わからない
-----------------執事の館研修最終日前日
アントニオは友人たちと残り少ない時間を過ごしていた。
「これからどうなるか分からないけど応援してるから」
「時によって敵になるだろうが恨むな」
「この短期間でよく成長しましたね~」
交流会後、アントニオが自分の世界の常識を口に出すことはほぼ無くなった。代わりにこの世界でのことを周りから聞くことが多くなった。そのおかげで周りの態度もだいぶ柔らかくなり、ウィルトを含め、他の人に教えて貰うことが多くなり、誤解も解けつつあった。
「前々から気になっていたのですが、何故人型精霊の美しさの基準は人間とは違うのでしょうか?」
シギはルキウスのように細いしなやかな肢体に、長いまつ毛、長身、完璧な配置のパーツ、タイプは違えど美しい部類に入る。
「う~ん、アントニオってさ、これ精霊だなって、ぱっと見で分かる?」
「え?」
アントニオはこの世界に来てからエバルスのコブラのような見た目の精霊以外、他は見たことが無かった。そのため、どのように精霊を使役するかは知らない。
「分かりません。そもそも精霊自体、エバルス様の精霊召喚以降目にしておりません」
「精霊は人と契約することで基本視認可能になる。だが普段はパートナーの泉の魔力に混じって霧散してるから見えない。泉に呼ばれることで霧散した魔力を集めて体を形成することで見える」
「それでしたら別に分からずとも…」
「見える時はすぐ分かるんですよ〜。精霊の持つ魔力と人間の持つ魔力は違いますからね〜」
この世界の人間が精霊と人間とで、人型のシギでさえも全く別の生き物として考えられるのは本能的に感じる魔力の違いからだ。
「それは魔力の違いがあると何か見えるものが違うのでしょうか?」
アントニオは何かオーラみたいなのを精霊は纏っているのかと想像した。
「いや、ただ本能的なものだよ。あ、これは自分とは違う生き物だなって感じる」
「そうなのですか」
元の世界の感覚で考えれば、ある意味この世界の人間は全員霊感があるみたいなものと考えれば納得できた。それで納得できたのはアントニオ自身の経験と今のところ、この世界では役に立ってはいない体質のおかげともいえる。
「で、美醜の話だったよね。精霊はそもそも魔力の塊みたいな存在で姿は魔力量、練れる技術とかに左右される。精巧な装飾みたいに細くて細かい見た目を作れるのは上質で豊富な魔力と高い技術を持っている証なんだよ」
「そういう理屈でしたか」
神獣であるシギがどうやって人の体を形作っているのかは知らないが、いずれにしろ余程のことが無い限りは人型でいてもらった方が良いとアントニオは確信した。
(シギたちはどうしているんだろう)
アントニオはギルドで励んでいるだろう友人たちを思いながら青空を見上げた。
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シギとルキウスたちはシザルとの交渉の準備とFランク冒険者たちとの交流を図りながらジンドから渡された依頼をこなしていた。訓練開始から十二日目、ギルドでルキウスたちは人探しをしていたが見つからず、諦めてシザルとの会談の準備に戻ろうとした。
「おい、新人」
まさに探していた人の声に反応して振り返るとそこにいたのは青星の守り人のパーティーリーダーだった。
「話がある」
それからルキウスたちはいつもの酒屋ではなくそこそこ高級な店に入った。通されたのは一見品のある内装だがカーテンや壁の素材をよく見れば防音に優れたものだと分かる。
「ここは密会するのに優れていて、店員も気が利く者が多いんです」
「やはり、私が何者か分かっているようだな」
青星の守り人のパーティーリーダー、ケルムはルキウスに耳打ちしたように敬語で話し始めた。
「えぇ、副ギルド長に頼まれまして」
「あの忠告もか?」
ジンドはいつもルキウスが自力で気づけるか試していた。試練の途中で手がかりをばらまくことはしない、それがこの十二日間で学んだことだ。
「いえ」
クスッと笑いをこぼしながらルキウスの予想通り否定する。
「貴方は味方を作ることが困難だということをただお教えしたかっただけです」
今更なことを言われてルキウスは拍子抜けした。醜い容姿でこれまで実績もない、それが味方を作るうえでどんなに不利になるか実感している。だが、それだけを言うはずがないとケルムの目を見て探る。
「単純に駒数の問題ですよ」
「駒数?」
「貴方が代表として食い込める層がほとんどないんですよ。上流階級貴族はエバルス様を筆頭に王族が、中流階級は目立つのが好きじゃないし、底辺貴族に至ってはほぼ独立してるようなものでそもそも貴族社会での群れとしての機能はほぼない。冒険者はギルド長たち、平民は基本貴族に流されるだけ。肝心の信徒たちはシザル様に心酔してますし…。まさか駒を奪い合うつもりでしょうか?」
一見、代表者がいない中流階級、それ以下の貴族を集めればいいかと思うが、彼らは基本、上流階級貴族の指示で動き、下手に動けば上から制裁が下される。従っても上から守ってくれるという安心感、またはリスクを冒してでも動いてくれるほどの忠誠心がなければ動かない。今のルキウスには安心感は与えられないし、忠誠心を他者から得ることも叶わない。
「今の私は支持される者になれない、だが替えがきかない者にならなれる」
