選ばれた理由と白の子
魂の生き残り、というワードで「魂?」ってなった方はいませんか?まだですけど、魂とした理由は後々、明かされます。
シザルと主催者の会話をお楽しみください。シザルが珍しく感情的です。
シザルは襲撃された時のことを、思い出していた。あの時は刃物にばかり目がいっていたが、実際は侵入者が壁の中から出てくる瞬間を目で捉えていた。
侵入者の男が出てくる前、壁の一部が歪み、波のように揺れていた。液状みたいになっていたそこから、彼は現れた。シザルはあの現象を過去に見たことがある。
それは夢の中だった。乾いた音が響いて、誰かが泣き崩れた。悲鳴が響いて、誰かが誰かを責める声で部屋がいっぱいになる。それが怖くて、身を縮めた時、誰かに手を握られた。無骨で大きい、男の手。そして、壁の中から同じように複数の男たちが慌ただしい様子で出てきた。
シザルがそれを夢だと確信したのは、父親にも家族や他の誰にも、幼少期の頃に手を握られたことは一度も無かったと覚えているからだ。
また、シザルは現実でも主催者がたまに使っているのを見たことがあった。
カタッ
音に反応してシザルは顔を上げた。精霊教会本部、斧の部屋には主催者とジンドがいたが特に驚かず、いつの間にかいたことを気にする様子はない。
「聞かせて頂きたいことがあります。私に声をかけてくれたのは、私が優秀だからですか、アルガディアの斧だからですか、それとも…」
意を決したようにシザルは真っ直ぐ主催者を見る。
「五百年前の魂の生き残りだからですか?」
その言葉にフードを被った外套を被ったままの主催者が、身体をピクッと震わせた。
「それを誰から聞いた?」
「双緑花様です」
「あぁ、彼らからか…」
ジンドは何も言わないが、警戒度をさっきより上げる。
「正直に言おう。協力を求めたのは、そなたの言う通り魂の生き残りだからだ。だが、予想よりそなたが優秀だったのは喜ばしいことだった」
「…真実を言っているのでしょうね、貴方はそういう人だ。普段は嫉妬なんてしませんが、今はジンドが羨ましいですよ」
顔をそむけながら、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「襲撃者について聞きたい、シザル卿」
「貴方たちは相変わらずだ。私はもうとうに貴族ではないのに」
ジンドをはじめ、主催者側の者たちはシザルに敬意を払って”卿”の敬称を付けて呼ぶ。
「彼は五百年前の魔法技術を持っていました。貴方が使う壁をすり抜ける魔法です」
ジンドの問いへの答えを聞いて、主催者は確信を持ったように頷いた。
「今朝方、貴族たちに連絡の贈り物を送ったが、そなたとは直接話す必要があったからここまできた。…裏切り者がいる」
「やはりですか」
「しかも、これはきっと計画的だ。どうやっているかは知らないが集団を作り上げている。問題は、裏切り者が今も魔法で生きているのか、子孫が意思を受け継いでいるのかだ」
当時の協力者たちの半分以上が、魔法の専門で超一流の技術を持っていた。研究施設の書類が何枚か抜かれていたことから、独自に研究して今も生きている可能性もある。
「もし、子孫が受け継いでいる場合、自分がやっていることが分かっているのか、或いは都合のいい話しを吹きこまれて、それに従っている可能性もありますね」
「全員の話しを聞くまでは、それぞれの仮定で動く班を編成して動くべきかと」
「ジンド、編成は貴族側とケルムと相談してくれ。逐一報告しろ」
「はっ」
シザルは主催者の方に一歩詰め寄ると、ジンドがそれに少し眉をしかめる。不快、ではないが不可解といった感じだ。
「私にはありもしない記憶があります。一時期はたかが夢と思っていましたが、私が五百年前の魂の生き残りというなら理解できます。そして私の他にルキウス様方が狙われたということは、彼らも…ですか?」
「そなたには最初から話すべきだったかな」
