大きな決断は小さな成長で
ダクトと白の子たちがルキウスらと会います
シギの魔法仕込みの拘束具を着けられたニーロが、ゲッダの兵士によって双緑の間に連行されているところだった。
「彼は来ると思う?」
「来る」
キーニャの言葉に即答したルキウスの顔には確信が見えた。
ニーロの処刑の準備は着々と進められていく中、あちこちで気配が溢れるのをシギを感じ取った。覚えのある気配に他の者たちも遅れて反応する。
「襲撃者だ!皆様、おさがりを!」
四方の壁の中から何人もの襲撃者たちが這い出てきている。
「下がるのはお前たちだ」
そう言うとシギが前回の襲撃の時のように結界を張ると、やはり襲撃者たちの暗器は届かない。
「攻撃箇所を変えて!」
襲撃者たちは一瞬で散開。何人かが距離をとろうとして、足を縫い留められた。
「ば…、化け物…」
緑色の宝石の花と透明な鎖が日の光を受け、床に虹色の影を作り出す。双緑花が彼らの背後に立ちはだかっていた。
「「許されぬ技を持つ者たち。例え、真実を知らぬ身であろうとも、あの方が涙流しながら飲み込んだ犠牲の数に、お前たちが生んだそれは含まれていない。そして…」」
そう言いながら、というよりかは怒気を身体から押し出すような話しかたにゲッダ王国の兵士ですら腰をぬかしそうになっていた。
「「守るべき者たちにお前らは含まれていない」」
遥か上で揺らめく鎖がピタと動きを止める。振り落とす予備動作に気づいた数人は呼びかけようとするも、あてられた怒気で声がでない。
(ダクト様…!、申し訳ありませ)
「お待ち下さいっ!」
怒り、恐怖、緊張で作られた空間を割るような大声に、全員が止まった。声が聞こえた方向からまたもや気配が溢れ出す。
床から細く白い光が魔法陣が描いていく光景の中で、かすれた絵筆の跡のような影がはっきりとした人影になった。完成した魔法陣の中心にいたのは、片膝を付き首を垂れた青年、ダクトであった。
「んぐうっ!」
今まで一言も発せず、だが動揺を露わにした目で事態を見ていたニーロが初めて声を上げた。
「この者たちが、このような行動に出たのは全て私の責任!その咎を叩くのならばっ、私を!」
動き止め、無言の双緑花からは何も読み取れない。
「ダクト様! お止め下さい!」
「貴方がいなくなってしまったら私たちはっ」
悲痛な叫び声があちこちから上がるが、ダクトは頭を下げたままだ。
「双緑花様、彼は私たちの客人。ご対応はこちらにお任せください」
セタンタが一歩前へ出て、双緑花に向かってお辞儀をした。
それを見た双緑花は無言のまま鎖をゆくっりと地面に落とした。それを確認した時には敵味方関係なく、安堵に包まれた。
「ダクト卿、そうお呼びさせてよろしいかしら」
セタンタはゆっくりと歩を進め、ついに結界の外に出た。それを好機と見た何人かが飛びかかろうとする。
「やめろっ!」
だが、ダクトが声を張り上げると毒気を抜かれたように凶器を持つ手を下ろす。
「はい、このようなはしたない格好で参上してしまい申し訳ございません」
急いで駆けつけたダクトは服装が乱れており、服もまた貴族の普段着で他国へ訪問するに適した礼装ではなかった。
「お花は見当たらないようね…」
「ぐぶっ、ぐぅっ!」
何かを必死に言いかけているニーロを苦しそうな顔でダクトが見る。無事を確認できた安心感と期待を裏切った罪悪感が心の中でぶつかり合っていた。
「重ねてお詫び申し上げます。ですが、代わりの品をご用意しております。度々の無礼を許して頂けるなら、先にルキウス殿下に納めさせていただきとうございます」
「構わないわ」
セタンタが一歩引くと、執事服のアントニオが前に出る。それを確認したダクトは服のポケットから手記を取り出し、両手で差し出す。
アントニオは何か罠か仕掛けられていないか軽くページをめくってみるが何も起こらない。何よりシギが無言の時点で安全であると判断していた。確認が終わるとルキウスに差し出す。
ルキウスは手記を開き、少し目を見開くがそのまま丁寧に読み進めていった。
「私たちへの襲撃を一度で止めたのはこれが原因か」
そもそも壁をすり抜ける事ができるのなら、一回目で失敗した時点で隠密でもして情報収集やそれぞれを守護する者と引き離す作戦もとれたはずなのだ。
「そうです…」
手記を初めて見たニーロは何が何だか分からず困惑している。
「見つけたのはいつだ?私たちが幼い頃なら始末するのも簡単だっただろうに」
「えぇ、そのはずでした。ですが事件が起きたました。この使命が伝えられるのは代々当主とその自然血族のみ、配偶者とその親族には一切伝えられません」
当時の事を思い出したのかダクトだけでなく、他の襲撃者ー白の子たちーも苦い顔をしている。ニーロも俯いていて、かなり悪い記憶なのだろうと察することができた。
「現当主、ダキト=バルトイの配偶者、私の母が誤って彼ら白の子たちの居る地下施設に入ってしまったのです。母は実家では次女で冒険者としての実績があったため、初めて見た白の子たちを侵入者と勘違いして排除しようとしたのです」
あぁ、といった空気が流れた。
この場にいる白の子たちは全員顔はそこまでだが、身体が細く薄い上に白すぎる肌と髪。そんな人たちが集団でいれば、この世界の人間なら咄嗟に排除しようとしてもおかしくない。結果、どんな事が起きたのかは想像するに容易い。
「既に減少傾向だった上に父の無理な命令で少なかった白の子たちは更に減ってしまったのです。当時現役だった者は幼い子たちを守るために…。訓練終わりで魔力が尽き、身体強化の魔法も解いていた彼らは…」
