出会いとこれから
かなりお待たせしました! 今回かなり長いです。そして誤字報告ありがとうございます!
「素晴らしいわ、ルキウス!貴方の努力がやっと報われるのね!」
「けど、そう簡単に済む話じゃないから僕らとこんな手を使って連絡をとってきたんだろう」
ずっと俯いて話を聞いていた男が前のめりになった。
「久しぶりだね、キーニャ」
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ゲッダ王国、妖精王が愛した聖庭は色とりどりの花々が咲き乱れている。鑑賞用、食用、薬、生活、ありとあらゆる用途のために揃えられた植物の管理を任されたゲダルティナ一族は大樹に支えられた城に住んでいる。
精霊王が暮らしていたアルガディア王国と庭であったゲッダ王国は密接な関係で行事以外でも互いに訪問する仲だった。ルキウスが初めてゲッダ王国を尋ねたのは五歳の時、既に家族から蔑ろにされていた。兄は当時十歳で社交界に出始め、その頃からルキウスを邪魔者扱いするようになった。ゲッダ王国に着いて早々、ルキウスはエバルスに会談の場所に着く前に追い出された。
「ほら!あっちの方へ行ってろ!お前のような不細工が会談の場に出てくるんじゃない」
ルキウスはまだ兄の態度に慣れておらず泣きながら、兄が指さした薄暗い廊下を一人歩いていた。歩いても歩いても、使用人も廊下の終わりも見えず、いよいよ声を上げて泣き出しそうになった。
「やぁ!君ひょっとしてアルガディアの者かい?」
声がした方向、右横を振り向くと緑を基調とした動きやすい、だが高級品と分かる素材の布を使用した服を着た同年代の男の子がいた。ふくよかな体型で黒から緑のグラデーションの三つ編みにされた長い髪は足元近くまである。
「ごめんね。びっくりさせたかい?」
好意的な雰囲気で好奇心で満ちた緑の目はルキウスを見つめていた。久しぶりの他者からの温かい対応にしばらく呆けていたルキウスはその言葉で気を取り直した。
「しっ、失礼いたしました!私はルキウス=アルガディス、アルガディア国第二王子です!」
服装と今いる場所からしてそれなりに身分が高いはずだと思い丁寧に名乗ったものの、自分と違って見目麗しい彼が何故こんな場所にいるのか分からず困惑していた。それを感じ取った男の子はクスクス笑いながら名乗った。
「突然の無礼をお許し下さいルキウス様、私はゲッダ国第一王子キーニャ=ゲダルティナでございます。本日はご足労いただきありがとうございます」
「なっ、第一王子の貴方が何故!?会談の場に行かなくてもよろしいのですか?」
「宜しければお互い敬語は無しにしませんか?今は人の目もありませんから…」
そう言って微笑むキーニャの言ってることは大胆だが、悪い気はしなかったルキウスは食い気味に頷いた。
「うんっ!」
「ごめんね。いきなりこんなこと言って、僕、一人でいる子には全員片っ端から声かけちゃうタチで」
「他の子にも今のようなことを?」
「うん!今日の予定は父上たちから聞いてるからアルガディア国っぽい服見て絶対身分高いだろうなぁって思ってたけど声かけちゃった」
「王族といえど随分と大胆だね…」
「精霊王が平和を愛してることは常識だろう?最悪ヤバい人に声かけちゃっても血を流す事態にはならないさ」
「そうだね…」
極端すぎる思考に引き気味になりながらも返事をするルキウス。
「あっと、さっきの質問だね。会談は姉様たちに丸投げした!」
「えぇ~」
「前はエバルス様も構ってくれたんだけど二年前から全然構ってくれなくなってさ。だからもう会談つまんないしいいかなって。姉様もいいよって言ってくれたし」
自分の知らぬところで同年代の子供が兄から可愛がられていたことに少し嫉妬をおぼえたが、その後の衝撃発言で嫉妬も吹き飛んだ。