「使い捨てにされて終わりにはならないですよね?」
「相手が代わりを探さないとは限らないが当分は無理だ。その間に根をはってみせるとも」
「そうですか」
(王になるとは言わないのですね…)
それからは話が終わるのを待っていたかのように食事がすぐに出てきた。
「結局、新人のまま辞めちまうのか?」
話は完全に終わり、という意味なのかギルドでの関係に戻った。
「そこはまだなんとも。今度の集まり次第ですね」
食事が終わり、店の前でケルムと別れて城に戻った。そして帰ったルキウスたちに知らせが入った。
「アントニオ様がお戻りになりました」
……………
アントニオが執事の館から戻る日、多くの友人に囲まれていた。異世界からきた平民で仕える主人とは一日も過ごしていない彼のこれからを心配して贈り物、中には家紋入りのハンカチを送る者もいた。
「あー、その、最初に言った通りこれから君との付き合いは考えさせてもらう。だが、一時の間でも君が僕の後輩だったことには変わりはない。その証にこれを贈ろう」
この日のために実家から使用人を呼び寄せた者もいたがその中にはウィルトもいたらしく、咳払いすると二名の黒服の男がそれぞれ一個ずつ、両手でやっと持てる大きさのリボンで飾られた縦長の箱を持ってきた。
「これは?…」
「痛まないように色々してあるからここでは開かないように!そしてこれは私が許可をだすまで使ってはいけないよ」
「はい」
何が入っているかは想像もつかないがとりあえず返事をしたアントニオを見て満足そうに頷いた。
「アントニオ~、これから私たちに何ができるか分かりませんが、私たちももうすぐ卒業なのでご主人様同士が関わることがあればまた仲良くしましょう~」
「また縁がつながることを祈る」
「元気でな!」
最後にきたのはセバスだった。
「貴方はまだ執事としての心構えができていないと言いましたね」
「はい、そうですね」
最後の最後に説教がくるのかと身構えたがその予想は簡単に裏切られることになった。
「安心しました」
「はい?」
「この世界にきて数日、ルキウス第二王子殿下とはまともに交流もなさっていない貴方に殿下への忠誠心やこの国のことを語られても私はきっと貴方に全てをお教えしようとはしなかったでしょうから」
「あはは」
その言葉に力のないかわいた笑いをこぼす。ウィルトとの初対面の際、だいぶ言ったのをセバスも見ているはずだが、失態として数えても語った事として認めるつもりはないらしい様子に厳しさと恐怖を感じた。
「これはこの短期間、そしてまだ心構えができていない貴方には重いものでしょう。ですが、一度でも執事として役に立ちたいと本気で想った貴方を信じましょう」
メイドが銀のトレー上に小さな黒い箱を乗せてセバスの一歩後ろまで来る。セバスは小さな箱を取り上げて蓋をアントニオに見せるようにとった。
「これは…」
箱の中身は銀色の両翼のバッチ。セバスは手袋をした手でバッチをつまむと丁寧な手つきでアントニオの胸元に付けた。
「貴方のここでの人生に精霊の祝福がありますように」
その瞬間、たった十二日間の記憶が頭をよぎり、感動に近い衝撃を受けている自分に気づいたアントニオは思わず歯を食いしばって涙を抑えた。元の世界にいた時より、他者を考えさせられる場面が多く、気づかされたことも少なくなかった。ここは彼にとって既に特別な場所になっていたのだ。
来た時と同じように馬車で戻ったルキウスは部屋に通された。しばらくすると、メイドが入って来る。
「ルキウス様がお待ちです」
今度はルキウスの部屋に通された。ルキウスは一人で部屋の中央に立っており、シギの姿は部屋のどこにも見られない。
「ちょっと話せないかな?」
「いいよ」
………
「シギ様、紅茶の御用意ができました」
王宮の図書室、長椅子で足を伸ばしてくつろぎながら本を読んでいるシギは使用人から渡された紅茶を味わっていた。ふと、扉のような巨大な窓から見える満月を見上げて友、アントニオとの思い出に浸たる。
……
ルキウスの部屋は王族のものとしては狭く質素だ。しかし、窓辺がソファーのようになっていて座れる仕組みをルキウスは気に入っていた。一人、月明かりに頼った読書も心地よい陽の光に当たりながらの紅茶の時間も寂しさを感じたものの好きだった。そんな記憶が詰まった場所に今はアントニオと一緒に腰掛けている。
「アントニオは…なぜ私に協力してくれるのだ?」
「…」
「君は人間で私と同じように向こうで生活があったはずだ。にも関わらず、ずっと同調していたシギにも、私にも」
「君は、何者なんだ?」
月明かりがルキウスの真剣な顔を照らし出すのと同時にアントニオの顔は影に覆い隠されその表情は分からなくなった。
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「ケルム」
夜中の帰り道、ケルムは青星の守り人の仲間がいる宿に戻る途中だった。呼び止めた人物を振り返れば仏頂面をしたジンドが腕組みをして立っていた。
「なんの真似だ」
誰もいない石畳の道に差し込んでいた月明かりが雲に覆われたのか急速に消えて影しか残らない。怒気を含んだ雰囲気のジンドと向かい合うケルムは挑発的な笑みを浮かべた。異なる空気をぶつけ合う彼らを止める者はいない。
次回は少し短めになるので早めに投稿されるかと思います。