精算と構築
ついに手紙を頑張って届けたあの人が出てきます。
「今回、このような役目を引き受けて頂いたこと、感謝します」
凛とした空気を纏うフィオレナーレにルキウスとアントニオはにこやかに対応する。
「いや、ダルタリ家は王家と昔より縁深い仲、気負わず交流の一環だと思ってほしい」
「光栄でございます」
見事な所作でルキウスに礼を述べる。
「本来であれば、ハドルク卿とその執事殿もお呼びするべきですが、側近のお披露目が目的故、ルキウス殿下にもまだお伝えすることはできないのです」
「気にしないでくれ。私たちも楽しみにしている」
ここまでが挨拶。打ち合わせはなくとも、これくらいの互いに障害はない事を示すくらいの会話劇はできる。
「当家は既に打ち合わせ済みですので、僭越ながらアッシム家より伝えられた当日の動きを私の方からお伝えしたいと思っております」
「うむ、宜しくお願いする」
視線を集めるような大ぶりな宝石ではなく装飾が控えめな小ぶりの宝石が埋め込まれた髪飾りはきっちり髪を纏めていた。ドレスもボリュームは控え目で事務的対応に適した服装に見える。
(真面目な人なんだな…)
そんな印象を一瞬受けたアントニオだったが直ぐに思考を仕事に戻す。
特に問題なく終わり、各々の準備は着実に進んでいき当日を迎えた。
舞踏会において、執事など側近は世話係や護衛以外にもお目付け役も兼ねている。婚約者以外と間違いや噂を立てられないようにするためであったりする。
今日の主役はアッシム家長男、ハドルクとその側近。
なぜ、側近のお披露目がこうも大々的に行われるかというと、アッシム家が国防において重要な家だからだ。
魔物の間引きは大事な仕事で、間引く種類が偏れば生態系が崩れる。討伐数が少なくても、多くの魔物が餌を求めて攻めてくる。この大役を昔から務めているのがアッシム家。当主と次期当主は、総司令として部隊を指揮し、側近は分家や部下とは別に副司令官的仕事や補佐的立場を務める場合がある。
要するに将来の国防に携わる若者の任命式でもあるのだ。
(ウィルト先輩…すげぇ、金翼だ…)
次期当主同士が将来のための交流をするため、名代として次期当主やその兄弟も多く集まる。
主役とはいえ武家の者でエスコートするのは王族の婚約者、礼儀と演出をかね、会場近くまで馬車を走らせて出迎えとしてやってきたハドルクとウィルトを見たアントニオは嬉しさと感嘆に目を僅かに見開いた。
「フィオレナーレ嬢、ハドルク=アッシム、迎えに参上した。今宵は精一杯、おもてなしさせていただく」
馬車から降りてきた紺の髪を後ろに撫でつけた青年は、他の貴族よりかは瘦せているとはいえ、ふくよかな体型だ。だが、青を基調とするかっちりした軍服のようなデザインと白手袋に包まれた大きな手、靴も軍靴寄りの見た目になっている。ぴしっと結ばれた紐のおかげで形がでている足は見た目より筋肉がついているのか、馬車から降りる足に不安定さはない。
「よろしくお願いいたします」
にこやかに微笑みながら差し出されたハドルクの手にフィオレナーレは手をのせる。その後に続き、乗り込むアントニオ。エスコート役であるハドルクの執事、ウィルトが合図して御者に扉を閉めさせる。
ここまで、アントニオとウィルトは目線一つ交わしていない。
到着後、フィオレナーレをハドルクがエスコートしながら会場に登場するとわっと控えめな歓声と拍手が上がる。形式的な挨拶が済むと、いよいよウィルトのお披露目が始まる。
「これから私も任せられる仕事が増えていくことになる。今後、アッシム家を末永く支えてくれるだろう我が執事、バーニッシュ家が次男、ウィルト=バーニッシュだ」
ウィルトの綺麗なお辞儀をするその様にアントニオは思わず見惚れそうになる。
挨拶を機に始まる本格的な交流、アントニオにとって苦しいのは、あくまでもフィオレナーレの代理側近として来ていること。そのため、自分が動きたいという理由で動けないのだ。
現在、アントニオが壁の花になって使用人用の控え室にいないのは、側近のお披露目を兼ねている場だからだ。当然、他の貴族たちもそれぞれ執事や側近、護衛を引き連れて大々的にではないが同じくアントニオのように壁際に立たせたり、側に控えさせて見せびらかしている。
(だけど手紙は送ってる…。だから、向こうから接触するはずだ)
少しばかりの緊張を抱えたアントニオは談笑するハドルクとフィオレナーレ、ウィルトを見ていた。
「それほどまでの領域の間引きを任されておられるなんて、流石ですわ」
「フィオレナーレ嬢こそ、積極的にダルタリ家と王家に縁深い者たちとの交流を回していると聞きます。こうしてお披露目の場に多くの人が集まったのは貴方の普段の努力のおかげもあるのでしょう」
「恐縮です」
「あぁ、すまないが…フィオレナーレ嬢の側近の者ともぜひ話してみたい。将来の王妃に仕える者なれば、長い付き合いになるでしょう」
