強力な一手
今回は長めです。第一話で出たヨドミについての解説がありますので必要な方は復習お願いいたします!
次の日の依頼、ルキウスとシギは精霊教会の信徒の護衛兼手伝いをしていた。教会の研究に必要な材料とは聞いていたが、何に使うかは聞いていない。ルキウスはシザルや精霊教会の情報欲しさにシギに周囲の警戒を任せて信徒と共に採取をしながらそれとなく聞いてみたのだが…。
「シザル様は素晴らしい方なのですよ!私のような一般の信徒にも目をかけてくれて。私が所属している教会は資金が少なく研究もままならくて貢献行為があまりできなかったのですが、シザル様が本部や他教会の手伝いをするという名目でこちらにも仕事を回してくれたおかげで私が所属してる教会どころか他教会も貢献行為がしやすくなったのです!」
質問どころかそれ以外のことについても嬉々として話し出した。ルキウスは数々のシザルの功績に感心することしかできない。
「あっ、申し訳ありません!お貴族様にこんな無礼な真似をっ!」
ひとしきり語り終わって、落ち着いた信徒は我に返ったのか慌てて謝罪してきた。熱弁してる間に後ろに落ちかかってたるフードを慌てて被りなおす。信徒の制服は動きやすさ重視で一見すると、青のパーカーに黒いズボンを着てるような感じで現代の服装に近かった。
「いや、聞いたのはこちらからだからそんな慌てずともよい。貴重な話をありがとう」
「お優しいのですね。よき従者に恵まれているからでしょうか?」
そう言って信徒は警戒中のシギを見た。羨ましいと言いたげな顔だが穏やかさも感じる。
「こんなことを聞くのは失礼だと思うが、元貴族だろうか」
「はい、下級も下級ですが。他の者には同じ下級貴族でも幼き頃から共に育てられる使用人がいるのに私には付けられず…。だから従者がいる貴方様はひどく眩しく見える…」
「…私もいなかった頃はとても眩しく見えた」
「いる今はどうですか?」
「とても心強い。だがそなたにも何かあるのではないか?とても穏やかな顔をしている」
シザルの話をしていた時のような顔を見合わせて盛り上がった会話ではないが、手元を見て採取をしながらの穏やかな時を過ごしている。
「えぇ、よき部下や使用人は見つけられませんでしたが。居場所と仲間、尊敬する人に出会えました。最初はただ祈るだけ、すがっていただけの私に力をくれたのは間違いなく精霊教会です」
「よかったですね」
そう言うとお互いに採取に戻る。
「ご主人様…遠方に」
「どうし…」
振り返ったルキウスと信徒が見たのは黒いモヤだった。意思を持ったようにさまよい歩く黒いモヤを見た瞬間、ルキウスたちの背中に肌を突き刺すような冷たい緊張感が走る。
「ヒッ」
信徒は悲鳴をあげて後ろに倒れ込んだ。かろうじて意識は保っているが、がくがくと体は震えている。
「ヨドミか…。落ち着いてくれ、その言いづらいかもしれないが名前を教えてくれないか。教会で呼ばれてる名前でもいい」
「ハッハッハッハッ」
精霊教会の信徒は扱いに耐え切れず家出のように元の生活を捨て去ったような者がほとんどだ。彼のような下級貴族も珍しくなく、元の自分を知られたくないために名前を隠す者も少なくない。落ち着かせるためには名前を呼ぶのが効果的だがそれもできない。信徒は必死に息をしようとしているが、まともに吸えず吐き出しすぎて今にも過呼吸になりそうだ。
「ヨドミを見るな、私を見ろ。名前を教えてくれ」
「タッ、タエ、タエルッ」
ヨドミから目を離せずにいた信徒の前に座り込み、顔を掴むことでやっと意識に入ることに成功したルキウスは信徒と目を合わせてたたみかける。そうすることでやっと信徒の名前を聞き出した。
「タエル、私の呼吸に合わせてくれ」
「はっー、スゥ、はっー」
ルキウスの大げさなほどの大きい呼吸にタエルも合わせる。ずっとタエルに付きっきりでヨドミが気になっていたルキウスはシギに確認をする。
「ヨドミは?!」
「さまよっていますね。近づいてくる様子はないです」
ヨドミは左右にフラフラ向きを変えるような動きはするものの、明確な意思をもってこちらに接近しようとはしてこなかった。
「タエル、まだ落ち着いてない状態ですまないが、罪歌は歌えるだろうか」
「も、申し訳ありません。私はまだ入って半年でして、罪歌は、まだ…」
「いや、大丈夫だ。シギ!至急教会に知らせてくれ!」