「ねえさまって第一王女のセタンタ様だよね?」
「そうさっ!優しくも美しいセタンタ姉様だよ!」
その姉様に重い責任をだいぶ課しているがそれはいいのかなとは言えなかった。キーニャのような見目が良く幼い子供特有の可愛らしい姿でおねだりされると逆らえないのかもしれないと思いながらふと浮かんできたことを聞く。
「こんなところで何してたの? 薄暗いし…」
「あぁ、城に来るのは初めてだったね。僕んちの凄いとこを見せてあげるよ!」
そう言ってキーニャは壁に手を滑らせる、途端に切れ目ができたかと思うとスーッと引き戸のように開いた。
「えっ!?」
「ふふん。ゲッダ王国は庭の管理があるからあまり開発はできない代わりに魔法技術が非常に高いんだよ。城が五百年間、全く改築も何もしてないのは他のどの国の建物よりも建築時に魔法を込められて作られた故の頑丈さがあるから。もちろん点検は定期的にしてるけどずっと異常なしが続いてるのさ」
「それは…言っていいの?」
キーニャが見せたこと、言ったことは国の重大の秘密のはずだと先ほどのことも含めてルキウスは本格的に心配になった。
「アルガディア国とゲッダ王国は昔からの密接な関係だ」
キーニャの言いたいことが分からず、どういう意味だと問おうとしたがキーニャが再び口を開き始めたのでそれは叶わなかった。
「アルガディアはゲッダを見下してる。昔からの文化と暮らしをほぼ全く変えずに続けているからか外を知らないお気楽人間だと認識されている。僕はね、それを変えたいんだ。ゲッダの最大の武器である聖庭で」
「聖庭が武器になるの?」
「武器に決まってるよ、農作物のほとんどはここで作られてるんだよ?」
「それは知ってるけど…」
「ゲッダが聖庭だからこそ父上やおじい様は本拠地のアルガディアに従ってるけど僕らの時代がくる前に終わらせるつもりだよ。僕たちはいい友達になれる。そして君はきっと僕に協力してくれるはずだ」
「……」
ルキウスは何も言えなかった。アルガディアはゲッダよりも美醜に関しては厳しい国だ。エバルスと何回か話したことがあるということは、ルキウスの立場もある程度は知っているのだろう。ルキウスの言葉に耳を貸す者がいないと確信した上で自国の秘密事項と反逆計画を話しているのだ。
「友達ってせ、政治的な」
「それも求めてるけど、でも普通の本来の意味での友達にもなりたいと思うよ。ほらこっちおいでよ」
キーニャに案内されて城の内部の内部、通称別館を案内された。それからルキウスとキーニャは会談の度に一緒に遊ぶようになった。キーニャがいた薄暗い廊下はキーニャが両親に与えられた別館で二人でよく聖庭の植物が持つ可能性について話し合った。文献を読み漁り、勉強会のようなこともした。キーニャはエバルスも過去に誘ったらしいがそんな所には行かないとあしらわれたらしいということも聞いた。それがルキウスのゲッダ王国での思い出だった。
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「他国への訪問にギルドの者が護衛として付いてくるから私とキーニャの仲は知ってるな」
ジンドとルキウスが欲している強力な一手とは、精霊教会の経済的独立のためにシザルとキーニャが繋がることだ。
「私はキーニャの性格に関してよく知っている。彼はゲッダの利益のためなら何でもする」
「ここからは第二王子殿下の作戦にかかっています。ギルドの者が入手できる情報も限りあるので、殿下の方が情報は持っているはずです。どうなさるつもりですか」
「キーニャに王位継承権を放棄してもらう」
「ほう…貴方らしくない大胆な手だ。殿下はてっきりもっと臆病だと」
