見えたあの頃
書けない
報告を聞き終わったジンドが座っているのは部屋の主が座るべき椅子ではなく、来客用のソファー。代わりに椅子に座っているのはシザルだ。
「そうか、双緑花様が警戒されるほどの。だがそれが分かったところでどうすることも出来ない。それに裏切り者の目星がついた」
「早いですね。ですが…、ここはルキウス様にお任せ頂けないでしょうか」
常なら意地悪な顔をしてそう提案するだろうに、今は思いつめている様子だ。
「構わない。しかし、そんな顔をして言う理由を聞いても?」
「以前、少し意地悪したのは事実ですが、今は本気で案じているのです。神獣の力、箔、使えるもの全て使う精神は好ましいですが、それができるのはシギ様が半神である今だけです」
シザルはルキウスを認めたわけではない。しかし、今のルキウスをどうしても昔の自分に重ねてしまっていた。
教会の斧の補佐、贔屓のために作られた地位にいた時は仕事なんてほぼ無かった。しかし権力だけはあった頃、不信の目を向けられながらも色んな事に手を出し口を出して信頼を勝ち取った。その頃の自分を見ている気分になっていたのだ。
「決戦はもうすぐなのにあの調子で心配なのは分かるが、これは試練ではない。世界を救う方法はこれしかない、この時期を逃がせばもう次はない。それを忘れているわけでないはないよな?」
「はい…」
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同時刻、ルキウスたちは王宮の書庫の一角にいた。壁から生えるように密着した状態で設置されている大人にとっても大きな赤いソファーは背の高い棚たちの奥にひっそりといる。壁とソファーの設置されている隙間を見るとそこだけ特別傷んで古びているように見えた。
ここで色々やった名残りかとアントニオはルキウスの幼少期を想像しながら目線を移す。
「なんかここら辺の一角だけ、棚にある本の種類がバラバラだ」
アントニオの呟きに答えるルキウスは懐かしそうに目を細める。
「あぁ、ここは私が安全に本を読むために少しずつ集めたのだ。いけないことだと分かっていたし、司書にも悪いと思ったが…」
「安全に?」
「図書室は人目を気にせず過ごせる場所だったが、兄上が学友と過ごすようになってからは居づらくなってな。お前などここで充分だ、出るなと言われてからは、こっそり気になる本をこちらに持って来て読んでいた」
「自分だけの勉強室! 夢があるな」
広い王宮の中、一人ぼっちの記憶はルキウスにとっては寂しいものだがアントニオにとっては住処に狭かろうが自分だけの空間があるというのは、夢があることだった。
「…!あぁ、そうだな、楽しかった」
そうなのだ、読書している間は夢中になれて楽しかったこともルキウスの記憶に残っている。
「にしても豪華だよな。柱とか造りが図書室って感じしない。なんか最初にここに来た時にいた所に似てる」
アントニオは未だ興奮する気持ちを抑えられないのか、ルキウスとシギ以外誰もいないのをいいことにきょろきょろと見回している。磨き抜かれた赤い柱、金色の細かい模様が入った壁は圧巻だ。
「あぁ。そうだ…」
「ルキウス?」
変に途切れたような声にアントニオとシギがルキウスの顔を覗き込む。
「召喚の儀式をした場所は普段は謁見の間として使っているんだ。ゲッダほどではないし、魔法技術も劣るがここも最高の状態を保つための魔法がかけられて、かつ改造は禁止されているっ」
そう言って書庫の一角の壁に手を這わせる。
「こんな改造されたような跡が残っているはずないんだっ!」
もう一度、ソファーと壁を観察すると言われてみれば後付けしたような感じにも見える。壁を一度くり抜いて、また付けたような凹凸が出来上がっていた。
「誰かが破ったってことは?」
「いや、そもそもがおかしい。図書室、しかも書庫に当たる部屋が謁見の間と同等の豪華さがあるなど」
「…シギ、ここを汚さないようにソファーを外してくれ。誰にも知られたくない」
「了解だ」
シギが手をかざすと、淡く白い光がソファーと壁の間に集まっていく。数秒後、音もなく壁から離れたソファーがゆっくりとひとりでに横に移動されて置かれる。
外した後ろに見えたのは灰色の壁、だが近づくとソファーとの接地面より外側の壁の色と微妙に違う。劣化具合の差によるものだった。壁を叩くとコンコンと思ったよりも軽い音がする。
「シギ、音を」
「遮断しておこう」
今度はアントニオも察したのかシギに手短に伝える。そうしてルキウスとアントニオは顔を見合わせた。お互い、やろうとしている事が一致しているのを確認して壁に同時に蹴りをいれる。
ガンッーピシッー
ひびが入る。
「もう一度だっ」
「あぁ」
ルキウスに応えたアントニオは今一度軸足の位置を整える。
ガッ、ガラガラ
完全に叩き込まれた音がする直前に壁が崩れ落ちる。転がる壁だった瓦礫を見ると、明らかに素材も違っていてこれも後に付けたものだと分かる。
「っ…」
「…」
土埃が晴れて見えたのは、横幅二メートル近い古い絵画。どこか高い身分の人たちだと思わせるドレスに装飾品を身に付けた人たちが描かれている。
「ルキ…ウ、ス?」
アントニオがやっとの思いで絞りだした声。絵画の中にはルキウスとよく似た顔の薄銀色の長い髪の男が中心に写っていた。絵の中の彼は大きい椅子、まるで玉座のようなそこに座して微笑んでいる。
「ジュッセ…初代…国王…陛下」
ルキウスは自分とよく似た男ではなく、その後ろに立っているふくよかな男に目がいっていた。
ルキウスら、アルガディアの者なら知っている王家の紋章、国王だけが身に付けることが許される首飾りが、ルキウスによく似た長髪の男の首に色鮮やかに描かれていた。
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