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手記に書かれた願い

書けない

 ―母上の故郷からの帰り道、見知らぬ男に攫われて連れて来られたのは地下室のような場所だった。僕が離れている間にアルガディアはすっかり変わってしまっていた。


 いや、片鱗はあった。一緒に行った乳母の目が今までで向けられたこともない、冷たい目だった。妾の子だからそれ自体は初めてではなかったが、彼女から初めて向けられたそれに身をすくめた一瞬、崖から突き落とされていた。


 ボロボロになって意識朦朧としていたとこを襲われた僕は他の子同様、見てくれは浮浪児。


 地下に現れた誘拐犯たちを率いていた男は僕たちに噓を吹き込み始めた。


私以外の子供は国の細かい事情知らぬ平民だからか、すぐに信じた。本当は声を上げたかったが、あえて貴族の子を避けて平民の子だけを狙ったのなら、正体がばれた瞬間、殺されるかもしれない。僕は黙って従うことにした。


 彼らが吹き込んだ噓、一つ、僕たち白の子は結界と魔法による身体強化無しでは生きられない。先天的に虚弱体質なだけで別に魔法無しでも生命維持できる。結界に関してはそれはどこからきたと言いたかった。


 二つ、シギやヨドミといったものが生まれたのは、ジュッセ殿下を魔法発動に利用したリギス陛下の仕業。精霊たちを強制的に世界から剥がそうとしたのを陛下が止めようとした結果だと。


 膨大な魔力を持つ殿下に仕込まれた魔法陣が暴走。実際に仕込んで魔法を発動した陛下、魔力源にして魔法陣にされた殿下、意思に沿って動く魔力は異なる二つの意思に翻弄されて歪み、精霊ごと呪いと化した。


 魔法の仕組み自体は筋が通っている。しかし、信じられなかった。だってリギス陛下とジュッセ殿下は仲睦まじい兄弟であられていたから。


 国民たちや表向きの外交を担当するリギス陛下と王都から外れた辺境、時には貧民街から引き抜きをして人材管理と育成をするジュッセ殿下の完璧な連携。王宮で働くことになった僕の親戚はたまの里帰りによく不当な精霊使役の悪習根絶に尽力する陛下たちの話を聞かせてくれた。


 地下に連れて来られて数日、暖かい食事と寝床、そして優しい言葉を与え続けられた。周りの子は涙を流して感動している。確かに僕たちの髪色や容姿は醜いけれど…、そこまで思ったとこで僕はゾッとした。思考が侵されていることにやっと気づいた。


 ここは地下だが、たまに兵士らしき者たちが出入りする。彼らに触れられる度に母に髪色を褒められた記憶、父がお前の目と同じ色だと初めて買ってくれたペン、乳母や使用人たちに日に焼かれた肌を薬湯で癒された記憶、本家の奥様と兄に看病された思い出。妾の子にしては過ぎた幸福な時間が上書きされるのを感じた。


 いずれ他の子のように僕も完全に記憶を失うのだろう。その前に、ここに僕が知る限りの真実を書き記す。誰かがあいつの計画を止めてくれることを願って。


 僕は王都に辿り着く前に誘拐されたから全てを知らない、見ていない。だが、あいつが消そうとしている五百年後に再び生まれる子供たちは敵じゃない。この狂った世界を直してくれる希望であるはずだ。どうか、これを拾った人よ。僕の言葉を信じてほしい―


 洞窟で隠し持っていた初めて自分で買った手帳と父からのペンを急いで走らせる。書き終わると手帳を洞窟の岩場の隙間にねじ込む。せっかく買ったそれが歪むの目の端に追いやって訓練に戻った子供はその五日後、乳母の冷たい目だけを記憶に残しまたままその生涯を過ごすことが決定した。


----------------------------------------------------------------------------------------


 何度読み返したか分からない手記を胸に抱えながらダクトは魔力を流し込み続ける。


 本当は今すぐにでも部隊を送り込んでニーロを助けたかったのだ。それをしなかったのはこちらの魔法技術が既に相手に知られているかもしれないから。


 知られているだけならまだしも相手は防ぐ術を持つ。また派遣すればとられる人質が増えるだけと危惧したダクトには救出はおろか暗殺の選択すらも取れない。


 コンコンッ


 ドア叩く音が質素な地下室に響く。


「入れ」


 顔を上げて軽く体裁を整えてから入室の許可を出す。


「ダクト様…」


 言いづらそうにしているのは、この間ニーロの魔力供給を止めるよう進言した者だ。


「なんだ、話しなさい」


「ニーロの処刑日と場所が決まったと、監視役から知らせが入りました」


 一瞬で冷や汗がドバっと全身から噴き出す。顔色も明らかに悪くなっているだろう、それでも貴族たるもの表情だけは変えてやるものかと気合いで保つ。


(落ち着け。美人で地位の高いセタンタを狙う以上、こうなることは理解していたはずだ)


「何時だ?」


「ゲッダ王国、王宮の双緑の間。三日後の午前十時でございます」


「情報はそれだけか?」


 頷く彼を見ると顔を逸らし、手だけで下がるよう合図する。


「ダクト様、罠かもしれません。行ってはなりません…」


 珍しく素直に従わない部下は縋るような目でダクトを見ていた。


「分かっている…分かっている」


 一回目は部下に二回目は自分に言い聞かせるように答える。その背中から何も読み取れなかった部下は再び首を垂れて退出した。


--------------------------------------------二日前----------------------------------------