「確かにいつもの私ならな。だが、キーニャはこの選択も必要ならとるとはっきり言っていた」
「冗談ではなく?」
組んだ両手をで口元を隠しているが目が笑っているジンドにルキウスは珍しく自信ありげに笑いを返した。
「私の方が情報は持っているのだろう?」
「王位継承権を放棄させて何をなさるおつもりで?それにあと十日でシザル様とお会いになるのですよ?間に合うとでも?」
「二つ、恐らくお前の知らないことがある」
笑みを消し、ジンドは目を細めてルキウスの様子を観察したがそれ以上は追求しなかった。
「此処から先は私とシギでやろう」
「私共の手がなくてもよろしいのですか?」
「話を持ち掛ければ必ず交渉の席に着くはずだ。ギルドの依頼と並行でやるのか?」
「いえ、しばらく王族本来の業務に戻っていただきたい。向こうとの契約がまとまったら連絡お願いいたします」
「終わったあとで良いのか?」
「私どもの手を拒むというなら、これ以上は私が口を出しては殿下の成長にはなりませんし私が踏み込める場所ではありませんので」
「では私は城にてシギと打ち合わせをする」
そう言って立ち上がったルキウスをジンドは見送った。王城にてルキウスとシギは早速契約書類、手紙をまとめながら話し合う。
「シギ、ゲッダ王国に手紙を送りたい。今日中にいけるか?」
「主の記憶を少し探ることになるぞ。地図を見れば簡単だが内密だろう?」
「あぁ、キーニャだけに送りたい。城には魔法が張り巡らされているんだが影響を与えずにいけるか?」
「問題ない」
「そうか」
一通り確認したいことが済んだとみたシギはルキウスの額に手を当てた。真剣な顔でルキウスを見つめる。
「少し気分が悪くなるかもしれんがほんの数秒だ、我慢してくれ」
「分かった」
ルキウスは目を閉じてシギの術を受け入れる態勢を整えた。すると、額に当てたシギの手が赤く光った。そのまま指で一回、額を横に撫でて、手を額から離した。光が収まり、今度は魔力で鳥を作り始めるシギの手元をゆっくりと目を開けたルキウスが見つめる。
「なぜ、嬉しそうなんだ?」
「主の楽しい記憶を見た」
「私の初めての友人だ。アントニオが帰ってきたら彼にも会わせたい…」
「そうだな」
小さな微笑みを互いに浮かべながらも作業する手は止めずに着実に段取りを進める。目撃されたときに疑われないように冒険者の時とは別の種類、色の鳥を作るとシギが先ほどの書いた手紙を足に括り付け、そのまま窓から飛び立たせた。
「何を書いたんだ?」
「予定より早く計画を実行できそうだと…」
他国への訪問だけでなく王族自らの視察でギルドの冒険者が護衛として雇われることは少なくない。強者は積極的に国が勧誘しているが、全員が応じるわけではないので城の兵より強い者を護衛としてよこすよう国がギルドに依頼するのだ。報酬が高く討伐依頼より責任は重いが危険は少ない護衛依頼は人気だ。この依頼を受けたいが王城には属したくない冒険者が護衛報酬目当てに鍛錬やランク上げに勤しむことも少なくない。ゲッダ王国への訪問の際も必ず何人かギルドの者がいた。ジンドが実績もないルキウスを通常なら有り得ない短期間で育てようと決めたのはギルド所属の冒険者からの情報でキーニャと親しいことを知っていたからだろう。歩きながらルキウスはシギに声が漏れないように結界をはってくれと伝える。
「最初からギルドと精霊教会だけで私とシギの信頼関係を示すつもりはなかったが、ゲッダ王国まで持ち出すとはな。捕縛できるかわからない貴族を追求するよりも確実か」
言いながら柔らかそうな布が張られた椅子に身を沈めるルキウスの側に真面目な顔でシギは寄った。
「という割には王位継承権の放棄など軽々しく言ったではないか」
「それは彼が既に放棄しているからだ」