シギは疑似精霊にヨドミが出たということを書いた用紙を結び付け、近くの精霊教会に行くように指示して飛ばす。ヨドミは正体が解明されてない謎のモヤだ。精霊による攻撃も物理的な攻撃も通用しない。触れると狂人化する性質で消すには罪歌という罪を咎める歌を歌わなければならない。正体が不明にも関わらず退治法が分かっているのは精霊王がアルガディア代国王にヨドミとヨドミの初期段階であるシミを消す歌を託したからだ。精霊王が託したことも、罪歌が罪を咎める歌であることも史実として残っている。罪歌は音としてはこの時代まで伝わっているが、初代精霊王のことが書かれている文書よりもはるかに古い文字で書かれているため歌詞の内容はとうに忘れられてしまった。罪歌は魔力を多く消費する。その消費量はいざという時のため緊急時以外で他の業務で魔法を使用させないほどだ。罪歌を歌ってヨドミ、シミを消す役割は精霊王が精霊教会の信徒に与えた。魔法を普段使いし、精霊を使役する人にとって罪歌は必要ない、とは言えないがわざわざ覚えて使うには抵抗感がある者がほとんどだ。カレハテタモノ、つまりは不細工に与えられた役目というイメージが強いからだ。いくら人々が尊敬する精霊王であってもそれは拭えなかった。
「ご主人様、ヨドミがこちらに近づいてきます」
「ヨドミに急接近するだけの速さはない。見失わないよう距離だけとろう」
このままヨドミを放って逃げることも可能だが、それでは他の者が襲われる可能性がある。ヨドミは音も気配もないため死角から襲われる被害者が絶えない。そうやって警戒しながらヨドミと距離だけをとること十分、信徒二名が駆けつけてきた。
「精霊教会の信徒でございます!ヨドミはこちらでしょうか?!」
「助かった。あそこに一体いる」
鍛えられたのだろう、信徒たちは迷いのない動きでヨドミに向かっていく。歌が届くギリギリまで接近し罪歌を歌う。場に似合わないと分かっておりながらルキウスたちはその綺麗な歌声に聞き入ってしまった。一音、一音発するごとにヨドミはもだえるように動く。それが徐々にモヤの内側から強い光が溢れ、光に内側から食い散らされるようにそのまま消えていった。
「終わりました。その、タエルは…」
「少し放心状態だが無事だ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ迅速な対応ありがとうございます」
完全に腰が抜けたタエルをシギがを背負ってギルドに戻る。本来なら精霊教会に連れて行きたいとこだが依頼途中であるため必要ない寄り道はできない。
「申し訳ありません。お手を煩わせて…」
申し訳なさげな顔をするタエルにシギは笑顔で答える。
「気になさることではない」
「タエルを助けて下さり、ありがとうございます。そのお貴族様の従者は…」
「泉だ。珍しいから気になるか」
同じ不細工でも、タエルたちは精霊教会の信徒であり、ルキウスは中流階級貴族。同じような境遇だと分かっていてもやはりやりづらいのだろう。本当はシギがルキウスの精霊なのだが、今はカレハテタモノである中級階級貴族に泉の従者が仕えているという不思議な組み合わせになっている。
「はい、申し訳ありません」
信徒たちは精霊教会での貢献行為で自信や自尊心をある程度取り戻しているとはいえ、まだ一般人と比べると人の目を気にしがちで自分を卑下することが多い。タエルだけでなく彼らもすぐ謝罪をしてきた。
「精霊教会でいつも支えてくれてありがとう。新米冒険者の私が言っても響くかどうか分からないが私たちの生活に日々貢献していること、とても嬉しく思う」
そう言って笑うと、信徒は目を眩しいものを見るように細めた。
「…そんな私どもはただ、逃げたかっただけで…いえ、ありがとうございます」
美醜逆転の世界で不細工に厳しいこの世界ではルキウスの微笑みなど、ほとんどの者が眉をしかめて不快だと指を指すだろう。だがここにいるのはシギと今まで蔑まれてきてきた信徒たちだ。蔑まれる恐怖で同志の前以外で笑うことができなかった彼らにとってはそれができるルキウスがきっと輝いて見えるのだろう。ギルドで依頼を完了したあと、彼らは別れた。ルキウスたちは一旦、午後の依頼が始まる前に一旦先ほどの採取場所に戻った。本ではなく実際にヨドミを見るのは初めてだったのでできることなら跡を確認したかったのだ。
「シギはヨドミを見るのは初めてか?」
「そうだな、だが問題ない倒せる」
「よく手を出さなかったな」
「距離もあったし、私本来の力が必要なら主が命令するだろうと思ってな」
「あれはヨドミだ。見た目は黒いモヤだが触ると狂人化するし精霊の攻撃も物理攻撃も効かない。信徒たちの歌う罪歌でしか退治はできない正体不明のものだが、シギは神獣だから攻撃が通るのか?」
「モヤ…」
質問には答えず、珍しく言いよどむシギをルキウスは不思議そうな目で見つめる。
「罪歌というのは…」
モヤに関してではなく罪歌について聞くシギの様子を伺いながらもルキウスは答えた。
「罪歌は精霊王が託した罪を咎める歌だ。歌詞の内容は古代文字で書かれていて詳しい内容は分からない、というか忘れられてしまっているんだ」
「そうか…。すまんな変な姿を見せて。さっきの質問だが、そうだ。神獣の神気には浄化の力がある。それで充分消せるだろう」
また少し考え込むような顔をしたかと思うと、すぐいつもの涼しげな顔に戻った。