「そもそも何故、私に話して下さらなかったのです」
「知れば世界の未来とそなたを頼ってきた信徒を天秤にかける重荷を背負うことになる。私たちは全て根絶するためにこの悪習を見逃し、それに押し潰される人間を見て見ぬふりしてきたのだから…」
「…何も言わずにっ、消えるおつもりだったのですかっ!」
思わず掴みかかろうとしたシザルを、ジンドがやんわりと肩を押すことで止める。
「…すまない、だが自力で精霊教会の斧の座を掴み取ったそなたを煩わせたくなかった」
それからしばらく無言が続いた。
「私はいつも通り、斧としての役目を全うさせて頂きます」
「分かった…」
背を向けてそう言うと、主催者は返事をしてそのまま転移していった。
ー五百年前のある研究者ー
全てが最高としか言えなかった。皆の賛美、美しい妻、豪邸、金、約束された将来、全てが完璧だった。
俺を醜いだのデブだの言ってた奴が、今では俺の美貌を褒め称え、かしずいている。事件が起こらなければ、俺に見向きもしなかった女が皆、俺を見て夢心地のような顔だ。
にしても、陛下の弟君、ジュッセ殿下の精霊解放がこんな形で叶うとは皮肉だな。
元々は精霊の使役を円滑にするための研究班にいたが、ぶっちゃけ俺にとって精霊を使役するか否かなんてどっちでもいい。大事なのはどっちの方が楽か、得かなのだ。
感覚や価値観の狂ったこの世界で今、楽な道を俺は選んだに過ぎない。
順調な毎日だったがある日、かつて美貌王と呼ばれた何代か前の王の絵画の前を、運悪くヨドミに触れて狂った研究者たちが通った。
「この人、昔は今までの王族の中では一番美しいって言われてたんだってよ」
「正気か?まつ毛長いし、顔に肉も無いし」
「腹も出てないのになっ」
最初はそんなやり取り、全然気に留めなかった。自分だって学生の頃は教科書や廊下に飾ってある偉人の絵を見て友人と色々言ったものだ。
自宅に帰ると、妻がいそいそと準備をしていた。
「何をしている?」
「おかえりなさいませ、貴族なら自分の絵画を持つのが常識、出過ぎた真似かと思いましたが、腕の良い絵師を招待しました」
「…そうか」
妻は美しい、今の価値観で言うと醜いから付け入るには簡単だった。
それまでの人生の記憶があるはずだが、なんて都合のいい話しか彼女を含め、被害者は今までが間違っていたと思い込んでいる。寧ろ、今が洗脳が解けた状態なのだと記憶は改ざんされている。
絵画が完成して屋敷の廊下に飾られた後、それを見た使用人たちがため息をついて見惚れている。その様子に満足していた。どうせ解決するのは、後の世代で俺には関係ない。そう思っていたのに、この間の彼らの会話を思い出した。
ふと、俺も未来にはそうなるのかと思った。あの絵画の王のように、俺も醜いと言われるのだろうか。馬鹿にされるのだろうか。俺が、この俺が…?だからといってどうかする度胸も無い俺はそのまま日々を過ごしていた。
転機は突然訪れた。報告書を提出した帰り、城内の廊下を歩いていた。
窓から、白の子がいじめられているのが見えた。生まれつきの、透ける赤い目と陶器よりも白い髪と肌、この今の世界では正に、醜悪そのものだろう。
その瞬間、計画が頭の中で恐ろしいくらい素早く立てられていった。白の子は数こそ少ないが、探せば見つかる突然変異の人間で体が弱い、上手く使えば…。
その日の内に俺は表向きの計画書『白の子救済について』を書き始めた。
この案件が通れば、場所と資金が手に入る。
全ては、私が後世まで偉大なる貴族として称えられるため。そのためなら、研究者としての私が歴史から消えてもいい。
死にゆく未来の有象無象など知ったことか。これは名誉を守るため、立派な大義であるぞ。
研究者のとこは一人称で書いてますがいかがでしょうか。都合のいい世界に酔った人間の心理を見せるにはこれが一番かなと思いました。
次回はついに全員の謎の記憶に触れていきます。