「!、そういうのは知らされるものではないのか?」
珍しく一瞬面食らった顔をしたシギを見て内心、ルキウスは少し驚いたがそのまま話を続ける。
「普通はな、元々シギが来る前に彼は既にアルガディアの傘下から抜け出すための計画を立てていたんだ。第一王女のセタンタ様に王位を渡し高度な魔法技術を使用することによる植物と建築の研究を進めて国独自の開発機関の責任者になりアルガディアを超えた技術国家になり国として威厳を示すつもりだった。キーニャは学者気質で技術者としての腕もいい、セタンタ様もキーニャの計画には幼い頃から協力をしていたから今の王族の勢力は表に出てないだけでほとんどがセタンタ様についているはずだ。私とシギのことがあって計画は少々変わるだろうがどちらにしろ先代と現国王が王位を追われるのも時間の問題だ」
「一国の傘下を抜け出すと言う割には、その計画でいいなら他の者がとっくにやっていそうだが」
「この世界では精霊王とアルガディア初代国王との決まり事が重視されてることは分かるな?初代国王が亡くなられてから五百年、決まり事以外にも精霊王の影響は大きい、この国とゲッダは特に。精霊王が暮らしていたアルカディアは本拠地、ゲッダは精霊王が愛した庭だから聖庭と呼ばれてる。元々は庭の役目を持ったゲッダをアルカディアは見下してる、王族だけじゃない、国民も他国もそういう、ゲッダはアルカディアの傘下という認識が広まっている。」
「正式なものではないのか。だが見下していた割にはアルガディアの方からゲッダへ訪問していたのだな。それも精霊王絡みか?」
「そうだ。聖庭の管理はゲッダの者としての義務。実際に手入れをしているのは当然下の者だが、責任者はゲダルティナ一族だから離れることは難しい。だからゲッダから訪問するときは公爵と侯爵家の者がアルガディアに訪問する」
「そうか。で、主は私に何を求める?」
「私とキーニャとシザルを繋いでほしい。距離的にどうあがいても気軽に連絡はとれない、信頼できる者も限られているし妨害を上手くかわせる人員はあまり割けないはずだ。シギならさっきのように連絡はすぐとれるだろう?」
「あぁ、任せろ。私を巻き込むことで契約破棄も回避するつもりなのだろう」
「もちろんだ」
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『こんなにも早く友と会えるなんて嬉しいよ。僕は明日一日予定を空けたからいつでも繋いでもらって結構だよ。姉様にも同席してもうらね』
二時間もしないうちに手紙が返ってきたことに、キーニャならおかしくないことだと分かっていながらもやはり少し驚いてしまったルキウスは読んだ手紙を証拠隠滅のために魔法で燃やす。
「セタンタ様と一緒に明日にでも会えるそうだ」
「良かったな」
本来ならシザルと共に会談をするのが筋なのだろうが、シザルはきっといい土産がなければ席にすら座らせてはくれないのだろうと考えたルキウスはできるだけキーニャとの契約はシザル、ひいては精霊教会にも利益が出るようにしなければならないと気を引き締める。キーニャは良き友人だが、だからといって情に流される人ではないと残りの書類をまとめながらキーニャという人の情報を頭の中で整理し、作戦を今一度確認する。寝る直前までルキウスとシギは話し合いを重ねて翌日を迎えた。
「そろそろつなごう」
「了解した」
ヴゥンッ
昨日のように結界を張ってから羽音のような音を立てて長方形の薄い板のようなものが浮かび上がった。板に浮かびあがったのは濃い緑の長髪にふくよかな体型の女性と黒から緑のグラデーションの三つ編みにされた長い髪の細身の男性だった。二人共恐らく城の別館にいるんだろう、ルキウスも見知っている銀色の壁だ。