 捕虜の目覚めを聞いた一同は尋問を優先することに決めた。シザルは何としてもこの尋問役を勝ち取りたかったため、早急に自身が持っている札を出すことにした。


「よろしければ尋問役を私に任せて頂けないでしょうか」


 気持ちとは反対にゆっくりと手を挙げる。


「彼が殺しにきたのは私で、唯一会話というか言葉を聞けたのも私です」


「少し待ってくれないか。シギ、一刻も早く情報を手に入れたい。私にやったように彼の頭を覗いて記憶を見れないか」


 そんなことができたのかと、シザルは次の手を考える。元々あった計画の不安点、どんな神獣が召喚されるのか、どのような能力を持っているのかが未知だということがここで出てくるとはと頭を回転させる。


 しかし、シザルの心配は早々に杞憂になった。


「そうしたいのは私も同じだが、あれは私と覗かれる者の同意があって出来ること。無理にすれば廃人になる。そして廃人の記憶は見れない」


「そうか、ではシザル頼めるか」


「はい、喜んで。そして差し出がましいことかもしれませんが、ルキウス様にお願い事がありまして」


 差し出がましいと言った時、目線を感じたキーニャの嫌な予感が当たる。


「アルガディアの書物庫は、ルキウス様が幼少の頃から数少ない自由に出入り出来る場所とキーニャ様からお聞きしております。アルガディアの歴史だけでなく、ゲッダ王国についての史料が無いか、お手数ですが調べていただけますでしょうか」


 いつになく恭しいその様子に何も感じないわけではなかったが、それ自体は賛成であったルキウスは何も言わなかった。


「現状、そなたに応えられることだ。引き受けよう」


 キーニャは余計な事を話すんじゃなかったと後悔していた。明らかに会談の時の会話を利用され、満足に睨み付けることのできない現状に不満をこぼしたい気持ちになる。


 クスクス笑っているセタンタとキーニャの様子を見て、何となくしてやられたのだろうなとルキウスは感じ取る。


 シザルが一方的にこちらに協力するわけないと分かっているが、現状問題無いとルキウスは目をつぶった。


----------------------------------------------------------------------------------------


 王都を巡回する兵士ではなくジンドに襲撃者の拘束を頼んだのは、醜い者が襲われたと言ってもまともに取り合う者がいないと分かっていたからである。


 ギルドの牢屋はそういう醜い者たちが襲われた時や兵の到着を待っていられないほどの緊急時によく使われている。


 シザルにとって、ジンドやそれ以外の内通者も多くいる王都のギルドは色々とやりすい場所だ。


 牢屋の中に入ると、吊るされたままの青年がこちらを睨んで息荒くしている。


(口枷を外して自殺されても困りますね)


「結界を失くすことにどうしてそう抵抗するのですか?」


「っつ、ぐっ、ゔっつ」


 そう言うと鎖を揺らして激しく前のめりになる。それを見てほくそ笑むシザルを見てまた増悪を募らせる青年、ニーロ。


「そもそも私たちの目的は結界を消すこと自体ではありません。ルキウス様を王にし、シャーキ草生産の増加、教会の独立が目的です」


 これらの言葉には特に反応しない。


「まぁ、精霊の契約について色々分かったのでそのことに対して…」


「ゔぐぅあっ」


(これですか)

 

 口枷を渡された鍵で外す。あえてニーロが望む人物を演じれば、会話する気になるかと反応する単語を探した結果、まんまとニーロを逆上させることに成功したシザル。


「てめえっ!自分さえよ良ければいいのかっ!」


 ただ、結界に関して特に知識の無いシザルがここからどう情報を引き出すか、知らないことを知られてはいけなくなった。


「自分さえ?いえ、そんなことはありません。我が信徒たちのために常に尽力しております」


「信徒ぉ!?よく言うっ!そいつらもお前らの手先なんだろ!全部全部っ、俺ら白の子が世界の魔力の通しを悪くする存在だからって」


(聞いたことが無い話、囲まれたと考えるのが妥当ですね。正直、全部ここで喋らせたいですが…)


 いずれ自分だけでなく、ルキウスたちも彼と接触する。下手に茶会の主催者側の人間しか知らない情報を出せばニーロを通して知られ、怪しまれるかもしれないと彼らの雇い主について探りを入れる。


「はて、何のことでしょう?それはそうとしてあなた方の同時奇襲の腕、お見事でしたよ。私もルキウス様の精霊より賜ったものが無ければ一体どうなっていたか」


「いけ好かねぇ、そいつは来ないのかよ」


「私ではご不満でしょうか。我が王は貴方と会うことを望んでいたのですが私、とても心配でして無理を言って代わらせて頂きました。貴方の同志?雇い主からは音沙汰無しで…。あれほどの技術があれば直ぐに足を運ぶこともできますでしょうに」


 シザルが次に確かめたかったのは、彼らの雇い主がニーロたちを大事に思っているのか、それとも捨て駒扱いなのか。どんな扱いを受けていようが知ったことではないが、それによってとれる作戦が変わってくる。


「残念です。随分自我が強いようなので大切にされているのかと思っていましが…。捨て駒でしたか…」


 わざとらしいため息をついた瞬間、怒号が響き渡る。


「てめえのクソみたいな主と俺の主を一緒にするんじゃねぇっ!」


「貴方の王は優しいと、きっと助けてくれるんでしょうね」


(しまっ…)


 理解した瞬間、思考を放棄して舌を噛みちぎろうと口をぐわっと開ける。


ガヂッ


 歯が欠けそうなほど強く嚙んだのは舌ではなく口枷だった。シザルは決して非戦闘員というわけでない。だが、何も鍛錬していないわけではない。何をするか察して直ぐに口枷を嚙ませたのだ。そのまま、鍵をかけるとジンドの執務室に向かう。


「ジンドさん、ご報告があります」

書けない

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