この場にいる白の子たちの殆どが当時現役、本来ならルキウスたちが育ちきる前に命を摘む役目を負う者に守られた子供たちであった。
「その後は」
「母に気づいた父が止めて、真実を話しました。母は到底受け入れる事ができず、それ以来自室からほとんど出ていません。数を戻すため、何より任務を遂行できる実力者が亡くなったため、この時期になったのです」
ダクトや白の子たちにとっては不幸な事件、しかし奇しくもそのおかげでルキウスたちは全てが動き出す精霊召喚まで生き残る事ができた。そう思うと、ルキウスは複雑な心境に陥りそうになる。
「ダクト殿、そなたはどうしてここへ来た?ナヴィオラの花を持って来て知らぬふりをすれば良かった」
ルキウスの声は落ち着いてどこか優しかった。それを感じ取ったダクトは、ニーロや他の白の子の処罰を回避するための理論ではなく感情で話すことを決めた。
「わっ、私はっ、手記を読んでもし本当であればと仮定しました」
「そして?」
「真実なら白の子たちを巻き込みたくないと、死なせたくないとっ。私は彼らを守りたいっ、それは本当なのですっ!それでも強行したのはっ、誰にも相談せず一人で勝手に失望される事を恐れた私の落ち度ですっ!」
荒ぶる声が涙声になっていく。
「白の子たちはっ、私のっ、私の家族ですっ!そしてそこにいる彼はっ」
顔を上げたダクトのこの世界での端正な顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。ダクトに視線を向けられたニーロも涙を流しており、拘束具にぽたぽたと落ちている。
「私の大事な部下で、兄弟で、親友なんですっ。彼も皆も失いたくありません」
ルキウスも他の皆もダクトと白の子たち以外は表情を変えない。一見、言葉が響いている様子のないそれを見てもダクトは怯まなかった。寧ろ、ここからが本番といったように息を吐いて佇まいを直す。
「犯した罪は分かっております。首を差し出す覚悟をしてここに参りました。私が主犯です。手記にもあるように白の子たちは、代々狭い世界で生きていました。他者に関わる事もなく、使命とバルトイ家の少数の人間しか知りません。貴族社会を生きていながら、盲目のまま決断を下した私に罪があります」
その言葉に白の子たちは息を吞んだ。
「ぐっゔっ、ぶっ、うっ、う゛う゛ぅぅぅっ!」
首を横にもげそうなほど振り、ダクト以上の涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、うめき声で制止を試みるニーロの姿は痛ましい。
「ダクト殿、処刑日はどうやって知った?」
「部下からの報告です」
いきなりの質問に覚悟を決めたダクトは静かに返す。
「その部下はどうやって知った?」
ダクトは振り返って部下を見る。話を振られた部下はこの質問が主人であるダクトの生死を決めるのかと慌てて答える。
「ゲッダ王国に潜入してた時に…会話を聞いて、聞きました」
急いで言い直す彼女の言葉を聞くとルキウスは後ろにいるセタンタたちに笑みを浮かべる。
「そうね、会議を開いて内々で決めたことで外には発表していないの」
「終わらせようと思えばここで無かったことにできる」
雲間から漏れる光のような一筋の希望がニーロたちに差し出される。
「どうする? ルキウス」
「この手記の他にもバルトイ家の屋敷や地下施設に五百年前の事で情報があるかもしれない。まだそちらに報告できていないが、これのおかげでいくつか納得できた点ができた。こちらに協力するのなら、白の子たち含めてダクト殿、バルトイ家が安全に過ごせるようにする」
まさか全員助かると思わなかったダクトたちは勢いよく顔を上げる。今度は嬉し涙を流しながら、頭を今一度深く垂れるダクトの元に開放されたニーロが駆け寄った。
「ダクト! 手記って何のこ」
言い終わる前にニーロの薄い身体をダクトが抱きしめる。
「お前が無事で良かったっ」
肥満体型であるダクトの体に若干めり込む形で抱擁されているニーロは一瞬驚き、ふっと小さい笑いを口から零した。
「ただいま、親友」
ダクトが白の子たちにもみくちゃにされている後ろで、シギは前を向いたままアントニオに話しかけた。
「アントニオ、なぜ止めた?」
ルキウスが手記の内容を確かめる時、シギは手伝おうと近づこうとした。それをアントニオは小さく手で制していたのだ。
「ルキウスに手貸そうとしたんだろ?でも、今のあいつなら判断できると思ったんだよ。それに、もし間違ってたとしても責任とるのもルキウスや俺たち人間がしなきゃいけないことだ」
シギの問いにアントニオも同じく前を向いたまま答えた。
シギは手記から昔のであろう魔法を感じ取り、手記そのものの年代を調べようとしたのだ。魔法技術だけ昔のを使って手記自体は捏造された新しい物かを見極めるつもりだった。
「半神で神の中では若い方とはいえ、シギも既に長生きしてるだろ?お前にとっては幼い人間の小さい成長でも、人間にとっては大きい決断できるくらいの成長なんだ。それに、俺と話した時みたいにスッキリした顔してたしな」
シギはルキウスの顔を見ると、今度は横のアントニオの顔を見た。
「そうみたいだな」
似たような晴れ晴れとした顔見てシギは力を抜くと同時に考える。
(この世界来てから、だいぶ感情的になることが増えたようだ)
ルキウスが信じた理由は次回出します。今回も活動報告書書けません。