「お久しぶりです、この度は急なお願いにお応えいただきありがとうございます」
「今は私たちだけなのだから堅苦しい挨拶はなしにしましょう。側にいる方が人型精霊なのかしら?ルキウスったら前より雰囲気が明るくなって嬉しいわ」
穏やかな顔をした女性は矢継ぎ早に言葉を投げかけるがルキウスは困った様子もなくむしろどこか嬉しそうな表情だ。
「はい、彼女が精霊召喚に応じてくれたシギです。ですが…」
そこでルキウスはシギが神獣だということ、シギの力でアントニオという人間も来てくれて今は修行中ということも話した。それを聞いたセタンタは顔を輝かせて前のめりになった。
「素晴らしいわ、ルキウス!貴方の努力がやっと報われるのね!」
「けど、そう簡単に済む話じゃないから僕らとこんな手を使って連絡をとってきたんだろう」
ずっと俯いて話を聞いていた男がセタンタの横に同じように前のめりになって並んだ。
「久しぶりだね、キーニャ」
キーニャは瘦せて顔が細くなり、元の世界の美醜感覚でいう美形になっていた。ルキウスに負けず劣らずの美貌は元の世界の人間なら決して放っておかないだろうことがわかる。だが、ここではむしろ醜くなったとキーニャの幼少期を知る者なら嘆くだろう。
「ふふん。僕も会えて嬉しいよ、それに僕らにとっていい話なんだろう?せっかく瘦せて動きやすくなったんだ。じゃんじゃん働くよ~」
「研究員になるのに動きにくいのは嫌だから瘦せると言った時はもったいないなくて本当に残念だったけど。でも元気に走り回っているのを見てるとやっぱり姉としては嬉しくなちゃって気持ちが忙しいの~」
一見見た目と雰囲気は穏やかだが話すと忙しい彼らは国中から愛されていた。
「私も聞いたときは驚きました」
「でしょう~。では、本題に入りましょう」
穏やかな雰囲気から一変、セタンタは目を細めて座りなおした。それにならってキーニャもどこからか書類を取り出した。
「まず、ルキウスは何を望んでいるのかしら?」
「キーニャにシザルと繋がっていただき、精霊教会の経済的独立の助けをお願いしたいのです」
「それはキーニャじゃないとできないことなのかしら?ルキウスが動かせる資金はほぼないと分かってはいるけど」
「ただ資金援助をお願いしているわけではありません。シャーキ草の魔法による育成の論文を書いたキーニャだからこそお願いしているのです」
ジンド、いやこの場にいる者とそれに付き従う一部の者しか知らない二つのこと、一つはキーニャが王位継承権を既に放棄していること、もう一つは論文を書いたのがキーニャだということだ。王位継承権を姉に譲る際、実績を作らないよう、そして自身がこれから所属する開発機関の実績を作るためにもキーニャが研究、論文を書いたということは伏せられた。ルキウスがそれを知っているのは発表する前の論文を読んだからと実際に書いてるところを目撃していること、計画を聞いていたからだ。
「ってことは僕らの開発機関と精霊教会が契約を結ぶってことかな?あの論文はシャーキ草専門の人たちが書いたってこのになってるから。でもさ」
明るく言ったキーニャがふと目を細める。
「精霊教会ならゲッダにもあるよ。ゲッダのじゃダメなの?」
「ゲッダの精霊教会でシャーキ草の研究はそこまでできないだろう?」
精霊教会は各国にあり、基本的にはアルガディアと同じような体制をとっている。しかしゲッダ王国は他国とは違い、土がシャーキ草の栽培にあまり適していない。他国を含めた教会の本部より明らかにシャーキ草の生産量が低いが、代わりに他の農作物が他国よりも育てやすく精霊にあまり頼らない文化ができあがっている。精霊の魔力回復が気軽にできないため、魔法と栽培技術を高めた結果だった。それでもシャーキ草の研究に積極的になっているのは単純な人手不足だった。魔法技術の向上にも限界はあり、魔法技術特化しているのはゲッダ王国だけなので人間の魔力回復をする薬は未だに開発されていなかった。精霊にあまり頼っていないだけで精霊召喚自体は行っている。ただ精霊に力
