価値観に目覚めたか?」
シギの口調はからかうようだが、目は真剣だ。
「俺は…人は苦手だったけど、それはそれとして好きなタイプとかあるよ。細くて可愛い子なんて、ありがちのやつだけどさ」
「お前が執事の館で語った我らの世界の話、容姿に固執するのは下らない、だったか?」
「やめてくれ」
最早、黒歴史に近いその話はアントニオにとって恥以外の何物でもなかった。
「ルキウスにも」
執事服をしまったクローゼットを閉める手が一瞬その言葉に反応した。
「ルキウスにもその言葉をかければ、我らの世界での価値観では主がどう見えるかを語ってやれば早く自信がついたんじゃないか?あの子の心を埋めれられるんじゃないか?」
まるでしろとでも言わんばかりの雰囲気を漂わせて悪魔のような誘導するシギを見るアントニオの目は凪いでいた。シギの本心じゃないと分かっていたからだ。
「パーティーで出てくる料理ってな、小さめに作られてるんだ、小さい皿を使いやすいようにって。そうやってテーブル自体も小さめにして、肥満体型の貴族たちが動き回って交流しやすい会場作りをする」
言いながらアントニオは机の引き出しからノートを取り出す。
「その代わり、カロリーがめちゃくちゃ高いんだ。でもこれも、意味があって太るためでもあるんだけど代替わりをスムーズにするためのものでもある。あまり健康的じゃない食事をあえてして死期をあえて早めることによって、一人の統治が長引かないようにしてる。まぁ老害対策だな…今まで、容姿のことでルキウスを馬鹿にしたり笑った奴らも当然のようにそれを分かっていて食ってるんだ。」
ノートを見て言ってるわけではないが恐らく書いた内容なのだろう、それを力強く握ってる。
「執事はアクセサリーとしての役割もあるけど基本は動き回る事が多いから、小太りか標準体型が理想で基本は服の生地とかデザインで調整する。頬肉が強調されるよう襟を少しきつめにしたり…」
アントニオは学んだ全てを語る前に息をつく。それをまだシギは黙って聞いていた。
「ルキウスが使ってた図書室の一角、身体づくりの本がいっぱいあった。今見ればルキウスの服も襟はキツめだし…。きっとルキウスはまだ心のどこかで今の自分を、努力を失敗した自分として見てる。それを、俺らの世界の価値観で見たら良いからって、褒めるような事はできないよ」
アントニオの世界では肥満体型は怠惰の象徴でもあった。
この世界でそれを美とするための手法や気遣い、技術に込められたもの、文化を学んだ後では美しいと思えなくても否定することは出来なかった。
「うん、そうだな。そうだ」
嬉しそうな笑みでうんうんと頷きながらアントニオに近づくシギ。
「それに…」
「ん?」
「あの時は、周りの反応的にもそんな事言える雰囲気じゃなかったのもあるけど…意味ないじゃん、そんな事しても…あいつがどんなに俺らの世界の価値観でいうイケメンでも。こんな容姿じゃ駄目だっていう悩みから今の容姿じゃないとっていう執着に変わっちゃうんじゃないかって」
「根本的な解決にならないと、な」
アントニオは以外と観察者の性質が高く、それが人外であるシギと上手く付き合っていけた理由だろう。
「人は変わる、変わる、身も心もな。自分に自信を常に持たなくていい、だが自己愛を失ってしまうのはだめだ。だから己に誇れる、己を愛せる出来事が、要素がいる。主はまだそれを積み重ねている最中」
そう言ってアントニオの頬を両手で包み込む。
今のシギとアントニオは同年代に見えるから好き合ってる者同士のじゃれ合いにも見える。
だが、アントニオがシギに正面から目をのぞき込まれて感じているのは、親が子供に与える何かだ。アントニオは親を知らないがシギが大人、神としての視線をこちらに注いでくるのは元の世界からのことだと照れながらも目を逸らさない。
「お前はそれを分かっている。何だかんだで賢しい子だ。無意識に自己愛を己の心に注げる良い子だ」
「無意識でいいの?」
年長者としてのシギに気恥ずかしくなったのか両頬に当てられた手を外しながら問いかける。
「よい、どんなに辛くともその命投げ出せぬほどの情さえあれば」
「それを人は残酷だって言うんだぞ」
「こちらは神だからな。我らの愛が人にとって優しいとは限らない」
そう言ってシギは差し込む月明かりの中、とびきりの笑みを浮かべた。
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「引っかからなかった」
髪を梳かすフィオレナーレが一人ぽつりとこぼした。
今夜のための豪華なドレスは既に仕舞われており、今は寝間着姿だ。報告は面白味のないものになるだろうと鏡の中を見る。目線は下向きがちでそれにつられて顔も下に傾いていく。
(私のような面白味のない…)
目線を動かさなくとも膝が視界に楽に映せるようになる瞬間、すんでのところで顔を上げた。
(だめだ、顔を上げると決めたのだから)
鏡台に映る自分からフィオレナーレが視線を逸らすことはなかった。
今回は心情メインでしたかね。
でも、フィオレナーレも含めてこれが彼らの未来を書くための土台に必要なので…