「そうか。それで昨日頼んだ冒険者たちのことだが…」
「あぁ。一人はFランク冒険者に落ちたが元々結構な実績を積んでいたようでな、Fが外れるまで励み今はCランクまで挽回。もう一人はFランク冒険者に落ちたことに耐え切れず冒険者を止めている。今は物乞い同然だ。肝心の冒険者は噂こそ出回っているが行方不明だ」
「やはりこれだけではなんとも言えないな。珍しいことではないだろうから」
「そうだな」
午後の依頼を消化したルキウスたちは一日ぶりにジンドに呼び出された。いつもの部屋でルキウスたちは向かい合って座る。
「ご足労ありがとうございます。第二王子殿下」
中流階級貴族を出迎えている現場を誰かに見られるのも、王城にジンドが行ってるところを見られても怪しまれるため、この方法が最善だということを理解していてもルキウスはジンドの笑みを見るとどこか納得のいかないものを感じた。
「用件は金狼の群れのことか?」
「えぇ。金狼の群れのメンバーは上流階級貴族の次男と次女で構成されています。まぁ下の方ですが。彼らを支援している貴族が殿下の訓練を嗅ぎ付けたようで問題行動をでっち上げようとしていたことが判明しました。捕獲した隠密の話しによると職員が記録文書の偽造、金狼の群れが嘘の目撃情報を証言する手はずになっていたとのことです」
「私がここで訓練していることがばれた…」
「おや、私ではありませんよ」
情報を漏らしたのはジンドではないかとルキウスは疑ったが、それをすれば流石にギルド長のエレナが黙っていないだろうと考え直す。
「分かっている、それで支援していた貴族は誰だ?」
「おや、お調べにならなかったので?」
「そなたが話すだろうと思ってな。私たちの目的はシザルとの交渉。どういう形であれ妨害する貴族をどうにかするには教会もギルドも権力が足りない。私が必要なはずだ」
「殿下に引きずり下ろせる力があるのですか?」
「ないな。だが、シザルには人を取り込む力、ギルドには貴族たちの弱みがある。私はただの口実。違うか?」
「なぜそう思うのです?わざわざ関係がほぼない殿下を口実にせずとも日頃から関係のあるギルドが出れば済む話じゃないですか」
「名目はどうする?醜いとはいえ第二王子の精霊、ましてや精霊王以来の人型の精霊持ちの泉を虚偽で陥れようとした、これは充分黒幕を社会的にも法的にも片付けられる理由だ。それがなくなったら?ここまで危ないことをする者たちが他の事に手を出していないとは考えられない。だが、堂々と捕まえる証拠も力もない。私はとてもちょうどいい理由になると思うが?」
「私は何も貴族連中のやったことを暴露してやろうなど面倒くさいことは考えておりません。ギルドの仕事ではありませんし。しかし、ギルドと教会の邪魔をするなら別です。どっちにしろギルドと教会のシザル様を表に出して貴族連中を虚偽報告の罪で追求しても捕まえられる可能性は低いです。ですが疑う者は出るでしょうな。精霊王と初代国王との条約を踏みににじる行為したと噂が出れば証拠不十分で罰は逃れても他の貴族に避けられる。自分たちも巻き込まれるやもと。むこうもそれは避けたいはず、協力させればいいのですよ」
「ギルドと教会の手助けをさせるのか?」
「えぇ。地位だけならそれなりにありますし、ギルド所属パーティーには貴族が後ろ盾になっているとこも、貴族のパーティーも珍しくないですし、元々貴族が昔から介入する場所ならやり方さえ間違えなければなかなかいい手足になるでしょう」
「…貴族の名前は」
「アバっト=ハビエルです」
「王族と容姿主義を尊ぶ家か。私のことはどこまで判明していた?金狼の群れの者たちは私にあれこれ文句は言ったがシギには無関心という風に見えた。シギが化けていたことは知っていたのか?」
「いえ、精霊を見つけることができず、精霊虐待のでっち上げは諦めて冒険者としての失態を作り上げて殿下を陥れることにしたそうです」
「ハビエル家は上流階級貴族だが金狼の群れのパーティーの者たちと大きな格差はないはずだ。パトロンを受け入れるとは思わないが…目的は私のことだけか?」
「シザル様がやり手だということは今日の依頼でより実感したでしょう?目障りなのですよ、貴族にとっては。リバニア家から縁を切られる前に繋いでおいた縁を生かして一部の貴族や平民を取り込むことに長けていますからね。これから貴族が背後にいる貴族のパーティーが今までの比じゃないほど増えるでしょう。ですからその前に教会の経済的独立のためにもう一手強力なのが欲しいのです」
「ゲッダ王国か。そなたらは護衛も引き受けているから知っていたな」
「やれますか?」
「やるしかないだろう」
シザルを味方に引き入れるためのもう一手でもあるこれは失敗できないことをルキウスは胸に刻んだ。
最後のジンドとルキウスの会話についての解説は次回です!ゲッダ王国も一話で出てきますね。