を借りるのは日常生活の中でもほんの一部と戦闘の時だけだ。これから改革を起こすキーニャたちには絶対に裏切らない部下が必要であり、それに一番適しているのは精霊だ。そして精霊が常に力を使えるようにするためにシャーキ草は必須だった。
「本当にさ、ゲッダは魔法特化なのに誰も人間の魔力回復のための研究をしてこなっかたのが不思議だよね」
また気さくな雰囲気に戻り、大げさにため息をつく。
『アルガディアとゲッダの精霊教会で協力しないか?』
『具体的には?』
表情を変えずに黙っていたセタンタが口を開いた。
『ゲッダの土はシャーキ草に栽培に適していないっていうことしか現状分かっていない。だからアルガディアの精霊教会のシャーキ草栽培の情報を共有して共同研究をしないか?』
『へぇ?僕らは資金援助して研究だけしてればいいの?教会本部に許可はとったの?』
『まだだ』
『あらあら』
吞気そうに口に手をあてて言うセタンタは大して驚いていない。
『セナンタ様たちが精霊教会と取引する気があるという事実を作りたいのです』
『シザルと繋がりたい気持ちは分かるよ。今のルキウスにとって一番の味方になり得る勢力だもんね。どちらにしろ精霊教会と協力するのは構わないから話し合うのは内容だけだね』
『そっ、そんな簡単に』
話し始めて十分もしないうちに了承を得てしまったルキウスは慌てた。それを手で制したのはセタンタだった。
『私ももう少し話し合うつもりだったんだけどね~。ルキウスがシギさんを召喚して三日後にね、アルガディアの国王夫妻から手紙が届いたの。届いてすぐね王族だけが集められて…家族会議なんて久しぶりだったわ。ナヴィオラの花の販売書を偽造しろ、と命令してきたの』
セタンタは静かに怒っていた。机に置いた拳を握りしめ、決して笑っていない目で見つめられてルキウスは少しひるんだ。傍らのシギは静かに見守っている。
『言われなくてもわかるわ。強制発芽のでっち上げを手伝えと言ってきたのねって本当にびっくりしちゃったの』
『しかもさぁ』
セナンタに続きキーニャもその時のことを思い出したのかひきっつた笑顔で話し始める。セタンタの椅子の背もたれに添えた手は怒りのあまり震えている。
『おじい様やお父様が悩んでたんだ。僕たちに従う理由なんてないのにさ。流石に調子乗りすぎだよね』
『もしこの要求を飲めばいよいよ私たちがアルガディアの傘下だということが認識じゃなくて事実になるわ。そしてこれからも色々要求してくるでしょうね。その前に示すの、私たちが誰の下にもついてないことを』
『だからルキウスの申し出は嬉しいことなんだよ。精霊教会との取引なんて始まりに過ぎないさ。これから僕たちの国は変わっていくよ。ルキウスから早めに申し出がきて良かったね、姉様』
『そうね、昔から私たちの計画を聞いていた時にずっとどこか他人事感があったルキウスがこんなにも成長したもの。やっぱり精霊ってすごいのね~』
ルキウスは確かに今までセナンタたちに憧れこそ持って計画を聞いていたが、他人事だと思っていた。それを恥じてルキウスは顔を赤くさせる。
『私も止めるべきでした…。もっと早く精霊教会と繋がりセタンタ様方の計画に協力していれば、ここまで迷惑は…』
『いいよ、それに言っただろう?君は俺に協力するって』
初対面の時のようないたずらが成功したような顔でキーニャは微笑んだ。
『とりあえずシザル殿に手紙を出すわね。申し訳ないけどシギさんをまた貸してくれるかしら?』
『えぇ、もちろんです』