「いえ、実は彼はルキウス殿下の執事ですの。まだ側近の者がいない私を思ってエバルス様が話を通して下さいました」
ハドルクが目線をこちらに投げかけてくれたのを合図にフィオレナーレも目線を向けてくる。双方の視線を確認すると、アントニオは二人の元へ歩き出す。
「お呼びでしょうか」
「ハドルク卿が貴方とお話ししたいとおっしゃってたの」
「光栄でございます」
(いよいよか…)
「普段は魔物の相手をしている事が多くてな。話がしたいといいながら、引き出しが少ない。早速我が執事に頼る事になるが、確かそなたはウィルトの後輩にあたるのだったな。執事の館ですれ違いはしてるだろう?」
気がつけば辺りはしんとしていた。壁の花と化している何人かの側近の者も貴族たちも、こちらにちらちらと目を向けている。
よく見ると会場内の執事の何人かは、アントニオと同じ執事の館で修業してた者だ。
ウィルトと出会う前のアントニオの行動を主人の家と実家に報告しているであろう人間も少なくない。
「はい、上級生でしたのであまりお話しする機会はありませんでしたが」
浅い関係だったとアントニオは返した。人前でこれにウィルトが同意すれば、館内での関係がどうだったかはともかく、ここでそういうことにする事ができる。
「えぇ、ただ彼は異例でしたので話題にはなっていました。お許しを頂けるのであれば、ここで一から良き関係を築ければよいのですが…」
ウィルトの言葉に空気が重くなる。普通、執事の方から他家と関わりを持ちたいと捉えられるような発言はしないものだ。ウィルトからハドルクへの目くばせもわざとらしい。
「あぁ、そうだな。我がアッシム家はアルガディア王国の剣にして盾、ルキウス殿下は勿論、お付きの者とも良好な関係を築ければと思っている」
(よしっ!)
「ルキウス殿下にもそのお言葉、確かにお届けします」
ハドルクひいては、アッシム家から了承の言葉を公の場でもらえたことに心の中でアントニオは歓声を上げた。ただもう一押しならぬ、もう一言が欲しいのが本音だ。
「この縁を繋いで頂いたエバルス殿下にも礼を伝えねば。国と王家をお守りし、お支えするのがアッシム家の役割。エバルス殿下もルキウス殿下も、我々は同じようにお守りする所存でございます」
思った瞬間、与えられた欲しい言葉にアントニオは勝利感が顔に出ないよう必死に押し隠した。
それまでの言葉でアントニオとウィルトの館内での関係は、あくまで執事の館内でのものとして終わらせた。フィオレナーレがハドルクの前でアントニオを紹介したことで初対面に近い状態という事にもできた。
ただ、ここまでの言葉だとルキウスに肩入れしている、或いはしようとしているように聞こえるのだ。だからエバルスにも言葉が欲しかったのだ。そして見事、ハドルクは区別しないこと、あくまで守るのは国と王家であることを明言したのだ。
「素敵な場に立ち会えたこと光栄にございます。エバルス様にもよきご報告ができそうです」
淑女らしい控えめな笑みを見せるフィオレナーレを見て安堵したいアントニオだったが、ここで隙を見せるのが一番危ないと分かっていた。
劇の一場面を演じきったような疲れを自覚する前に再び始まった貴族たちの会話を耳に入れながら、代理側近としての仕事をこなした。
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「あぁー、疲れたな」
暗いギルドの階段をケルムが首の骨を鳴らしながら上がっていく。目的の部屋の扉を空けると目当ての人物が月明かりが差し込む部屋の中、書類の整理をしていた。
「よう」
「戻ったか」
ジンドが顔を上げてペンを走らせていた手を止める。
「あの王子もだいぶ冒険者っていうのを分かってきたな。アッシム家やあの周辺の貴族は冒険者と関わりが深い。新しく加わった貴族でもなく、俺を手紙の配達人として使うとはな」
「ここで鍛えたんだ。それくらいできないと困る」
副ギルド長の部屋のソファーになれたように座るケルムを咎めもせず、書類を片付け始めるジンド。
「あと、あの執事ってアントニオだったか?あいつにはいつ会える?」
「なんかあったか?」
「頼まれたんだよ。アッシム家周辺の貴族の意識調査について、様子を見るだけでいいからしてくれって」
「意識調査?」
「貴族階級によって不細工への嫌悪感の度合いが異なるのは知ってたらしいが、どうもそれが気になるらしいな。俺だけじゃなくて遠方の出身だったり、行ったことある冒険者から話しを聞きまくってたぞ」
「遠方の、な」
ハドルクたちとアントニオの会話、楽しんでいただけましたか?
アントニオが以前から抱いていた貴族階級の意識の差について本格的に調べ始めましたね。
活動報告書含めて楽しんで頂けると幸いです。