『じゃあ、早速話しをまとめてくるからお開きにしようか』
『わかった、手紙をもらい次第シザルに話しを通す』
そう言うとルキウスはシギに目配せをすると、シギは頷いて繋がりを切った。
「思ったより上手くいって良かったが、ジンドの前であそこまで決心してこうあっさり終わるとなんだか恥ずかしいな」
そう言って頭をかくルキウスにシギは問いかける。
「強制発芽とはなんだ?邪魔をしたくなくて聞けずじまいだったから教えてくれないか?」
「召喚した精霊は契約した主が死ぬと生を終え、精霊の墓場と指定されている森林に埋めてまた元の世界に還すのが決まりだ。だが死んで種になった精霊を強制的にまた召喚することを強制発芽というんだ。ラヴィオラの花は強制発芽に必要な物でゲッダ王国で厳重に管理されてる、薬の材料にするのが一般的だが使用法をあやまると危険だから購入すると領収書とは別に証拠書類が発行されるんだ。誰がいつ購入したとかそういうのが記載されてるんだ」
「それを偽造すれば主が強制発芽をしようとした事実が作れるわけか」
「そうだ。シギの言ってたことが当たったね」
ため息をつきながら言うルキウスの頭をシギが撫でる。
「あれが精霊を尊重したという初代国王の子孫とは笑えるな…」
「返す言葉もない…」
「よいよい、主が変えていけばよいのだ」
キーニャたちの話しがまとまる間、ルキウスは緊張から解放された頭と体を休ませていた。元々長い時間をかけてキーニャを説得するつもりだったのだ。キーニャが十三年、地道に仲間と情報、資金を集め続けてようやく計画が現実的ものになったのだ。そしてその収集対象にはルキウス自身も入っていた。だからこそ、決して確実にゲッダの利益になるよう色々己の足りないところを指摘されると覚悟していた。シザルを同席させられなかったことは痛かったが素直に頼んでも同意は望めず、王族立場を利用しようものならきっと信徒たちの信用を失っただろう。今更ながらルキウスはよくこの状態で挑んだなと致し方なかったとはいえ、呆れと感心が混じったような複雑な感情が胸に渦巻いていた。
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「てめぇっ、不細工がお高くとまりやがって調子乗ってんじゃねぇよ!ブス!カレハテの欠陥品のくせにっ!」
「最近はギルドにふざけた依頼もしやがってっ!いい加減にしろっ!」
「そうよ!貢献行為だって全然してないじゃないっ、全然働いている姿もみせないしっ。薬の供給量はいつになったら戻るのよっ?」
三人の肥満体型の男女が一人の信徒に今にも殴りそうな勢いで絡んでいた。
「いっ、今は供給を減らしてるので痛まないように品質管理に人手を割いていて、他教会から何人か本部に手伝いにも行ってい」
「はぁ!?痛むくらいならとっととこっちに回せばいいだけの話しでしょおぉ?!」
いよいよ手が付けられなくなり、信徒はもう涙目である。
「わっ、わたしは…」
信徒の後ろから、褐色の肌に肩まである少しうねりのある黒髪、細かい模様が刺繡された白服を着た男が現れた。三人に絡まれていた信徒の肩を引き、自分の方に引き寄せると三人を威圧する。
「私たちが欠陥品のカレハテタモノだと言うのなら、ぜひお手本になるような美しい振る舞いを見せていただきたい」
威圧したまま微笑むと三人は一瞬ひるんだが、言われたことに逆上してまた口々に罵り始めた。
「あっ、あんた何様よ!?っていうか~、そいつよりブスって救いようがないわね」
「の割にはこじゃれた格好してんじゃねぇか。ま、しゃれてんのは模様だけで普段着に白とか趣味ワリィけど」
「あんたも精霊教会関係者?」
「シザル様っ!?」
「えっ」
微笑みながら三人を見る男は何も言わない。




